ドクターサロン

 池脇 山根先生には心房細動のトピックのときにはたびたび来ていただいております。ちなみに山根先生は、2000年ぐらいにアブレーションの発祥のフランスのボルドーに留学して、向こうのアブレーションを習得されて帰国されました。まだ日本でアブレーションが普及していなかった時期から始めて、関東の主要なアブレーションの拠点の一つを東京慈恵会医科大学でお作りになりました。本来でしたらアブレーションについて教えていただきたいところなのですが、今回は抗凝固薬についてよろしくお願いします。
 山根 この質問はなかなか難しく、一言でお答えできる感じではありません。例えば、この患者さんに症状があるのかどうなのか。その後、全く心房細動を認めないとありますが、それがどのレベルの話なのか、本当に出ていないのか、出ているけれど無症状でわからないのか、そしてこの患者さんが30歳なのか80歳なのか、そういうことでも大きく話が変わってきてしまうと思います。多面的に考える必要があって難しいのですが、ポイントが3つありますので、それに沿ってお答えさせていただきたいと思います。
 まず、一般的に心房細動の初回発作を起こした方がその後、どうなっていくのかというのは、ある程度わかっています。半分ぐらいの方は、その後何度も心房細動を起こし、まさに心房細動患者さんという感じになっていく。でも、残りの半分ぐらいの方は1回だけでその後は出ないといわれています。ですから、この患者さんの場合も数年前に1回起こして、その後、出ていないとすると、もしかするとそのままもう二度と出ないのかもしれません。ただ、やはりこれは未来の話ですから、そんなことはわからないのです。でもその患者さんはもしかしたらもう二度と心房細動が出ないという可能性があることは、頭に置いておいたほうがいいですよね。必要のない抗凝固薬を一生続けるかもしれないことも、医師として考えておかないといけないわけです。難しくなってきてしまいますよね。
 池脇 今、先生が言われたのは、心房細動の初回発作があった後、何度も続く方が半分、残りの半分には出ない方もいらっしゃるということですね。私の印象ですが、心房細動というのは加齢現象で、ある時期に発作性を起こすとだんだんその頻度が高くなって、慢性の持続性の心房細動になっていく。でもこれはどちらかというと高齢者のパターンで、初回発作後は全然起こらないというのは、どちらかというと若い方のパターンなのでしょうか。
 山根 確かに先生のおっしゃるとおりです。心房細動は、一般的には加齢が原因だといわれていて、そういう方は何度も起こして、心房細動としての治療が必要になってくる方です。一方で比較的若い方には、例えばお酒をたくさん飲んだときやすごくストレスがかかったときなど、たまたま1回だけ起こったという感じの方もいるのです。ですから、心房細動の方というのは、そういういろいろな方が混ざっているのです。その中で、初回発作の後も心房細動が起こる方と、たまたま1回だけで後は起こらない方もいることは知っておいたほうがいいと思います。質問の患者さんがどちらなのかは全くわからないのですが。
 池脇 1つ目のポイントはわかりました。次は何でしょうか。
 山根 次のポイントは心房細動の症状というのは、本当に一人ひとり違うということです。激烈な症状の方から、全く何も感じない方まで、本当にいろいろです。症状の強い人だと、辛くて我慢できずに夜中に救急車で駆けつけてくるような方がいる一方で、全然症状を感じない方も中にはいらっしゃる。そういう個人差があるうえに、あるときは感じて、あるときは感じないという方もいらっしゃいます。お伝えしたいのは、症状の有無と心房細動出現の有無は必ずしも一致しないということです。この質問の中の、その後全く心房細動を認めないというのが、本当に認めない可能性もありますし、本人は二度と出ていないと言っているけれども、実はちょこちょこ出ている可能性もあるということですね。そこはよく知っておいていただいたほうがいいと思います。
 池脇 確かに先生はいろいろなタイプをご覧になっているので、心房細動が起こっていても全く症状がないという人も多く、起こっていないということを断定し、確信を持つのがなかなか難しいということですね。
 山根 難しいです。調べる手立ても難しくて、外来にいらっしゃったときの心電図や24時間の心電図検査で異常がなければ問題ないと従来はされていたかもしれません。近年は、いろいろなIT機器の進歩に伴って、自分で心電図を取れる時代になってきています。携帯型心電計といわれるもので、時計型のものや胸に当てるタイプのものなど、いろいろなもので自分で心電図が取れます。そういうものを駆使すると心房細動が出ているのか出ていないのかをかなり正確に判定できるようになってきていますので、すごく役に立つと思います。
 池脇 最後のポイントはなんでしょうか。
 山根 心房細動が出ても、脳梗塞になりやすい方となりにくい方がいらっしゃいます。これは、一般的にCHADS2スコアといわれるもので点数化されており、心機能の低下、高血圧、それから75歳以上、糖尿病、そして過去の脳卒中の既往、このような因子で加点し、スコアが2点以上の場合は脳梗塞リスクが高いので抗凝固治療が必須とされています。たとえ心房細動が次に起こったとしても、脳梗塞を生じるリスクがほとんどゼロに近い方もいらっしゃれば、次に起こしたらかなりの頻度で脳梗塞を起こしてしまう方と、両方いますので、これは一緒にはできないですよね。質問の患者さんが、例えば30歳で、高血圧や糖尿病などのリスクがない方であれば、抗凝固薬を継続しなくてもいいと思います。一方で、80歳で高血圧や糖尿病があったりすれば、それだけでもCHADS2の点数としては3点以上になってくるのです。そういう方の場合は、数年前に発作性心房細動があり、次はいつ出るかわからなくて、もしかしたら今現在もちょこちょこ出ているかもしれない、というのであれば、抗凝固薬は基本的には投与継続するというスタンスでいったほうが安全なのかもしれません。このように、一人ひとりの患者さんの状況に合わせて、新しい診断機器、携帯型心電計なども活用して患者さんの状況を把握し、抗凝固治療を行うかどうかを判断していただければいいと思います。
 池脇 確かに患者さんからまだ薬は必要なのですかと相談されると、やめられるのならやめたいという気持ちに主治医もなりますが、やはり心房細動の脳梗塞は後遺症の残るような大きなタイプが多いので、その点、やはり先生方は慎重になっているのですね。
 山根 本当にそうだと思います。心房細動が出てないからいいと思われていて、そして脳梗塞を起こして運び込まれたあとで、やはり心房細動が出ていたというようなケースは本当に少なくありませんので、リスクを考えて対処したほうがいいだろうと思います。
 池脇 最後に、私から質問ですが、私が最近診ている70代女性の患者さんで1年弱ぐらい前に脳出血を起こしたあと、心房細動があることがわかりました。その方に抗凝固薬を出すべきかどうなのか。出血を起こしたところが脳となると悩むところなのですが、どうでしょうか。
 山根 それは難しいですね。非常にまれな症例だと思いますが、まずは抗凝固薬と関係なしに何かしら脳梗塞を起こしやすい因子を持っているかどうかです。例えば、脳外科的な血管の問題や特殊なものを持っていらっしゃる可能性をまずは除外することが必要だろうと思います。ただ、その方は、今後心房細動がまた出て、そして今度は脳梗塞を起こすリスクも当然あります。今、脳梗塞のリスク、そして脳出血のリスクの両者をある程度埋めるものとして、左心耳閉鎖術という方法があります。内科的脳梗塞の要因となる左心耳に蓋をするという手技がかなり一般的になっています。この手技は、抗凝固薬が飲みにくい方、また抗凝固薬が禁忌の方、そういった方に施術することによって血栓を予防し、抗凝固薬を飲まなくても済むという手技です。さらにはどこかのタイミングで心房細動自体をカテーテルアブレーションで根治させる、そのような治療を併用して考えていくといいかと思います。でも、なかなか難しいですね。
 池脇 先生のような専門医でもやはり難しいと判断される症例だとわかりました。ありがとうございました。