ドクターサロン

 槙田 ターナー症候群とクラインフェルター症候群についてうかがいます。 まず、ターナー症候群とはあまり聞き慣れない病気ですが、どういう病気なのでしょうか。
 長谷川 ターナー症候群について簡単に説明するのは若干難しいかもしれません。染色体という言葉は医療に関係する方は皆さんご存じだと思いますが、染色体は大多数の男性、女性ともに1つの細胞当たり46個、46本の染色体を持っています。46本のうち44本が数字のついた染色体で、2本がXまたはY。大多数の女性は46本でXが2本、大多数の男性は46本でXが1本とYが1本ということになります。
 ターナー症候群は女性の方ですが、染色体の本数が45本でX染色体が1本少ないとご理解いただくとよいと思います。もちろん例外はありますが、例外については今日は省略いたします。
 槙田 実際どのくらいの頻度でターナー症候群の方がいらっしゃるのでしょうか。
 長谷川 過去に特にヨーロッパで生まれた赤ちゃんの染色体を全員調べるという今となっては倫理的にできないスタディがありました。それによると生まれてきた女の子のうち、約2,000人に1人ぐらいいることがわかっています。
 槙田 約2,000人に1人という頻度なのですが、2,000回の受精で1回ぐらいX染色体が落ちることが起きるのでしょうか。
 長谷川 それは非常に大事なご質問です。実はターナー症候群は、流産した胎児の染色体を調べるという過去の研究から、受精した時点でターナー症候群だった、45Xだったという赤ちゃんのうち90~99%は流産していて、生まれてくるターナー症候群の赤ちゃんは、ターナー症候群の全体の中では1%だといわれています。妊娠した時点でのターナー症候群として数えると、2,000人に1人よりもはるかに多い方がターナー症候群ということになります。
 槙田 99%が流産というと、単純に計算すると、20回の妊娠に1人とすると、本当に奇跡的な出生だと考えてよいでしょうか。
 長谷川 先生がおっしゃるとおりで、ターナー症候群は受精した時点ではむしろコモンディジーズと言ってもいいぐらいですが、その中から生まれてくる方は1%なので、生まれてきたターナー症候群の赤ちゃんは非常に生命力にあふれた、まさに生まれるべくして生まれてきた、そういう女の子だと言ってもよいと思います。
 槙田 一方で男性ではクラインフェルター症候群という病気がありますが、これはどういった疾患でしょうか。
 長谷川 クラインフェルター症候群は男性で染色体の数は47本で、X染色体が2本、Y染色体が1本の計47本、これがクラインフェルター症候群の男性ということになります。
 槙田 クラインフェルター症候群の患者さんというのはどのくらいの頻度でいらっしゃるのでしょうか。
 長谷川 クラインフェルター症候群も先ほどのような過去のスタディから、生まれてきた男の子のおよそ660人に1人と推測されています。
 槙田 ものすごい頻度ですね。
 長谷川 おそらくフロントラインで医療に携わっている医師の感覚から言うと、660人の男性に接するという医療関係者はものすごくたくさんいらっしゃると思うのですが、その中にクラインフェルター症候群の方がいるという認識はあまりないのではないかと推測しています。実際にクラインフェルター症候群の方は非常に元気で、生活の質も非常に高く、医療機関にすら行っていないという方が多いといわれています。ヨーロッパのデータですが、成人で病院に行っている方を中心として有病率を計算すると約2,500人に1人という数字があるので、実際には全クラインフェルター症候群のうち診断されて病院に通っている方はおよそ1/4ぐらいという計算になると思います。
 槙田 日常臨床ではターナー症候群やクラインフェルター症候群はどのような症状なり所見で疑ったらいいのでしょうか。
 長谷川 まずターナー症候群の臨床的な最大の特徴は99%以上が小児期に低身長を呈するということです。したがって、現在は小児期の低身長から疑われ診断されることが圧倒的に多いです。一部のターナー症候群の方は生まれてきたときに身体診察をすると、翼状頸といって首の周りがだぶついていたり、手背や足背がむくんでいたりします。手背や足背の浮腫等の特徴的な臨床所見から診断に至ることもあります。
 槙田 私は小児を診ていないというのもありますが、私の経験ですと、原発性無月経の女性で身長が少し低めかなということから診断することもあります。でも現在はほとんど小児期で診断されるのですね。
 長谷川 はい。ただ、槙田先生がおっしゃるとおりで、小児期に仮に低身長で受診されていない場合には、その次の診断の契機の2番目に多いのは思春期以降の無月経になると思います。
 槙田 一方、クラインフェルター症候群はどうでしょうか。
 長谷川 先ほどの繰り返しになりますが、多くのクラインフェルター症候群の方は生活の質が決して侵されていないので、病院にすら行っていない。逆に言いますと、病院に行ってクラインフェルター症候群と診断されるきっかけのほとんどは、いわゆる男性不妊で、病院で調べてみたら無精子症だった。それがきっかけになる方が圧倒的に多いと思われます。
 槙田 そういった所見で疑って、最終的な確定診断というのは通常どのようにするのでしょうか。
 長谷川 ターナー症候群とクラインフェルター症候群、両方とも同じで、臨床的に疑った場合には採血して染色体検査、G-Bandingという方法で検査センターに血液を提出すれば、2~3週間で確定診断ができます。
 槙田 実際そのような診断がついたとしても奇跡的な出生と考えたらいいのかもしれませんが、ターナー症候群の女の子やクラインフェルター症候群の男の子に対してどのような治療、サポートができるのでしょうか。
 長谷川 それは最も大事な点だと思います。ターナー症候群についてはいろいろな治療がかなり確立してきていると思っています。大きく分けると3つ、ターナー症候群の治療でぜひ理解いただきたいと思っています。
 1つ目は小児期の低身長に対する治療です。ターナー症候群の低身長に対しては保険診療で成長ホルモン治療を使うことができ、すでに有効性、安全性もエビデンスレベルの高いデータがあります。無治療のターナー症候群の日本人の平均の大人の身長はおよそ141㎝ですが、現在は成長ホルモンによって148㎝ぐらいになるといわれています。ただ、これは現在すでに大人になっている方は148㎝ということです。成長ホルモンをターナー症候群の方に使うときには治療開始時期が早ければ早いほど治療効果が大きいことがわかっています。現在、ターナー症候群の診断がどんどん早くなっていますので、早くに診断されて、早くに治療が導入されれば、最終的にはもっと成人期の身長を高くできると考えています。何年かたつと148㎝という数字は変わってくるかと思っています。
 ターナー症候群の2つ目の治療は思春期の治療です。ターナー症候群の2つ目の特徴は原発性性腺機能低下症、もう少し平たく言うと、卵巣で女性ホルモンを作る力および排卵する力が弱いということになります。したがって、思春期にいわゆる二次性徴が発現しない、もしくは発現しても不十分です。大規模な全国的な研究によると、ターナー症候群で自然に初潮が来る方はだいたい20%です。しかし、初潮が来た方もほぼ例外なく極めて早い時期に、下手をすると10歳代に閉経します。したがって、思春期から成人期のHRT(Hor mone replacement therapy)は必須です。
 3つ目の治療は、成人期になられたターナー症候群の方は、ターナー症候群でない女性に比べて様々な合併症の頻度が高いということが知られていますので、その早期発見と治療です。内分泌学的な合併症で大事なのは甲状腺機能低下症と糖尿病の2つです。もちろん、それ以外にも高血圧、肥満、あるいは後天性の大動脈拡張、骨粗鬆症、その他もろもろの合併症が多いことがわかっていますので、定期的な経過観察をして、なるべく早くに見つけて早くに治療する。この3つが大事な治療だと思っています。
 槙田 一方でクラインフェルター症候群の患者さんは、先生がさっきおっしゃったように、あまり患者さんとしては自覚がない、病院にもいらっしゃらないということでしたが、不妊症についてはどのような治療があるのでしょうか。
 長谷川 クラインフェルター症候群の無精子症に関しては、現在、治療することが可能になってきました。私が医師になった頃の教科書にはクラインフェルター症候群は絶対不妊であると書かれていましたが、現在は治療によってクラインフェルター症候群のうち少なくとも50%ぐらいの方は精子を取ることはできることがわかっています。
 実際の方法はmicro-TESE、microdissection、testicular sperm extraction、顕微鏡を使って精巣内から直接精子を取ってくるという手術です。クラインフェルター症候群の無精子症の方は射精した精液の中には精子は全くありません。しかし、およそ50%の方は精巣の中の細精管と呼ばれる管の中には精子がいます。したがって、細精管を直視下で顕微鏡で見て、管の中から精子を採取するという手術です。理論上は1匹でも精子が取れれば、その後、顕微授精によってパートナーの妊娠・出産が可能になりますので、現在はクラインフェルター症候群の方で挙児を希望される方にはmicro-TESEという方法で精子を採取することが行われています。
 槙田 こういった患者さんは小児のときから診断されて、生涯フォローする必要がある疾患だと改めて感じました。ありがとうございました。