池脇
アルコール性末梢神経障害による痺れについての質問です。かれこれ3年近く、外出しての宴会はほぼない状態が続く一方で、テレワークの人が増え自宅での一人飲み、家族飲みなど最終的に我々の飲酒量がコロナ禍でどういう影響を受けたのだろうかと思っています。もちろんあまりきちんとしたデータはないと思いますが、今のアルコール性末梢神経障害について脳神経内科の立場から、患者さんの数も含めてどのような印象をお持ちですか。
鈴木
先生のおっしゃるとおり、家飲みなども増えて、運動もちょっと控えているということで、飲酒量が増えている方はやはり多くなっているという印象を受けます。正確なデータはありませんが、それに伴ってアルコールによる末梢神経障害の患者さんも増えている印象は少し受けます。
池脇
この質問をした医師はアルコール性末梢神経障害の痺れを疑っています。脳神経内科医にとっては末梢性の痺れのときにアルコールは必ず疑われると思いますが、非専門医が痺れでアルコール性末梢神経障害を疑うとなると、その疑いの根拠としてどういった情報を捉えるのでしょうか。
鈴木
まずその前に、皆さんご存じと思いますがアルコールについて簡単に説明させていただきます。アルコールというのは適正な飲酒量だと、疲労を和らげたり、多幸感が得られたり、快適な睡眠が得られたり、良いことばかりです。百薬の長ともいいますし、人間関係を円滑にして、職場での仕事もしやすくなるのですが、過度に長期間飲んでいると、いろいろな臓器障害が出てきます。特に肝臓と脳の障害です。脳に関しては神経系ですが、中枢神経障害と末梢神経障害があり(表1)、アルコールをたくさん飲んでいると最初に今回のテーマである末梢性の神経障害が生じてきます。アルコール性の末梢神経障害には幾つかパターンがあり、専門的になりますが、正中神経だけが障害される単神経障害、正中性神経と尺骨神経など複数の神経が同時に障害される多発単神経障害、そしてこれからお話しします多発ニューロパチーというものがあります。多発ニューロパチーがアルコール性の末梢神経障害の中では最も多く、手袋靴下型の知覚障害が生じます。具体的には手と足の先が感覚鈍麻になり、ピリピリしたりヒリヒリするという異常知覚が出てきて、さらに進んでくると痛みという症状が出てきます。多発ニューロパチーの原因はたくさんあるのですが、頻度が高いのは、アルコール、糖尿病、あるいは薬剤(ある種の抗がん剤)の副作用によるものです。それからまれな病気ですがギラン・バレー症候群などで生じることもあります。遺伝性の神経疾患やクロウ・深瀬症候群、尿毒症などでも生じます。ただ、原因として頻度が高いのは先ほど言いましたアルコール、糖尿病、薬剤の副作用なので、患者さんの病歴をよく聴取して、多発性ニューロパチーを呈する遺伝性の神経疾患を除外し、生活歴をよく聞き、この人はアルコールをたくさん飲んでいる、糖尿病もあまりない、ほかに薬剤も服用していないということで手袋靴下型の知覚障害を呈した場合には、アルコール性の多発ニューロパチーを疑っていくのが手順です。
池脇
何も難しい痺れの所見をとるわけではなくて、その分布が手袋靴下型かどうかをまずはチェックし、そういったものであれば、一応アルコール性についてチェックしましょう、ということですね。多分、質問の医師はそのチェックをされて、どうもアルコール性末梢神経障害かな、ということです。よほどの大酒飲みだと何年何十年先に、そういったものがあるという気がしているのですが、患者さんは多いのでしょうか。
鈴木
少し古い統計ですが、日本人は成人男性の80%、成人女性の60%が多かれ少なかれ飲酒しています。その中で毎日飲酒する方は男性が36%、女性が7.5%です。アルコール学会で一日60g以上、日本酒換算で3合、ビール中瓶換算で3~4本、ワインで4~5杯飲む方が多量飲酒者という定義があり、それを10年以上続けると慢性多量飲酒者といいます。多量飲酒を5年ぐらい続けると、アルコール性の多発ニューロパチーが生じてくるといわれています。
池脇
やはり大量に飲酒される方がそれなりの数はいるのですね。アルコール性末梢神経障害というのは、目の前の患者さんにいるかもと思っていたほうがいいですね。
鈴木
そうですね。多量飲酒者に該当する日本人は、男性で12%、女性は3%、全国で約860~900万人いるといわれています。そのうちの半数ぐらいは多発性ニューロパチーを発症しています。下肢あるいは四肢の異常知覚を自覚している人もいますし、検査で異常が見つかり、本人が知らないうちに多発性ニューロパチーが生じていた、という方も含めると多量飲酒者の半数近くになり、けっこういらっしゃると思います。
池脇
アルコール性末梢神経障害というのは、案外多いのですね。
質問に戻りますが、アルコール性末梢神経障害を疑ってビタミンB1を測っている、とはどういうことですか。
鈴木
アルコール性多発ニューロパチーを発症している人や、発症していなくてもアルコールをたくさん飲む人はビタミンB1が低下していることが多いのは確かです。アルコール性多発ニューロパチーはビタミンB1の低下を伴うこともあるのですが、ビタミンB1の低下がなくても、アルコール性多発ニューロパチーと診断することができます。アルコールをたくさん飲んでいる方がビタミンB1が低下するのはビタミンB1の食事での摂取不足とか、慢性下痢で吸収障害がある、アルコールを飲むことによって代謝が亢進されてビタミンB1の消費量が上がることが原因として考えられます。しかしながらアルコール性多発ニューロパチーは必ずしもビタミンB1が低下していなくても診断することはできます。今までアルコール性多発ニューロパチーの場合には、ビタミンB1が低下する人もいましたので、アルコール性多発ニューロパチー=ビタミンB1欠乏性のニューロパチー(いわゆるチアミン欠乏性ニューロパチー)と思われていました。これは、dry beriberiつまり乾性の脚気と同じ病気ではないかと思われていたのですが、現在ではアルコール性多発ニューロパチーとチアミン欠乏性ニューロパチーは違うものであることがわかっています。有名な論文がありまして、アルコール性多発ニューロパチーでビタミンB1欠乏を伴わないものと伴うもの、チアミン欠乏性ニューロパチー、この3者を比較したところ、臨床症状も病理学的所見も少し異なってくることが示されています。ですからアルコール性多発ニューロパチーの場合、診断基準に明確なものはないのですが、ビタミンB1の低下は必須条件ではありません。ビタミンB1が正常であってもアルコール性多発ニューロパチーを疑い、診断することもできます。
池脇
一般の医師がそこまでやって、専門医に紹介をすることになりますが、具体的にはどういう検査をして確定するのでしょうか。
鈴木
生活歴をよく聴取し、飲酒歴がたくさんあるかどうか、本当に手袋靴下型の神経障害が生じているかどうか、あと下肢の腱反射が低下しているときも疑います。検査では末梢神経伝導速度が一番いい検査だといわれています。末梢神経伝導速度検査には運動神経と感覚神経の検査があるのですが、まず感覚神経が障害されてきます。神経細胞体から出ている軸索というものが障害されると末梢神経伝導速度が低下してきます。そこまで確認すれば、ほぼアルコール性多発ニューロパチーと診断することができると思います。
池脇
ビタミンB1が低下していれば補充も必要でしょうが、やっぱり一番避けて通れないのは断酒ですよね。
鈴木
はい。断酒ですね。
池脇
説明は先生方がおやりになるのでしょうか。あるいは精神科の医師なのでしょうか。
鈴木
アルコール性多発ニューロパチーぐらいの段階ですと脳神経内科医が説明することが多いと思います。以下のように説明すると断酒ないしは節酒に納得していただけることがあります。アルコール性多発ニューロパチー(末梢神経障害)はお酒を飲むと一時的に症状が良くなることがあります。したがってどんどんお酒を飲んでしまっている方が多いのが実情です。どんどんお酒を飲むと末梢神経障害だけではなくて、中枢性の神経障害も生じてきます。ですから、この段階(アルコール性多発ニューロパチー)で断酒、節酒をするといいと思います。お酒を少し控えましょう、あと栄養のバランスが取れた食事をよく摂りましょうということです。それがまず大事です。
池脇
中枢性の神経障害までいってしまうと本当に断酒の専門医が入らないといけないけれども、末梢性のアルコール性神経障害であれば、まだ本人を説得すれば非専門医でも何とかなるということですね。
鈴木
そうです。症状がなくても末梢神経伝導速度で、あなたは異常値を示しているから、もうお酒をやめたほうがいいですよ、というのも多少効果がありますし、実をいいますと、その段階で中枢のほうにも少し影響が出ている場合も少なくありません。脳血流SPECTなどを取りますと、もうその段階で辺縁系や前頭葉、脳血流が低下してきている場合があります。お酒をこのままのペースで飲み続けていくとさらに症状が進行してアルコール性の認知症や小脳変性症、下手するともっと怖いMarchiafava-Bignami病(図1)やWernicke脳症(図2)になる可能性もあります、というと、とても説得性があります。
池脇
そうですね。そこを通り過ぎて、中枢性神経障害で深刻な状態にならないためにもこの末梢神経障害の段階で見つけてあげるというのが大切だとわかりました。ありがとうございました。