池脇
BNP、ANPの心不全での変化、そして「心筋以外で作られるのでしょうか」という質問をいただきました。ANP、BNP、その後にCNPという3つのナトリウム利尿ペプチドファミリーがありますが、いずれも日本で発見されたペプチドなのでしょうか。
香坂
はい。ANP、BNP、CNPそれぞれABCの順番で発見されまして、最初に顕微鏡によってANPが組織学的に心房の細胞の顆粒の中にあることが発見されましたが、この発見は実は日本ではなく欧米で見つかったものです。ただ、その機能解析を積極的に進めたのが日本のグループだったので、非常に日本で有名になったホルモンです。一方、BNPは日本で発見されて、その役割や機能解析も日本を中心に行われました。
池脇
後から解説していただくことになると思いますが、それを発見しただけではなくて心不全の診断あるいは心不全の治療に実際に広く使われているという意味では、本当にトランスレーショナル・リサーチの成功例と言ってもいいのではないでしょうか。
香坂
そうですね。おっしゃる通りかと思います。特にANPに関しては、当初これは何だろうと、いろいろ精査されたのですが、心不全で急に上がるということがわかり、そのノックアウトマウスなどを作成すると非常に血圧が上がったり、心臓血管にとって良くない影響が出ました。これは体にとって血圧あるいはホメオスタシスにとって必須のものであり、それを応用して薬にできないかというところで、日本で注射用カルペリチドと呼ばれる薬が作られました。ただ、ANPは2分とか5分とか恐ろしく半減期が短いのです。ところがBNPは10分とか15分ぐらい血中に存在できるので、より安定した製剤として使えるのではないかと、こちらは欧米で一時期、急性心不全の治療に使われていました。
池脇
確認ですが、ANPはatrial、心房の利尿ペプチド、そしてBNPは、当初、brainの利尿ペプチドとされていたものを、今ではANPはAタイプ、BNPはBタイプと呼んでいるのでしょうか。
香坂
そこはどうなのでしょうか。成書を見ますと、やはりAはatrial、Bはbrainと書かれていますが、実際にいわゆる生化学の分野で測定の精度が進みますとBNPはbrainではなくて、ventricle(心室)から出ているものがほとんどでした。また、ANPは組織的に顆粒として心筋組織の中に見ることができるものなのですが、BNPは見ることができないものだったのです。つまり、BNPは直接DNAからtranscrip tionされて、その場でできているものなので、そこがわかるまで、ventricleの中にあるということがなかなかわからなかったのですが、今では両方とも心筋のストレッチに対して代償的に短時間作用型で出されるホルモンであることがわかっています。最後のCNPは骨からも骨髄からもほかの臓器からも出ることがわかっていて、作用に関しては同等なのですが、ANP、BNPとの使い分けは必要なのか、そのあたりはまだわかっていないことが多く、今後の課題だと思います。
池脇
わかりました。多くの医師が心不全でBNP、あるいはNT-proBNPをよく測定していて汎用されています。でもANPはなかなか保険診療ができない、逆に言うと、少々料金を払うと測定できないこともないのだろうと思うのですが、これは今、どうなっているのでしょうか。
香坂
そうですね。ANPの測定系もBNPの測定系も存在するのですが、市販で広くアッセイが使用されているのはBNPのほうだと思います。おそらく両方とも同じぐらいの精度を持っているという感触はあるのですが、BNPのほうが2002年ぐらいにアメリカでBNP studyという研究が行われまして、かなり高い精度で心臓による呼吸苦と心臓でない呼吸苦、つまり心不全なのか肺の病気なのかをけっこうきれいに分けられるというエビデンスがThe New England Journal of Medicineに出ました。それをきっかけにしてBNPの製品化が一気に加速して進んだというところがあります。
池脇
確かに、心不全が疑われる患者さんが来た時にその人を聴診するなり胸のレントゲンを撮るなり、心電図を取るなどの検査をする中で、BNPを測って高ければ心不全だという診断にだいぶ近づけるという意味では、臨床的にこのBNPは本当に有益な検査ということなのですね。
香坂
はい、自分がちょうど初期研修医の頃だったのですが、日本にはANPもBNPもありました。ただ、BNP studyが出てからはカラーがBNPにガラッと変わりましたので、やはり世界的にはエビデンスがあるかないかを非常に重視される傾向にあると思います。
池脇
質問で、「心不全ではBNPが上がりますが、心不全で健常な心筋細胞が減っているにもかかわらず、心筋はそんなにBNPを産生できるのですか」とあります。これは基本、BNPを産生しているのですね。
香坂
そうですね。先ほど申し上げました通り、ANPは心筋細胞の中に顆粒として貯蔵されているので、ある程度心筋の数に比例して、増えたり減ったりしますし、心房なのでそんなにたくさん心筋がありません。ただ、BNPは心筋の心室のほうの細胞で、顆粒として貯蔵されているわけではなくて、DNAから直接読み取られて、作成される蛋白であることがわかっています。極端な話、少ししか心筋がなかったとしても、そこのDNAのtranscriptionが進めば、どんどん産生されることがわかっています。
池脇
BNPに関して最後に「BNPは心筋以外で産生されているのでしょうか」というのもあるのですが、これはどうでしょう。ほぼ心筋なのでしょうか。
香坂
ほぼ心筋ですが、実はCNPというのもありまして、CNPは骨髄とか骨とかそういったところからも出てきている。BNPは頭から脳の中にもあるということはわかっているので、少しずつほかの臓器にもあるのだろうといわれていますが、ほとんど心筋だろうというところで間違いないです。
池脇
いろいろな病態で上がったり下がったりする、それを規定しているのはたぶん、心筋でよいということですね。
香坂
すごく不思議なホルモンで、血管などにあってもおかしくないと思っていたのですが、血管は血管で別のNOやサイクリックGMPなどが制御しているので、心臓の制御はANP、BNP、natriuretic pep tide系が担っていると思います。
池脇
先ほど来、ANPは心筋細胞で顆粒として蓄えられて放出するので、上がったり下がったりする、というお話をいただきました。「心不全においてANPは低下するのですか」という質問ですが、一般的にはBNPと同じように心不全で上がると考えてよいですか。
香坂
はい、そういう挙動を示すことは知られています。私もANPを使っていた経験は研修医の時代だけで、それほどあるわけではないです。ただ、そうした時期でも非常に鋭敏に心不全の程度を表してくれたと思います。ごくまれに、例えば心房がすべて繊維化してしまっているような病態だと、もしかしたらANPが上がらないという事例もあるかもしれないし、BNPに関してもそういった例外事項がありますので、決して感度特異度100%というわけではありません。例えば極度の肥満の方では上がらない、なぜか低いままというところが心不全になっても低いままとか、そういうことは、非常に気をつけなければならないです。
池脇
心不全の診断ということに関して、ANPとBNPを比べると、圧倒的にBNPのほうがエビデンスがあるとのことですが、ANPに関しては外因性の遺伝子組み換えのANP(注射用カルペリチド)が心不全で汎用されているとのことで、そういう意味では治療の面でANPの貢献はすごいですよね。
香坂
そうですね。ANPに関しては、日本が中心に臨床試験を組んできました。その中で周術期に使うと成績がいい、腎臓の保護効果がある、急性心不全に対しても小規模から中規模の試験で非常に症状を改善するなど、目覚ましい効果がみられたことから使われていました。しかし、やはり実はアメリカのほうでBNPがcontroversialな内容に終わったのです。BNPは当初ANPと同じく短期的にすごくいい薬なのではないかと言われていたのですが、その後、すべての臨床研究を合わせてメタ解析を行うと30日予後がいま一つはっきりしない。そしてついに、NIH(アメリカ国立衛生研究所)という厚生労働省みたいなところが賛同して、6,000~7,000人ぐらいの大規模な検査を行ったところ、ニュートラルな結果が出たことから、治療としてのBNPは海外では若干下火になりました。BNPは、普通の利尿薬で効果がない時や、普通の利尿薬で何かもの足りない時、second aryという位置づけで今使われていると思います。日本はどちらかというと注射用カルペリチドに対する病態生理学的な扱いが洗練されている印象が現場であるのか、アメリカよりはけっこう使われている印象ですね。
池脇
どうもありがとうございました。