ドクターサロン

 池田 ハチ毒によるアナフィラキシーについての質問です。まずはアナフィラキシーを起こすハチには特定の種類があるのでしょうか。おそらく季節、場所、職業等でだいぶ規定されると思うのですが、いかがでしょうか。
 平田 日本で我々の命を脅かすハチというのは、スズメバチとアシナガバチとミツバチの3種類が存在します。スズメバチとアシナガバチは職業に関連することが多く、特に林野事業、電気工事業や建設業といった職種の方に多く認められます。季節として、ハチの繁殖期にあたる夏から秋に刺されることが多いです。一方、ミツバチでは養蜂家やイチゴ農家に多く見られます。イチゴの受粉にミツバチを使うので、ハウス内で刺されることが多いです。イチゴ農家では栽培またはイチゴの収穫時期の冬から春にかけて多く見られます。
 池田 アナフィラキシーショックは必ず起こるわけではないですが、どのくらいの割合で、それから刺されて何分ぐらいで起こるものなのでしょうか。
 平田 ミツバチに1回刺されるとだいたい17%の人が感作され、2回目で31%になるという報告があります。また、感作された人が次に刺された場合に、20%弱の確率で全身症状が出るといわれます。特に刺されてから1、2年以内に再び刺されると危険性が高く、さらに一度全身症状が出た人が次に刺されると、40~70%の確率で再度全身症状が出現することが報告されています。
 池田 アナフィラキシーだと15分くらいのうちに発症すると思うのですが、アドレナリンを打つタイミングはIgEが陽性の人、あるいはそういったエピソードがある方は迷わず打つということなのでしょうか。
 平田 そうですね。ハチに刺されてからアナフィラキシーが起こるまでの時間というのは、早い人は5分くらいで、ほとんどの人が30分以内に全身症状が出現します。このため、とにかく刺されて何らかの全身症状、手が震えたり、冷や汗が出たり、ちょっとおかしいなと自分で思ったらすぐに打つべきだと考えています。
 池田 でも、一人で作業していると、気づいたときにはもう遅いということもありますよね。そういう意味では、例えば林業や養蜂業は複数の方で作業するということになるのでしょうか。
 平田 できれば周りに誰かがいる状況で一緒に仕事をされるほうがいいと思います。一人で刺されてそのまま意識がなくなってしまうと、命に関わることもありますから、必ずほかの人と一緒に作業場に行かれるのがよいかと思います。
 池田 やはり気になるところは、IgEが本当に陽性かどうかですが、初回で刺された方がIgEを調べるタイミングというのは、いつ頃でしょうか。
 平田 1回目に刺されたら、感作されているかどうか確認するために特異的IgE抗体を測定するのがよいと考えます。だいたい刺されてから1カ月くらい後に測定することをおすすめします。ハチに刺されてから特異的IgE抗体が産生、検出されるまでにおよそ数週間かかるからです。
 池田 先ほどのお話で1回刺されると17%、2回目で31%ということですので、1回刺されて大丈夫だったからといって2回目刺されたときも検査しないのは、やはりよくないことなのですね。
 平田 そうですね。全身症状が出たことのある人は、単純にアドレナリン自己注射薬を携帯する必要があると思います。しかし、1回目に刺された人が自分は感作されているか、いないか、わからない状態で次に刺された場合に、もし感作されていれば、全身症状が出る可能性があるので、むしろハチに刺されて全身症状が出ない人に対しては、特異的IgE抗体を測定して、感作の有無を確認したほうがいいと思います。
 池田 検査をして、特異的IgE抗体が上がっていないことを確認している場合、次に刺されてもアナフィラキシーは起こらないと説明してよいのでしょうか。
 平田 特異的IgE抗体は刺された直後はハチ毒とその特異的IgE抗体が抗原抗体反応を起こしてしまって、一過性に抗体が消失して採血しても抗体が検出されないことがあります。また、特異的IgE抗体陽性者がアナフィラキシーショックを起こしてから5~10年経つと、抗体価も徐々に減少して、場合によっては、検出感度以下になってしまうこともあるので、問診が非常に重要であると考えます。
 池田 林業、養蜂業の方は、定期的にIgE抗体を調べる必要があるのでしょうか。
 平田 特に刺される危険性の高い人は定期的に特異的IgE抗体を測定されたほうがいいと思います。例えば、健康診断で採血するときにIgE抗体も測定することが、個人的にはいいかと思っています。
 池田 では定期的に年1回くらいはやっておいたほうがいいだろうという感じですね。アドレナリン自己注射薬を持っている場合は1度刺された人が2度目に刺されたときに使用するかどうかはIgEの検査によって、その使用の可否を決めるということでよいでしょうか。
 平田 はい。もしIgE抗体が陽性で、例えば職業に関連してハチに刺されるような環境で作業する人は、アドレナリン自己注射薬を持参し、ハチに刺されたときに何らかの症状が出たらすぐ打つ対応を指導することが重要であると考えます。
 池田 アナフィラキシーが出ていないのにアドレナリン自己注射薬を打って大丈夫なのでしょうか。
 平田 アナフィラキシーが出現した場合、急激に意識がなくなることがあるので、とにかく早く打つことが重要です。アドレナリン自己注射薬による重篤な副作用の報告はないため、アナフィラキシーの症状が見られたらただちにアドレナリン自己注射薬を使う必要があります。
 池田 アドレナリン自己注射薬は医師の処方がいりますが、アドレナリン自己注射薬の有効期限はどのくらいなのでしょうか。
 平田 およそ1年くらいだと思います。
 池田 では、1年ごとに新しく処方してもらうというパターンを繰り返せばいいのですね。
 平田 そうですね。もし使用したらすぐに病院で再処方してもらうべきでしょうし、使用しなくても1年くらいで使用期限が切れてしまうので、事前に予約していただけたら、すぐに処方できると思います。
 池田 刺されたけど、幸いアナフィラキシーショックを起こさなかった場合は、局所の処置を行うということですが、どのような処置をすればよいでしょうか。
 平田 全身症状が出なくても、刺されれば当然局所の腫れや疼痛などが数日残ってしまうと思います。局所症状を少し軽減する意味ではステロイドの外用薬などを使用することもいいかと思います。
 池田 一般の皮膚炎の治療になるのですね。
 平田 そうですね。
 池田 職業も絡むので感作された方はやはり心配だと思います。その場合、いわゆる脱感作療法などはあるのでしょうか。
 平田 残念ながら脱感作、いわゆるアレルゲン免疫療法は日本ではまだ保険適用となっていないために、一般の医療機関では受けることができません。
 池田 自費ではできるのでしょうか。
 平田 私の所属していた施設では自費で、以前行っていました。抗原の入手経路として、主にアメリカやヨーロッパからハチ毒抽出エキスを輸入して治療を行っていました。その抗原の輸入先の一つであるヨーロッパのハチ毒エキスの販売が中止になってしまったため、現在アメリカの会社で賄うこととなりました。このため、世界各国がアメリカからの輸入に集中し、日本では現在輸入することができなくなっています。
 池田 残念ですね。以前やられていたアレルゲン免疫療法というのは、どういったスケジュールでやられていたのでしょうか。
 平田 我々は1980年代後半からハチ毒抽出エキスを用いたアレルゲン免疫療法を行ってきました。いわゆる急速アレルゲン免疫療法という方法で、通常10日前後の入院のうえ、行いました。皮内テストの閾値を基に極めて低濃度に希釈したエキスを用いてアレルゲン免疫療法を開発し、最終的には維持量であるハチ2匹分の毒を注射し、10日前後で退院となります。維持量に到達した後はだいたい4~6週間くらいの間隔で、外来でその維持量を継続的に注射していきます。
 池田 10日間の入院で、入院してすぐに薄いものを打って、だんだん毎日濃度を上げながら打っていくということですね。
 平田 そうですね。1日4回くらい皮下注射していき、最終的にはハチ毒2匹分の量を注射して退院するというようなスケジュールです。
 池田 すごいですね。1日4回くらいを毎日ですか。途中で反応がすごく出てきて、中止になるという場合もあるのでしょうか。
 平田 もちろん、アナフィラキシーが出現する方もいらっしゃいます。スズメバチとアシナガバチ毒に関しては、数%程度の副反応が出現しますが、ミツバチ毒では2、3割程度見られます。幸いショックまでいった方はいませんが、全身に蕁麻疹が出現した方がいらっしゃいました。このような方にはハチ毒エキスを1/10に減量して、抗ヒスタミン薬を1時間くらい前に内服していただき、最終的には維持量に到達できました。
 池田 維持量に到達すると、検査でハチに対するIgE抗体は消失するのでしょうか。
 平田 むしろ、免疫療法のブースター効果で、施行後数カ月間は特異的IgE抗体値は増加します。
 池田 なるほど。抗体価は高くなるけれども、ハチ毒2匹分を打っても、免疫寛容が起こるという考えでしょうか。
 平田 そうですね。免疫療法の機序というのは、はっきりわかっていません。アナフィラキシーの原因は特異的IgE抗体の存在が重要ですが、免疫療法によりハチ毒特異的IgG4抗体の増加が確認されています。IgEに対する遮断抗体として考えられており、奏効機序に関与している可能性が考えられています。
 池田 ありがとうございました。