ドクターサロン

 池脇 慢性咳嗽と咳喘息の鑑別の方法・治療についての質問ですが、咳喘息は慢性咳嗽の中の一つなので、基本的には慢性咳嗽の鑑別の進め方、そしてそれぞれの治療ということでお話いただきます。まず、慢性咳嗽の定義というのはあるのでしょうか。
 松瀬 咳嗽を診るときに、一番大事なのは命に関わるような大きなものがないかを確かめるためにレントゲンを撮ったり聴診をしたりします。そこで簡単に原因がわかるものは、広義の慢性咳嗽としてそれほど難しくないのですが、難しいのは簡単な普通の検査では原因がわからない狭義の慢性咳嗽というものがあります。それを咳嗽の持続期間で分けて、3週間を急性、3~8週間を遷延性、8週間以上を慢性と分類し、それぞれの代表的な疾患を考えて鑑別をしていくという流れになります。
 池脇 咳嗽が持続すればするほど、当初は感染がメインだったものが、感染以外のものが増えてくる。中でも質問にある咳喘息は、慢性の咳嗽の中で一番多いと聞きましたが、そうなのですか。
 松瀬 そうですね。成人の狭義の簡単に検査しただけではわからない慢性咳嗽の中で、一番頻度が高いのは咳喘息と世界中でいわれています。
 池脇 そういう意味では、レントゲン検査をしてもこれといった異常がないけれども長く続いているという時には、やはりこの咳喘息を常に念頭に置いておかないといけないのですね。慢性咳嗽の定義は8週間以上とのことですが、どのような疾患がそこにあるのでしょうか。
 松瀬 最も頻度が高い慢性咳嗽は、今お話しした、咳喘息といわれています。なかなか定義や調査する地域などいろいろな問題があって難しいのですが、一般的にわが国では咳喘息、アトピー咳嗽、胃食道逆流症が多いといわれています。
 池脇 まず咳喘息ですが、喘息の前段階のような理解でよいのでしょうか。
 松瀬 これも難しいのですが、喘息の咳というのは一筋縄ではいかないと考えられています。一つは先生がおっしゃったように、まだ炎症の軽い、喘息のなり始めのようなものも、おそらく咳喘息に入ってくるだろうと思われています。それ以外にゼーゼーいわないぐらいのちょっとした収縮ですごく咳が出やすくなる咳喘息というのがあると思われています。最近話題になっているのは、いわゆる喘息のような炎症や収縮がなくてもそもそも咳の出やすいタイプがあって、ここが非常に難治性とされています。このように咳喘息と一言で言ってもいろいろな咳の出方があるので、鑑別もなかなか難しいですね。
 池脇 でも喘息ではないので、いわゆるゼーゼー、ヒューヒュー呼吸困難という状況ではないのですね。
 松瀬 そうですね。
 池脇 咳がメインなのですか。
 松瀬 はい、咳が非常に強いです。
 池脇 この咳はあまり痰の絡まないような咳なのですね。
 松瀬 中には絡む方もいますが、いわゆる空咳が圧倒的に多いのが特徴です。
 池脇 咳の場合は、問診の話になるかもしれませんが、一日のうちの時間帯、症状が出やすいきっかけなどに特徴があるのでしょうか。
 松瀬 いわゆる喘息と基本的には同じで、日中よりは夜間、夜間の中でも深夜から明け方にかけて出やすい、あるいは喘息の発作を起こすような冷たい空気やタバコの強い匂いなどが引き金になって咳が出やすいと言われています。
 池脇 イメージとしては、すごく刺激に過敏になっていったん始まるとそれが悪循環で咳が続くという、そういう印象を受けました。
 松瀬 やはり喘息ですので、非常に過敏な状態があるのは間違いないですね。
 池脇 アトピー咳嗽はある意味、咳喘息と似たような咳のイメージを持っているのですが、どうでしょうか。
 松瀬 アトピー咳嗽は、喘息とは違って、例えば過敏性の試験をしても、全然過敏ではないし、収縮を解除するような気管支拡張薬を使っても咳は和らがない、いわゆる抗ヒスタミン薬で止まる咳嗽といわれています。
 池脇 治療については、効く薬が少し違うということですが、アトピー咳嗽もどちらかというと呼吸困難、ゼーゼーはしないけれども、空咳があり、それが起こりやすい時間帯は咳喘息と似ている感じがしますが、どうでしょうか。
 松瀬 そうですね。一見症状だけでは、鑑別するのは難しいと思います。
 池脇 そうすると慢性咳嗽の方が咳喘息かアトピー咳嗽か、と来ることはあるのですよね。先生方は専門的な検査等で鑑別できるかもしれませんが、そういうものがないような状況では、アトピー咳嗽と咳喘息、どのように鑑別していくのでしょう。
 松瀬 やはり頻度の高いものを想定した検査に基づかない、いわゆる治療的診断、診断的治療ですね。例えば気管支拡張薬というのは全く咳止めではないのですが、咳喘息の平滑筋の収縮による咳に効く。気管支拡張薬が効けば咳喘息ですし、効かなかったらアトピー咳嗽という診断的治療を行います。これは非常に咳で困っている人に対して試しにやってみて、また来てくださいというのはなかなか難しいので、現実的には今だと吸入のステロイドと気管支拡張薬の合剤で喘息の治療をすることが多いわけですが、それに対する治療の反応性をみるのが一番現実的かなと思います。
 池脇 確かに患者さんにこっちが効いたら咳喘息、効かなかったらアトピー咳嗽、というのも、ちょっと申し訳ないですね。
 松瀬 そうですね。
 池脇 ただ、吸入ステロイドが入ってしまうと、一応両方ともに効くのですよね。
 松瀬 はい。ですから、吸入ステロイドを入れて止まったところで、漫然と続けるのではなく、例えば少し減量したりして、ぶり返した時に気管支拡張薬を使ってくださいという感じで処方すると、気管支拡張薬に対する反応性も見られるし、治療もできるのでいいかと思います。
 池脇 吸入ステロイドを入れるところでちょっと引っかかったのは、咳喘息は3割ぐらいが喘息に移行するけれども、アトピー咳嗽は、そういう移行性がないので、比較的短期間でもないですが、治療は終結できます。その予後というのでしょうか。そこの違いをどういうふうに反映するのかと思ったのですが、最初は吸入ステロイドを入れておいて、その後そういうことで鑑別するということですね。
 松瀬 やはりどこかで気管支拡張薬に対する反応性を見ていただくのが必要かと思います。
 池脇 慢性咳嗽の原因として胃食道逆流症も多いとのことですが、これは何かしら患者さんの自覚・他覚症状で、鑑別できるのでしょうか。
 松瀬 いわゆる肥満体形で典型的な胸焼け症状があるようなものは、食後の胸焼けとともに咳が出るから簡単なのですが、実は日本人はあまりそれほど強いのがなくて、食後というよりも長く会話をした時に、しかも日中横隔膜が動いて少し逆流が起きて咳が出やすくなる、咳喘息にも非常に合併しやすいといわれています。咳喘息で治療したのに、例えば昼間の会話中の咳が残る、なんていう時には、合併があるかもしれないと考えて胃食道逆流症の治療をするといい場合もあります。そういう時には、例えばPPIなどを使って治療することになりますね。
 池脇 実は今回の質問は、慢性咳嗽の前に難治性と付いていました。慢性だから難治性なのではないかと思ったのですが、難治性の慢性咳嗽という言葉があるのでしょうか。
 松瀬 そうですね。まだまだ一般的ではないのかもしれませんが、全く原因がわからない原因不明の慢性咳嗽と、ある程度原因がわかる、例えば咳喘息による慢性咳嗽とわかっていても咳喘息の治療を思いっきりやっても治らない難治性の慢性咳嗽というのがあって、そういう言い方をすることもあります。
 池脇 疾患の多少のスペクトラムがあって、その中には、効くはずの薬がなかなか効かない、そういう患者さんもいらっしゃるという理解ですか。
 松瀬 先ほどお話ししたように複数の原因があったり、そもそも咳喘息にも軽症と重症がありますので、重症になってくると普通の治療ではなかなかうまくいかないこともあります。最初にお話ししたように咳喘息の咳にもいろいろなタイプがあるので、普通の喘息の治療だけでは止まらない咳が咳喘息である場合もあるのですね。
 池脇 非専門医が難治性の患者さんを治療することはないと思いますが、専門医に来られる方に対しての治療というのはあるのでしょうか。
 松瀬 今までは対症的に中枢性の鎮咳薬といわれる、例えば麻薬性のコデインぐらいしかなかったのですが、実は昨年初めて気道の上皮の間にある咳の受容体に作用するATP受容体拮抗薬というのが出てきました。治験レベルでは10年以上咳の続く人に、プラセボに対し有意に咳嗽を改善できたというデータが出ていますので、難しい難治性の咳には非常にいい情報の一つかと思います。ただ副作用があって、咳の受容体は、味覚と同じような感覚なので味の異常がどうしても出てしまいます。そういうのが出ると続けにくいことはあるのですが、今まで咳止めでこれぞというものがなかったので、たいへん期待されている薬になります。
 池脇 そうですか。新しい情報も含めて慢性咳嗽の臨床実地に即した情報提供をいただきました。ありがとうございました。