ドクターサロン

 池脇 質問自体は非常にフォーカスを絞ったものですが、2020年の小児の咳嗽診療ガイドラインの策定に関わった吉原先生には、今回は小児の咳嗽の一般的なことも含めて話をしていただきたいと思います。いわゆる咳嗽というと、急性、遷延、慢性などといいますが、この定義はどうなっているのでしょうか。
 吉原 まず急性咳嗽は、3週間以内の咳のことをいいます。遷延性咳嗽が3~8週まで、8週を超えて咳が長引く場合を慢性咳嗽と定義しています。
 池脇 少なくとも慢性に関しては成人の定義と同じですね。
 吉原 はい。成人の咳嗽・喀痰の診療ガイドラインと一致させました。
 池脇 小児科の呼吸器系の訴えとして、咳は特に多い訴えだと思いますがどうでしょうか。
 吉原 一般診療では呼吸器感染症が原因となる急性咳嗽が8~9割だと思います。急性鼻咽頭炎、普通感冒、気管支炎、肺炎などが多いです。年齢によって、乳児では急性細気管支炎、幼児期になるとクループ、学童になるとマイコプラズマ肺炎が急性咳嗽として増加してきます。
 池脇 小児といっても、乳幼児、学童で原因になる疾患が違うのですね。
 吉原 はい。年齢により気道感染を起こす原因の頻度に差異があります。
 池脇 今回の質問は急性というよりもむしろ慢性ですが、遷延性、慢性もやはり年齢によって原因は違ってくるのでしょうか。
 吉原 新生児期では気道の先天奇形や、哺乳時と関連する胃食道逆流症および鼻咽頭逆流症、あるいは低出生体重児に合併する生後1カ月まで酸素の必要な呼吸障害である慢性肺疾患なども原因になります。幼児期になると気管支喘息や副鼻腔炎、慢性鼻・副鼻腔炎、後鼻漏症候群、アレルギー性鼻炎などが咳嗽の原因になります。学童ですと、心因性咳嗽が増えてきます。また、長引く咳嗽の原因は、感染症によるものが減ってきます。
 池脇 そのあたり、たしか成人もそうですよね。長引けば長引くほど感染症以外の原因があるのは、小さな子どもさんでも同じだということですね。
 吉原 はい、そう思います。
 池脇 大人ではあまりないようなもの、例えばピーナツの誤嚥による咳嗽や、どのくらいの頻度かわかりませんが、保護者の喫煙による受動喫煙、そういったものも鑑別のときにチェックされるのでしょうか。
 吉原 そうです。ピーナツの場合には急性の咳嗽の場合もありますし、問診で異物が疑われないと、肺炎の治療終了後に退院します。その後、2週間以内に同部位の肺炎を繰り返し再入院になることもあり、2回目の入院時に、再度しっかり問診を取り直しますと、実は祖母がピーナツをあげていたことが判明することがあります。このように、早期に気道異物の診断がつけられない場合は、急性咳嗽のみならず、咳が持続して慢性咳嗽となることもあります。また、受動喫煙は気道炎症の増強や気道過敏性の亢進を認め、特に喘息の発症や急性増悪に関与します。
 池脇 小児科医には多分常識なのでしょうが、何でも口にする小さい子たちはそうかもしれませんね。
 吉原 ご指摘のとおりです。近年、小児呼吸器学会からの一般市民への啓発を目的として、2歳以下の乳幼児にピーナツの摂取をさせないようにと、商品の袋に注意書きが記載されるようになりました。
 池脇 ピーナツ関係の会社は困るかもしれませんが、子どものことを考えると大事ですね。
 吉原 そう思います。
 池脇 今回は乳幼児についての質問で、小児の中でも比較的幼い、乳幼児で長引く咳嗽はどのようにして対処されているのでしょうか。
 吉原 乳幼児は採血と胸部画像以外、検査ができません。学童にならないと呼吸機能検査や呼気一酸化窒素(FeNO)は検査できないので、手がかりとなる所見が非常に重要になります。例をあげると、鼻すすり、鼻づまり、くしゃみのアレルギーの3症状がそろっているような場合にはアレルギー性鼻炎を疑います。反復性の呼気性喘鳴、アトピー素因、呼吸困難などがあれば喘息を疑います。先ほどもありましたが、呼吸器感染後に継続した咳が出現する場合は、感染後咳嗽を疑います。それ以外でも、膿性鼻汁や後鼻漏があると鼻・副鼻腔炎を疑います。そういった手がかりとなる所見を参考に診断できる特異的咳嗽であれば治療薬の選択が可能です。ただ長引く咳で、そういった手がかりとなるような所見もないような場合には診断的治療をせざるをえません。例えば、ヒスタミンH1受容体拮抗薬を使用して効果があれば、アレルギー性鼻炎ではないかとか、抗菌薬で効果があれば感染が原因である咳嗽であるとか、ロイコトリエン受容体拮抗薬の効果があれば喘息であるとか、しっかりと診断と治療をすることが重要です。また、暫定診断がつかない場合にはフォローアップをして、診断の再考をしていきます。咳がひどいために複数の薬を併用したくなるのですが、できるだけ疾患を一つに絞って治療することが原則です。また、咳の改善にはVASスコアを用いて、客観的に評価をすることも大切です。
 池脇 吉原先生が診断的治療とおっしゃっていたので、私もガイドラインを見ましたら、いろいろなフローチャートで、あるところからは診断的治療になっていました。それだけ、診断をきちんと行ってからある特定のものを治療するのはなかなか難しいのですね。
 吉原 そう思います。特に乳幼児は検査が採血や胸部単純X線画像のように限られてしまいます。詳細な問診をしても、手がかりとなる所見を見つけることができず、診断が困難な場合も少なくありません。
 池脇 今の先生のご説明を聞いてちょっと思ったのは、特異的な咳嗽と非特異的な咳嗽があって、特異的なものの場合には少し診断のほうに近づける。そこに例えば、成人なら湿性咳嗽か乾性咳嗽か、質問にある、1日のどのタイミングで咳が多いのかなど、こういうものは情報として重要なのでしょうか。
 吉原 ご指摘の点はたいへん重要と思います。湿性咳嗽は肺炎などを疑いますし、乾性咳嗽では喘息を疑います。さらに夜中から朝方にかけての咳嗽だと喘息やその急性増悪を疑います。また、突然でる咳だとピーナツなどの気道異物を考えます。咳嗽の日内変動は非常に重要な診断の手がかりになります。学童期・思春期になりますが、睡眠中に消失する奇異な咳は、容易に心因性咳嗽と診断できます。
 池脇 「どうですか」と聞いて、答えてくれないぐらい幼い子どもさんの場合はなかなか難しいと思いますが、先生方が治療するときに気をつけていること、あるいはピットフォールは何かあるのでしょうか。
 吉原 先ほども話題に出ましたが、ピーナツの気道異物の場合は問診によりピーナツを摂取している状況を聞き出せれば、診断に結び付き適切な治療ができるわけです。誤診しないためにも1回目の問診で着実にしっかりとピーナツを摂取していた事実を上手に聞き出すことが大切です。これにより、ピットフォールに陥らないと考えます。
 それ以外にも、喘息と診断して治療していた乳児がいました。1歳未満でも気道の吸引痰検査から、好酸球性炎症があり喘息の診断で間違いないのですが、咳の改善が乏しいため、胃食道逆流症の検査をしたところ、それを合併していた症例がありました。喘息より胃食道逆流症が疑われる年齢ですが、2つの疾患が合併していることも常に念頭に置いて鑑別診断をすることも重要です。
 以前に、小児科・内科医と耳鼻咽喉科医に咳と喘鳴がなかなか改善しないのは喘息なのか、鼻・副鼻腔炎なのかのアンケート調査を実施したことがあります。小児科・内科は喘息という診断をつける医師が多く、一方、耳鼻咽喉科は鼻・副鼻腔炎と診断する医師が多く回答されていました。すなわち、喘息と鼻・副鼻腔炎の鑑別が難しいことを物語っております。ピットフォールに陥らないために他科との診療連携も重要と考えます。
 池脇 最後に、ロイコトリエン受容体拮抗薬のモンテルカストが慢性の咳嗽に効果があるのでしょうかという質問ですが、どうでしょうか。
 吉原 これは小児の咳嗽診療ガイドライン2020にも、小児の長引く咳嗽にロイコトリエン受容体拮抗薬を推奨するかというクリニカルクエスチョンに対する回答があります。今回の質問はアトピー素因を有するお子さんで喘息の急性増悪ではないけれども夜間や朝方の慢性の咳があるということですので、おそらく喘息の軽微な症状と考えられます。
 そのため、モンテルカストが有効だと思います。もし使用しない場合には、ウイルス感染や受動喫煙などの誘発因子により、喘息の急性増悪、発作が出現する可能性があると考えます。ただし、単なるウイルス感染による感冒・上気道炎の咳をモンテルカストで治療している場合が少なからずありますので、オーバートリートメントにならないように注意が必要です。
 池脇 やはりアトピーあるいはアレルギーを背景にした咳にはこういったロイコトリエン受容体拮抗薬は一応効果があるという理解でいいですね。
 吉原 はい、そう思います。追加ですが、小児RSウイルス呼吸器感染症診療ガイドライン2021の中のクリニカルクエスチョンにRSウイルス感染後の反復性喘鳴にロイコトリエン受容体拮抗薬は有効かという項目があります。回答ですが、ロイコトリエン受容体拮抗薬の定期内服は反復性喘鳴の頻度を減らす可能性があり、RSウイルス感染後の治療として提案されるとあります。先ほどのアトピー素因と喘息の関連ばかりではなく、RSウイルス気道感染の細気管支炎により気道上皮傷害が起きた場合、2型自然リンパ球(ILC2)を介する2型炎症が惹起される非IgE依存性の気管支喘息にもロイコトリエン受容体拮抗薬は効果的です。
 池脇 そのあたりの効果があるという文献に関しては以下、参照いただければと思います。どうもありがとうございました。

参考文献
1)吉原重美ほか(監修):小児の咳嗽診療ガイドライン2020、日本小児呼吸器学会作成、診断と治療社、東京、2020。
2)吉原重美ほか(監修):小児RSウイルス呼吸器感染症診療ガイドライン2021、日本小児呼吸器学会/日本新生児成育学会作成、協和企画、東京、2021。
3)吉原重美(編集):小児気管支喘息診療マニュアル、中外医学社、東京、2022。