ドクターサロン

 池田 桑原先生、異状死について質問です。質問によると、外因による障害の続発性あるいは後遺障害による死亡は病死ではなく異状死、異常な状態の死に該当するという文言がガイドラインにあるそうです。これですと、例えば老人が転倒して、その後亡くなったらすべてが異状死になってしまいますが、厚生労働省のものも含めて異状死というのはどういう状態を表すものなのでしょうか。
 桑原 こちらのガイドラインというのは、日本法医学会がかつて出していたガイドラインで、コンセンサスがあるかというとそうでもないのです。厚生労働省がどう考えているかということが大事だと思うのですが、厚生労働省の通知では、まず死体の外表面に異常があるかどうか、それから外表面に異常がなくても死体が発見されるに至った経緯(いきさつ)や発見場所や状況などを総合的に判断して異常かどうか考えましょう、ということになっています。
 池田 つまり、ガイドラインは日本法医学会が作ったものと、厚生労働省の通達と2つあるということなのですね。
 桑原 そうですね。ただし、時期的には厚生労働省のものは2019年に、日本法医学会のものは1994年に出ているので、やはりここは厚生労働省のほうが主な見解と考えてよいかと思います。
 池田 ずいぶん時間的にギャップがあるのですね。では、やはり法律家も厚生労働省の通知をもとに判断されているのですね。
 桑原 そうですね、我々医療弁護士はそのようにしていると思います。
 池田 異状死かどうかは経緯も含めて総合的に判断するということですが、誰が判断するのでしょうか。
 桑原 これは医師が判断します。
 池田 では今回の質問では、この施設に所属する医師が判断するということですね。
 桑原 そうですね。
 池田 質問の後半部分にもありますが、その場合、入居者虐待の報道もあるので、事故以後の経過に異常がないとしても、警察による検証が必要なのでしょうか。言い方が悪いですが高齢者ですから転倒をきっかけに亡くなってしまう可能性は他の年代に比べて高いと思いますが、すべてについて所属医師は、虐待等を調べなければならないのでしょうか。
 桑原 先ほどの厚生労働省の通知からすると、そうではないと思います。先ほど申し上げましたとおり経緯というものも考慮の要素になりますので、経緯から異常と言えるかどうか、例えば、もともとこの患者さんが転落してしまうのもおかしくないような状況だった、ということなら実際に転落したとしても異常にはならないと思います。一方で、まさかこの人が転落するなんておかしいよね、ということになると、もしかしたら虐待ということもあるかもしれないので、その可能性が少しでもあるのであれば届け出をしよう、という話になると思います。
 池田 経緯が大切なのですね。では医師がこれは異状死かなと判断した場合はどこに届けるのでしょうか。
 桑原 所轄の警察署です。
 池田 警察に届けるのですね。そして、警察と主治医が話をすると思うのですが、なぜこれを異状死と判断したのかなどを聞かれるのでしょうか。
 桑原 一般的な運用としては、なぜ届け出たのかまでは聞かれていないと思います。届け出がなされたという結論、それ自体をもって警察署はさて次はどうしようかということを考えるのではないかと思います。
 池田 なるほど。その医師の判断の責任が問われすぎると、今度は逆に届け出をしなくなるようなことを危惧されますね。
 桑原 そうですね。異状死として届け出るかどうかは、死体を検案して外表に異常がある、あるいは何らかの異常があると判断してから24時間以内に決めなければいけませんので、24時間以内の判断というものについてあまり責任を問われては、たまらないと思います。
 池田 24時間以内に、早く決めないといけないということで、かなりプレッシャーになってしまうと思うのですが、届け出をすると今度は検死が行われるということですが、この検死というのは誰が行うのでしょうか。
 桑原 検死は警察署で対応することになります。
 池田 では医師は、報告したらそれで終わりになるのでしょうか。
 桑原 はい、そうですね。
 池田 解剖、あるいは最近はAutopsy imaging、Aiというのが行われていますが、このどちらかをやる、やらないという判断はどなたがするのでしょうか。
 桑原 検死の結果として、そこまでやろうという警察署の判断になれば、司法解剖も行われます。ただ、それは異状死という届け出があった場合になってきますので、その届け出は必要ないと医師が判断した場合に、だけれども何もしないというのもおかしいだろう、やはり調べてみようと、ご家族の了解を得て病理解剖をすることもあると思います。ご家族の了解も得られないけれども異状死として届け出るのもおかしい、そういった場合に先生がおっしゃったようなAiをして画像判断をすることもあるかと思います。
 池田 では、どちらかというとAiをやるのは医療側になるのでしょうか。
 桑原 そうですね。医療側で自主的にやることになります。
 池田 では、患者家族がやってくれというような話を最近よくテレビ等で見るのですが、逆なのでしょうか。
 桑原 そうですね。患者家族が希望するのは、例えば病理解剖はいいけれども、ほかの医療機関でやってほしいとか、そういうことを言ってくることは時にありますが、Aiについては患者家族もまだご存じないので、どちらかというと病理解剖の了解が得られないときなどに、医療機関のほうで行っていくことになるかと思います。
 池田 では医療機関が行うAiというのは、ある意味自主防衛的な感じもあるのでしょうか。
 桑原 自主防衛の要素もあると思います。もちろん純粋に死因がわからないので調べたい、ということもあるかと思います。
 池田 異状死として届け出があって検死をすることになって、家族が解剖に関して同意しないという可能性もあるのでしょうか。
 桑原 同意しない可能性もあることはありますが、家族が同意しないとできないものでもありません。なので、ときどきあるトラブルとしては医師が異状死であると判断して警察に届け出をして、警察のほうで司法解剖をしてしまった。それが家族としては望んでなかった場合はなぜ届け出たんだ、と医師が責められてしまうこともあります。
 池田 家族が解剖してほしくないと言っても、警察の権限で解剖することもあるのですか。
 桑原 あります。
 池田 不思議な感じがしますね。
 桑原 この制度は、家族や病院のためというよりも死因をしっかり決めるための制度になっています。異状死の場合は何かそこに犯罪があるかもしれないといったことで警察に届け出るという制度になっているので、家族の意思と離れてこういうことになってしまうこともあります。
 池田 逆に言いますと、所属する施設での異状死の報告はなかなか医師にとっては勇気のいることですね。
 桑原 勇気がいりますね。そういった意味で家族から責められてしまうこともありえますから。
 池田 検死の結果、解剖もして、それでこれはおかしいのではないかということになると、今度は施設や家族などを調べていくのでしょうか。
 桑原 そうですね。事情聴取はされると思います。
 池田 実際にどのくらいの数が異状死として報告されていて、解剖に至るものがどれくらいかというデータはあるのでしょうか。
 桑原 実際のデータとなると、すぐ思い浮かびませんけれども、私の肌感覚としては医療事故調査制度ができてからは、こういった届け出がなされる例は減ってきているように感じます。
 池田 減っているのですか。
 桑原 はい。
 池田 それはいわゆる異状死として扱うよりも、医療事故として扱うという方向にきているということなのでしょうか。
 桑原 そうですね。もともと医師法21条というものが死因の究明のために何かをして再発防止策を練るための医療安全の制度としては機能していないという批判があって、その代替としてできたのが医療事故調査制度です。なので、もともとは異状死として届け出ていたものの一部分というのは、医療事故調査制度の対象としましょう、ということで異状死を対象にしないということも実務上はけっこうあるのかと思います。
 池田 医療事故調査制度というのは、警察機関とは別に独立されているので、どちらかというと異状死として届けると警察に関するものとして、医療事故調査制度に届けると厚生労働省に関するものという考えなのでしょうか。
 桑原 そうですね。厚生労働省といいますか、医療安全調査機構の側になってくることになります。理論的には一つの亡くなった死体について両者が重複することはありえますが、実務上の運用としてはそのようなかたちになっていると思います。
 池田 医療事故調査制度が始まって、いろいろなものが異状死として見つかって、両方が広がっているのかなと思っていましたが、医療サイドとしては異状死として届けるよりも、医療事故の調査に回したほうが科学的ですし、何かあっても医療過誤や医療事故で済ませられるのでしょうか。警察まで行ってしまうと、刑事処分のようなことが出てくるので、そちらに届けるよりは、医療事故調査制度のほうが、言い方は悪いですけど安全のような感じがしますよね。
 桑原 そうですね。異状死に当たらないものを無理やり届け出る必要はないと思います。先生がおっしゃったとおり、医療事故調査制度によって、将来の事故防止にもつながっていくというたいへん重要な社会的な意味もありますので、むりやり異状死だと届け出ることはせずに、むしろ前向きに医療事故調査制度というものを利用していくということも重要ではないかなと思います。
 池田 日本法医学会のガイドライン1994年版と厚生労働省からの通知でかなり時間差がありますね。その時系列的なことと社会の変化というものが、ガイドラインと少しずれているのでしょうか。
 桑原 そうですね。やはり、今は昔と少し違っていて、厚生労働省の公的な考え方もあるので、以前よりは安心して医療ができる状況になっているかと思っています。
 池田 高齢者で、経緯に特に問題がなければ、あまり異状死と考えないで、組織内の軋轢を生むようなこともあまりしなくていいということでしょうね。
 桑原 そうですね。届け出というのは軋轢を生むことになりますので、そういった点からも無理やり該当させて異状死として警察に届け出る必要はないと思います。
 池田 どうもありがとうございました。