ドクターサロン

 池田 この収録は2022年12月27日に行っています。COVID-19感染後の後遺症、いわゆるLong COVIDのお話ですね。最近オミクロン株に変わったとか、あるいはワクチン5回目が終わったとか、再感染、あるいは再々感染の方がけっこういたり、2020年ぐらいとは、COVID-19の様相がだいぶ変わっていますが、その中でLong COVIDは何か変化があるのでしょうか。
 森岡 新型コロナウイルス感染症の急性期の病像は、だいぶ変わってきましたが、Long COVIDに関しても、その頻度や症状の種類が変化してきたように思います。具体的にはデルタ株までと比べて、オミクロン株では少し頻度が減るようで、欧米の研究では半分程度まで減るといわれています。症状の種類に関しても、味覚、嗅覚障害等が少ないということがわかってきています。ただ感染した患者さんの数が非常に多いですから、社会的な問題になることは間違いないと思います。
 池田 どのような症状を呈する方が多いでしょうか。
 森岡 倦怠感や息切れ、咳嗽、脱毛は、相変わらず第5波でデルタ株までと同じように報告されています。一番多い症状が倦怠感で最近の大きなstudyでは58%と、6割程度の方に認められています。
 池田 やはり女性が多いのでしょうか。
 森岡 そのあたりもデータがだいぶ出てきていまして、男性よりも女性の方がLong COVIDが多いことがわかってきました。
 池田 もう3年ぐらいコロナ禍が続いていますが、Long COVIDがどうして生じるのかはわかっているのでしょうか。
 森岡 原因や病態に関してはまだ明確になっていません。米国では何千億、ヨーロッパに関しても何百億というお金がLong COVIDの臨床研究費に充てられていますが、いまだにその原因、病態がわからず、そのために創薬もできていない。世界からの焦りというものを日々感じているところです。
 池田 倦怠感などの症状は、多角的に定量的な評価をすることは難しいですよね。その辺が臨床研究や疫学研究の限界になっているのでしょうか。
 森岡 おっしゃるとおりだと思います。主観的な症状でその方に症状が本当にあるのか、どうしても周りから見てわからないですよね。周囲の認知が進まず気持ちの問題じゃないかと言われてしまうのも、そういうところにあると思います。臨床研究が進まないのも、やはり症状の定量化ができないところから来ている部分も大きいように思います。現在はそこをなんとか定量化する手段・手法として、症状によってこのスケールを使いましょうという世界標準的なものが決まった段階で、2022年10月にLancet誌に載りました。
 池田 現時点では世界中でその評価尺度を使って、まずは定量化していこうということなのでしょうか。
 森岡 そうですね。例えば倦怠感であれば、ファティーグスケーリングスコア(FSS)を使いましょう、というリストができたところです。
 池田 Long COVIDの患者さんにも、それを診療されている医師にもいいことですね。
 森岡 そうですね。少し時間はかかるかもしれませんが、患者さんの症状が良くなったか悪くなったかの変化をみていく意味でも、臨床現場においても使える評価項目だと思いました。
 池田 患者さんもそのスケールを使って、自分がこういう状態にあるという確認ができるのですね。
 森岡 おっしゃるとおりです。
 池田 ご本人もそうですが、その周りの方々も含めそういうことが世界的に認知されて、我々も気をつけないといけないという、社会的な見方の変化にもつながる可能性がありますね。
 森岡 おっしゃるとおりだと思います。あとは血液のマーカーなど客観的なマーカーとの相関に関して臨床研究が進んでいるところだと思います。
 池田 そういった定量的なスコアリングと血液等の数字となって表れるものの整合性といいますか、相関を見ていくのですね。
 森岡 そうですね。
 池田 そういったものが出来上がると、例えばこの症状にはこういう検査値が伴っていて、ある薬を投与して検査値の変化と症状の変化が一致するかどうかとか、そういうことですね。
 森岡 はい。
 池田 これから、それぞれの症状に対して有効になるような薬が出てくる可能性がありますね。
 森岡 そうですね。そこは期待を持ちたいと思います。
 池田 その前に今苦しんでいる患者さんの治療ですが、質問にありますようにそういった症状に対して役に立つ薬はありますか。
 森岡 今は現場の医師が手探りで診療にあたっているところだと思います。具体的には厚生労働省から出た手引きを用いて診療にあたることが多いと思いますが、この症状に対してはこの薬を使うといいなどということは記載されていませんので、まだ手探りといったところです。漢方はその病態のメカニズムや、原因がわからなくても、その症状に対してアプローチしますので、比較的用いられている薬だと思いますが、エビデンスはなかなか出てきていないのが現実です。唯一、数カ月前にRCTで有効性が認められたのが、Hyperbaric therapy(高圧酸素療法)をすると神経認知症状が良くなるというものですが、これは専門機関でしかできない治療法ですから、一般的には難しいかと思います。あと明るいニュースとしましては、ニルマトレルビル/リトナビルですね。これを急性期に使用することで、後遺症を予防できるのではないかという論文が今、ピアレビューに回っているところで、世界的にかなり注目されています。ニルマトレルビル/リトナビルを使うと、後々後遺症が出にくくなるのではないかという結論が出ていますから、それが本当であれば明るいニュースではないかと個人的には思っています。
 池田 ニルマトレルビル/リトナビルは、高齢者あるいは基礎疾患を持っている方に投与されているということですが、もしそれが証明されれば若い方、特に若い女性に投与してLong COVIDになるのを防ぐ、そういうイメージでしょうか。
 森岡 そうですね。その観察研究で本当に良い結果が出たのであれば、先生がおっしゃるように、次は後遺症の予防に使用目的が移っていく可能性があると思います。
 池田 再感染、再々感染の人たちのLong COVIDというのは、どうなのでしょうか。
 森岡 すでに免疫がついていますから、そんなに後遺症も出ないのではないかという話も耳にします。ただ、最近出た大きな観察研究の結果ですとCOVID-19に罹患していない人と比較をすると、1回罹患した人よりも2回罹患した人、2回よりも3回以上罹患した人のほうが、コロナ後遺症のリスクが高まるということがわかってきました。ですので、やはり感染しないに越したことはないのはLong COVIDの観点から見てもいえそうです。
 池田 その観点から見ますと1回感染した人でも、やはりワクチンを打ったほうがいいという考えですね。
 森岡 おっしゃるとおりだと思います。やはり変異株の問題もあるでしょうし、Long COVIDという観点からしても、ワクチンは有効であることがある程度わかっていますから、ワクチンを打って備えたほうがいいように思います。
 池田 先ほどのお話でニルマトレルビル/リトナビルがLong COVIDの予防につながるということになれば、1回もかかっていない人が感染したときに使うのは難しいと思いますが、1回感染して、Long COVIDになって、その人が再感染したときは、ニルマトレルビル/リトナビルを使うほうがLong COVIDの症状や期間を減らせる可能性はあるのでしょうか。
 森岡 その可能性はあるのではないかと思います。ただ、今後の検証は必要になってくると思います。
 池田 今のニルマトレルビル/リトナビルの使い方はすごく制限されているので、若い方に1回目の感染でニルマトレルビル/リトナビルを使うのは難しくても2回目だったらいいかという考え方もありますが、いかがでしょうか。そして、Long COVIDになった場合、どのくらい経てば元どおりになるとか、そういうデータは出ているのでしょうか。
 森岡 長期的なフォローデータは、まだしっかり出ていないところだと思います。ただ、徐々に明らかになってきていると思いますから、そのような知見を今後、集積していくことが必要かと思っています。あと、もうすぐ、我々の研究で、2年経ったらどうかというデータが出ます。2年ぐらい経っても約4人に1人に何らかの症状が残ってしまっているというものです。初期のダイヤモンド・プリンセス号、武漢から帰って来られた方々がどうかという、ワクチンも治療法もないときのデータなので、少し過剰評価しているところはあるかもしれませんから、データの解釈に気をつけて慎重に評価をしていただければと思います。
 池田 わかりました。 現時点での朗報としては漢方も少し効くし、倦怠感のような症状の尺度のスケールができたということ、そしてこれによって臨床研究も進んでいくのではないかという希望があるということでよいでしょうか。
 森岡 はい。
 池田 どうもありがとうございました。