ドクターサロン

 池田 メルケル細胞がんは希少がんで一般の医師にはなじみがないかと思いますので、細かくうかがいたいと思います。メルケル細胞というのはどこにあって何をしているのでしょうか。
 並川 メルケル細胞は皮膚にあります。皮膚は上から表皮、真皮、皮下組織と分かれますが、表皮の95%ぐらいが角化細胞、ケラチノサイトで構成されていて、残りの5%が色素細胞、メラノサイトとランゲルハンス細胞とメルケル細胞で構成されています。それぞれ色素産生や免疫、知覚に関与していて、メルケル細胞は表皮にまれに存在している知覚に関連する細胞になります。
 池田 では、知覚に携わるものなのですね。
 並川 そうですね。
 池田 細胞の密度としては、そんなにたくさんいないものですか。
 並川 少ないと思います。
 池田 知覚に関係しているということなので、これは神経細胞みたいな性質もあるのでしょうか。
 並川 おっしゃるとおりで基本的には、がん細胞の中では神経内分泌腫瘍に分類されるものになります。神経内分泌腫瘍は内臓などによくできますが、皮膚原発の神経内分泌腫瘍の一つになると思います。
 池田 非常に珍しいタイプですね。
 並川 そうだと思います。
 池田 メルケル細胞はたぶん全身の表皮にあるのですけれども、日光露出部に、がんとしてできやすいとうかがったのですがどうですか。
 並川 おっしゃるとおりです。
 池田 どうして日光露出部にできやすいのでしょうか。
 並川 メルケル細胞のできる原因として、2つ挙げられていて、古くからいわれているのが、紫外線だと思います。もう一つはメルケル細胞ポリオーマウイルスというウイルスの関与が最近指摘されるようになったのですが、古典的にはやはり紫外線に誘発されて生じるということになるので、露光部に多くなるのかと思います。
 池田 今おっしゃったポリオーマウイルスに感染することによってメルケル細胞ががん化するという考えなのでしょうか。
 並川 おそらくそうですね。ウイルス関連の発がんの一つだと思います。
 池田 それはまた珍しいですね。希少がんとされていますが、どのくらいの症例があるか、疫学的なことはわかっているのでしょうか。
 並川 国内のデータはまだはっきりしたものがないのですが、欧米で白人の方ではだいたい10万人当たり、最近で0.7ぐらいです。全国がん登録が始まって数年経ちますので、日本のデータはこれから出てくると思うのですが、おそらく欧米の1/10か1/20ぐらいでかなり少ないと思います。
 池田 彼らはやはり、皮膚の色が白いので日本人はメラニンのプロテクションによってさらに減ってくるということですね。
 並川 そうだと思います。
 池田 では、例えば100万人に1人くらいのレベルですね。
 並川 そうですね。そのレベルだと思います。
 池田 希少がんなので、スタンダードな治療というのはパブリッシュされていないかと思うのですが、メルケル細胞がんとわかった場合、通常どのような対処がされるのでしょうか。
 並川 基本的に限局しているかどうかです。皮膚にまだ留まっているのであれば、やはり手術かと思います。1、2㎝マージンで手術を行いますが、顔にできやすいので、なかなか1㎝マージンを取れないこともあるのですが、基本的には完全切除を目指すのが第一かと思います。それプラス放射線感受性がよいというのと、やはり再発も多いので手術後に放射線を当てるというのもありますし、リンパ節転移が比較的多い腫瘍の一つですので、センチネルリンパ節生検も行われるというのが初期治療かと思います。
 池田 転移があったり、あまりに大きくて切除が難しいような場合は化学療法を行うのでしょうか。
 並川 はい、そうですね。化学療法につきましては、以前はなかなかこれという治療がなくて、小細胞肺がんに準じてカルボプラチン・エトポシドの化学療法が行われたのですが、反応はするものの効果の持続が難点でした。2017年以降はアベルマブという免疫チェックポイント阻害薬が承認されたので、そちらを使うのが今は標準になっています。
 池田 免疫チェックポイント阻害薬は、開発のときにダブルブラインドはなかなか難しいと思うのですが、どのようにされたのでしょうか。
 並川 これは、シングルアームです。アベルマブ単群の前向きの臨床試験になります。基本的にはPhase Ⅱになるのですが、希少がんで対照群を置くのが難しいので、あまりしっかりしたものは出てはいないのです。過去に出ている治療の成績より明らかによいというところを判断して、有効性が客観的に認められて承認されたという経緯があります。
 池田 コントロール群としては、ヒストリカルレコードのようなものですね。
 並川 おっしゃるとおりだと思います。
 池田 アベルマブを使った群と、ヒストリカルレコードはどのような差があるのでしょうか。
 並川 奏効割合でいうと、アベルマブだとだいたい3~6割は出ている。それがファーストラインなのか、それとも化学療法後なのかというところで違ってくるかと思います。
 池田 なるほど。メラノーマでも免疫チェックポイント阻害薬を使いますが、なかなか3~6割の奏効率は得られないことが多いのですが、やはりメルケル細胞がんのときには、このぐらいまでくるのですね。
 並川 そうだと思います。ヒストリカルのデータがわからないのですが、以前化学療法をやっていた感覚からすると抗がん剤の場合はだいたい反応していったん縮むのですが、2、3週ぐらいですぐにガッと大きくなってきてしまいます。やはり基本的に1カ月以上は持続していないと奏効という判断になりませんので、どれくらい持続したかというところまで含めて評価すると、やはりこのアベルマブのような治療成績は出ていないかと思います。
 池田 なるほど。やはり一見縮小するように見えて、またすぐ再発するというパターンが常識だったのですね。それに比べてやはりアベルマブを使うと3~6割の方たちは良い状態が続くということですが、いったん効いたアベルマブが効かなくなるような症例というのはけっこうあるのでしょうか。
 並川 あるにはあると思います。ただ、免疫チェックポイント阻害薬は効かないという判断が難しいというか、腫瘍が一部大きくなってきたりしてもその大きくなってきたところだけ、例えば放射線を入れて叩くとかしていると、意外と長続きできることが経験上あります。それは、狙ってやっているというより、アベルマブからスイッチする薬がないというのが現状で、そこでやむをえず悪くなったところだけ放射線を入れたり、場合によっては手術したりしていると、意外ともう2年経ったというようなことがあります。
 池田 では、旧来の考え方ではなくて、まずアベルマブをやっておいて、それで効けばいいし、効かなければ場所によっては切除したり、放射線治療を加えたりと、そういう新しいやり方ですね。
 並川 はい。
 池田 今までは抗がん剤を入れておいて、それでどうなるかだけをみていましたが少し違う考えですね。
 並川 そうですね。おっしゃるとおりで抗がん剤が効かなくなって、その後同じ抗がん剤をやってもそこから効き出すことはなかなかなかったのですが、免疫チェックポイント阻害薬の場合は、意外とそうでもないというか、すごく小さくなるわけではないけれど、長く悪くならないような方も中にはいるので、それはそれでベネフィットだと思っています。
 池田 いわゆる共存するようなかたちですね。それらを大きく踏まえて、なかなか予後について判定しづらいと思うのですが、先生の肌感覚ではどうでしょうか。この免疫チェックポイント阻害薬の効果というのは、どの程度なのでしょうか。
 並川 肌感覚では、やはり長期生存や、腫瘍が縮小したりといった恩恵がある方は確実に増えていると思います。この免疫チェックポイント阻害薬が出たときは、メルケル細胞がんの増殖のスピードは非常に速いので、ちょっと間に合わないというか、抗PD-L1抗体だけだと効果発現の実力を発揮する前に腫瘍が悪くなってしまうのではないかという危惧がありました。しかし、いざ使ってみると、効く方は思ったより速やかに効くということがあるので、ベネフィットとしてはかなりあるのではないかと思います。
 池田 どうもありがとうございました。