山内
三浦先生、まずこの副咽頭間隙という、少し耳慣れない言葉ですが、どのあたりのことを指しているのでしょうか。
三浦
上方は脳の下の骨、頭蓋底骨、後方が頸椎、外側は下顎骨という骨に囲まれた領域です。頭蓋底から顎下腺のあたりまでの上下の間に挟まれた、内側翼突筋のような咬合に関わる筋肉の間を埋めるような脂肪組織がメインになっています。
山内
比較的狭い領域にぎっしりといろいろなものが詰まっている。その間隙、そういった印象なのでしょうか。
三浦
そうです。
山内
そのあたりに筋肉がたくさんあって、さらに脂肪がそこを埋めているというところで、それ以外にも非常に重要な血管や神経もたくさん走っている場所と考えてよいでしょうか。
三浦
まさにその通りです。頭蓋底ですので、様々な嚥下に関わる神経、迷走神経、舌下神経などが走行していますし、脳を栄養する大事な頸動脈、頸静脈が走行しています。このような解剖学的特徴がいろいろと後遺症や治療にあたっての障害になることがあります。
山内
次に腫瘍の話になります。いろいろな臓器がたくさん隣接していますが、腫瘍の発生母体としてはどこが考えられているのでしょうか。
三浦
およそ50%が唾液腺、唾液を作る腺からの腫瘍、3~4割ぐらいが神経由来の腫瘍、1割ぐらいが自律神経由来の血流が豊富な腫瘍といわれています。
山内
なかなか多様ですね。この腫瘍ですが、初発症状はいかがでしょうか。
三浦
大抵4割ぐらいの人が首の腫れ、あるいは口の中の腫れで気づかれます。神経の障害、あるいは痛みというのは1~2割ぐらいの方のみで意外と少なく、腫れで気づかれることが多いです。またクリニックなどで頭痛、あるいは副鼻腔炎などの検査のCT、MRIで偶発的に見つかる症例が最近は増えています。
山内
初発症状としては、意外に症状がないということでよいのですね。
三浦
そうですね。3割ぐらいの方は無症状です。
山内
悪性と良性はあるのでしょうか。
三浦
今ですと15%ぐらい、がんが占めるといわれています。
山内
がんですと、周辺の臓器、血管、神経がさらに巻き込まれて多様な症状が出るということになるのでしょうか。
三浦
当病院のデータでは、やはり悪性の方が症状は出やすいのですが、それが決め手になるほどの有意な差はないです。良性でもけっこう症状が出ます。ただ開口障害、口が開けづらいというのは悪性に特徴的な症状のような気がします。
山内
本当に狭いところですから、神経や血管が巻き込まれて、そういった症状が出そうですが、そうでもないのは神経や血管が巻き込まれにくいということでしょうか。
三浦
軟らかい脂肪、筋肉が充満していますので、その中で大きくなっても逃げ場があるからかもしれません。実際、7㎝ぐらいまでは、自覚症状の有無と大きさの間に相関性は認めません。7㎝を超えると初めて、いろいろな自覚症状を訴える場合が増えるようです。
山内
かなり大きくなるまでは、症状が出てこないのですね。
三浦
はい。出てこない場合が多いです。
山内
一方で、最近は画像で偶発的に見つけられることが増えてきたのですね。
三浦
はい、そうですね。
山内
最近、確かに頭部のCT、MRIといったものがよく撮られるようになってきていますから、撮ったら「えっ」という感じになるのでしょうね。
三浦
そうですね。一般のクリニックにも、最近はもうCT、MRIなどの画像診断が広まっていますので、そこで見つかって驚かれて紹介される場合が多いです。
山内
圧迫症状、特に頭痛が多いのですか。
三浦
意外と少ないですね。頭痛が契機で画像を撮って見つかることで、腫瘍が頭痛の原因ということは少ないように思います。
山内
そうですか。なかなか一風変わった腫瘍ですが、なにか誘引や、年齢別、性別に分類をした場合、特徴的なものはありますか。
三浦
腫瘍自体の由来が多岐にわたるので、この間隙領域だからというような特徴はあまりないように思います。男性女性もほぼ半々です。
山内
頸部周辺の腫瘍といいますと、最近は飲めない人がアルコールをたくさん飲んだ場合、出てきやすい説がありますが、この腫瘍に関してはいかがでしょうか。
三浦
この腫瘍は咽頭とはちょっと離れています。むしろ唾液腺に由来する腫瘍が約半分を占めるので、腺がんとしての特徴は傾向としてあるかもしれません。アルコール、たばこに関しては、あまりはっきりとした因果関係はないような気がします。
山内
この領域ですが、ほかからの転移といったものもあるのでしょうか。
三浦
リンパ腫や肉腫もあります。咽頭後リンパ節というリンパ節がある場所ですので、例えば胃がんなど、ほかのところのがんが転移をするような場合が、多くはないですがやはり見受けられます。
山内
さて、治療になりますが、やはり手術で取ってしまう、ということでしょうか。
三浦
20年、30年前ぐらいまでは、症状の有無にかかわらず取るのが一般的でしたが、最近の10年ぐらいは経過を見ましょう、そして大きくなるようだったら、あるいは症状が何か出るようだったら手術を検討しましょうという考えに変わりつつあるように思います。
山内
原則的には良性腫瘍ということを確認してからですね。
三浦
そうです。良性腫瘍を確認してからになります。
山内
良性かがんか画像診断でかなり正確に当てることができるようになっているのですか。
三浦
およそ9割以上の確率で、MRIで診断がつくと思います。
山内
それはかなり高い確率ですね。
三浦
そうですね。
山内
良性だと手術が待機的というのは、やはり手術しにくい、あるいは、したくないというのもあるのでしょうか。
三浦
手術をすることによって、神経脱落症状、例えば嚥下できなくなるとか、声がかすれるとか、一過性の顔面神経の麻痺などの後遺症、合併症を起こすリスクを考えると現在無症状の患者さんに手術を奨めていいものかということになると思います。
山内
がんに関しては手術せざるをえないですよね。
三浦
そうですね、ただ根治性をもって取り切ることが難しい場所ですので、生検にとどめて病理学的に悪性を確認し、その後は放射線あるいは粒子線、あるいは抗がん剤という選択肢にもっていく場合も多いと思います。
山内
がんの場合、手術はしたいけれども、やはり手術するには場所的に非常に狭いといった制約が大きいのでしょうね。
三浦
場所的にも狭いですし、犠牲になる臓器が多いです。あと非常に出血のしやすいところ、静脈層がある場所ですので、なかなか取り切るのが難しい、アプローチも難しいところになります。手術のみで完結するという場合は、低悪性あるいはサイズが小さいといった限定されたものになるかなと思います。
山内
周りも骨に囲まれた領域と考えてよいのでしょうか。
三浦
そうですね。
山内
だから、術野を広げるのも難しいと考えてよいですか。
三浦
そうです。ですから、昔でしたら一時離断といって、下顎を割って広げて手術をすることが多かったですが、下口唇に傷がついたり、噛み合わせがずれたりという後遺症を伴いますので、現在ではなかなかそこまでして取るのはどうかというところだと思います。
山内
小さい穴からほじり出すような感じの手術と考えてよいのでしょうか。
三浦
良性の場合はそうですね。本当に指で根気よく1~2時間かけて、くりぬいて抜き取るような感じ、あるいはツッペルという小さな綿球の付いたものでほじり出すような、そういった手術になることが多いです。
山内
どうもありがとうございました。