池田
歯ぎしりの質問なのですが、これは病名なのでしょうか。
馬場
歯ぎしりというのは歯科領域では、保険に適用されている病名で、歯ぎしりという病名で診断名がついています。ただ、これは保険用語に近いもので、一般的に皆さん理解しやすいので使われているのだと思いますが、学術的に言いますとラテン語で噛み締めるという意味のブラキシに語源があるブラキシズムというのが正式な病名です。大きく分けますと学術的には睡眠中の歯ぎしりを睡眠時ブラキシズム、起きているときも同じようなことがあるものを覚醒時ブラキシズムと定義します。おそらく質問された方の歯ぎしりというのは、一般的に睡眠中に起こるものですので、睡眠時ブラキシズムだと推察しています。
池田
横文字になっているということは、日本語で適当な言葉がなかなか見つからないのだと思います。イメージとしては、本来の機能ではない運動をしているということでしょうか。
馬場
まさしくそのとおりで、口腔の機能といいますと会話や咀嚼などですが、咀嚼できないと動物はほぼ死んでしまいます。栄養を摂る、呼吸、嚥下といった合目的な機能運動ではないものを我々は非機能的な運動といっています。実際には、もしかしたら目的があるかもしれませんが、私たちが理解しているところですと、ぱっと見て何のためにやっているかわからない、あるいは生理的な役割を担っていないように見える非機能的な運動の一つです。
池田
この原因はわかっているのでしょうか。
馬場
一つのファクターで説明する病気であれば、非常にわかりやすいのですが、一般的には、多因性の疾患というカテゴリーに入ります。リスクファクターというか、原因因子としては、主に睡眠を妨げるようなものが挙げられます。例えばコーヒーやアルコールと嗜好品です。アルコールは入眠が早くなりますが、睡眠のクオリティが悪くなります。あと、ストレスなどが全般的に睡眠時ブラキシズム、いわゆる歯ぎしりの因子だと考えられています。
池田
遺伝的背景はわかっているのでしょうか。
馬場
後天的なものがほとんどですが、遺伝的な背景もあります。私どもの研究室で歯ぎしりに関連するSNPという1,000塩基対に1対ぐらいある、人の個性を規定するような遺伝子の変異で睡眠時ブラキシズム患者に特異な遺伝子多型というのが発見されています。そういった遺伝的なバックグラウンドがあって歯ぎしりをされる方というのは少なからずいると思います。
池田
治療となると、単純に先ほどの引き金になるような因子を除去することから行うのでしょうか。
馬場
はい。そのとおりで、まず最初に睡眠のクオリティを上げます。基本的に歯ぎしりは睡眠中の睡眠が浅くなる時に起こり、睡眠中にはマイクロアローザルやアローザル、部分的な覚醒といって、完全に起きなくても睡眠のレベルが浅くなります。そのときに交感神経系の活動が亢進されるのですが、睡眠中は副交感神経優位で心拍もゆっくりになっていますが、簡単な言い方をすると心拍が急に速くなったり、中枢神経系の活動が活発になったり、一時的にそういった睡眠が浅くなる現象が1時間に数回起こります。睡眠時ブラキシズム、歯ぎしりは、80%以上がそういったイベントの後に起こります。つまり歯ぎしりは、睡眠が浅くなる現象に伴われます。したがって、先ほど申し上げた睡眠を浅くするようなリスクファクターを取ることが、まずファーストラインです。繰り返しになりますが、多因性で一つの因子で説明できないものですから、個々の患者さんにとって何が本当のリスクファクターなのかというのは、同定することが難しい状態です。ですから、全般的に患者さんからお話を伺って、睡眠を浅くするような行為、つまり睡眠前に交感神経系を活発化させるような、例えばスマホを見るとか、先ほど申し上げた寝酒やコーヒーを飲むというようなことはやめて、できるだけ睡眠前の交感神経系の活動を活発化させないように、良い睡眠ができるような指導を行います。これらはもし有効でなくても健康のためには良いので、まずは行います。その後に、歯科的な保険収載をされている診療としてマウスピースを用いた治療を行います。私たちはスプリントやアプライアンスと言っていますが、プラスチックのマウスピースのような形のものを口に入れて寝ていただく。これを入れると90%ぐらいの方で歯ぎしりの頻度が半分以下に抑制されます。短期的には非常に睡眠時ブラキシズムの抑制効果があるし、治療器具として優れているのですが、残念ながら、継続して使用すると1カ月ぐらいでその効果が減弱してしまいます。
池田
元の回数に戻るということでしょうか。
馬場
残念ながらほぼ戻ります。マウスピースはプラスチックでできていて、歯よりも軟らかいので、長期間使用していますとマウスピースがどんどん削れてしまったり、穴が開いたり壊れたりします。ただ、それはそれでいいのです。というのは、歯ぎしりによって生じる為害作用のうちで大きなものは、歯が削れてしまうことです。エナメル質というのは、体の中の組織で一番硬いのですが、上顎の歯と下顎の歯が噛み合ってエナメル質同士でこすり合ってしまうと、どんどん減っていきます。若い方だとまだいいのですが、それが60歳、70歳になってくると、必然的に歯の長さが短くなってきてしまいます。下手すると神経まで削れてしまう人もいます。それともっと重篤なのは、歯が折れてしまうことです。歯ぎしりの力で歯が折れることはまれではないです。特に高齢の方は若い頃の歯とは違い、だんだん歯がもろくなっていきますので、歯根という歯の根っこの部分が折れると、現状では抜歯以外に治療方法がありません。要するに歯ぎしりが原因で歯を失うという可能性もあるのです。一般の方はご存じないと思いますが、歯科医師でしたらだいたいその辺の認識があると思います。そういった長期的に生じる為害作用をマウスピースを口の中に入れることによって予防できます。例えば、エナメル質同士が接触して削られている状態に対して、例えば片方の上顎に、マウスピースを入れておけば下顎の歯とマウスピースが接触するので、歯が削れないでマウスピースのほうが削れてくれるのです。先ほど言った歯がどんどん削れることはなくなりますし、マウスピースが削れても直せばいいですし、大きな力から歯を守れるので折れることも防ぐことができます。このようなことがマウスピースには期待されます。
池田
私はマウスピースを上下ともに入れるものだと思っていました。片方だけでいいのですか。
馬場
そうです。片方だけです。睡眠時無呼吸症候群のときに使うマウスピースは上下に入れますが、歯ぎしりのときには片方だけです。
池田
不快感はないのでしょうか。
馬場
これは人によりますが、特に歯ぎしりが重度な方は、少々不快感があっても、マウスピースを1回使い始めるとつけていないと歯が折れるとか、歯がどんどん減ってしまうような感覚があって、むしろ少々違和感があっても、マウスピースなしのほうが不安だという方が多いですね。
池田
患者さんはそういった自覚的なことも感じられているのですね。
馬場
そうですね。やはり重度な人は、朝起きたときに顎が疲れています。顎の筋肉も疲れているし、あるいは歯が押し付けられたような気がするとかいろいろと症状があります。
池田
高齢になってマウスピースを使い始めるよりも、やはり若い頃から使ったほうがいいということですね。
馬場
そうですが、そのへんはかなり難しくて、例えば20歳ぐらいの方がマウスピースをするというのはなかなかコンプライアンスが得られないと思います。やはり、若い方は為害作用を実感していないので、使用するのが面倒ですよね。だんだん歳を取ってきて、リタイアするぐらいの歳になってくると、顎や歯が力に対して弱くなっているので、そういった起床時の症状も強調されてくるような印象があります。
池田
ある程度、リタイアの年齢まで引きずってくるということですかね。
馬場
そうですね。実際、私も歯ぎしりをしますが、やはりマウスピースをつけ始めたのが、50歳の後半ですね。患者さんにはマウスピースするようにと言っていますが、ちょっとそろそろ歯の症状が自分にとってきついかなという実感があり、使い始めたというところです。
池田
そういう意味でも、患者さんの自覚症状を含めた同意ですね。やる気がないと、なかなかマウスピースの治療法も継続できないですね。
馬場
そうですね。なかなか難しいと思います。
池田
一度始めてしまえば、やはり歯の摩耗と歯が折れるのは防げるのでしょうか。
馬場
ゼロではないですが、もちろんそれは防げます。一番患者さんが実感されるのは、マウスピースがどんどん減っていくのを見ると、これはやってよかったなと思われることが多いみたいです。多くの場合、患者さんご自身が理解されているよりは、実際の歯ぎしりのレベルが高いことが多いです。多くの患者さんが「私は歯ぎしりなんてしていません」とおっしゃるのですが、私たちが臨床的に診断してみて、歯がものすごく変な所で削れていたり、歯が何回も折れたりする方は、だいたい歯ぎしりをしています。そういう方がマウスピースをして、それがどんどん削れていく様子を観察されると、やはり歯ぎしりをしていたんだと思われることは、非常によくあることですね。
池田
どうもありがとうございました。