ドクターサロン

 医療面接の「社会歴」Social Historyにおいて必須の質問項目である「飲酒歴」ですが、これは英語圏ではAlcohol Historyもしくは単純にAlcoholと呼ばれ、Patient Note/Case Note「カルテ」に書かれる際にはEtOHと表記されることが一般的です。
 この飲酒歴を尋ねる際にはまず“Do you drink alcohol?”と尋ねます。もし患者さんが“Yes.”と回答すれば、“What type of alcohol do you drink?”と尋ねてどんな種類のアルコールを飲んでいるのかを確認します。しかしアルコールに関する英語表現には、日本人の医療者にあまり知られていないものも数多くあるので注意が必要です。
 「アルコール」の英語表現は当然alcoholなのですが、この口語表現であるboozeは日本ではあまり知られていない印象があります。
 このalcohol/boozeですが、大きく分けると「醸造酒(発酵酒)fermented beverageと「蒸留酒distilled beverageの2種類に分けられます。
 「醸造酒fermented beverageは糖分を含む原料を「発酵fermentさせて作ります。「ブドウ」grapesを発酵させればwineが、「お米」riceを発酵させればsakeが作られます(ちなみにこのsakeは英語では「キィ」のように発音されます)。そして「麦芽」maltsを発酵させればbeerが作られます。一般に日本人がbeerと聞いて思い浮かべるのが「下面発酵」bottom fermentationによって作られるlagerなのですが、これは冷蔵技術が発達してから生まれた比較的新しいbeerです。これに対して「上面発酵」top fermentationによって作られるaleはlagerに比べて歴史が古く、その種類も実に多様です。よく英国に旅行した日本人から「英国ではぬるいビールを飲む」というような文句を耳にすることがありますが、英国の代表的な「黒ビール」stoutの代表格であるGuinnessや、アメリカ人が好んで飲むホップの効いた苦味が特徴的なIndian pale ale(IPA)などは、日本人が好んで飲むlagerとは作り方から異なり、あまり冷やさないで飲むのが本来の飲み方なのです。
 このfermented beverageをさらに「蒸留distillして作られるのが「蒸留酒distilled beverageで、fermented beverageよりも高いアルコール度数を有します。英語のdistillには「水滴を絞り出して濃縮させる」というイメージがあります(反意語のinstillには「水滴を染み込ませるように時間をかけて浸透させる」というイメージがあり、instill eye drops「目薬をさす」のように使われます)。そしてこのdistilled beverageが一般的にはliquorspiritと呼ばれ、近年のハイボールブームの影響で人気となっている「ウィスキー」もこのliquor/spiritに含まれます。
 ただこの「ウィスキー」のスペルには注意が必要です。ウィスキー発祥の地であるScotlandや日本ではwhiskyというスペルになりますが、Irelandやthe United Statesなどではwhiskeyというスペルになっています。「日本の医学英語教育の父」として知られるScotland出身の故J. P. Barron元東京医科大学教授は、「米国では禁酒法prohibition/dry laws時代にウィスキーを金庫に keyをかけて隠していたから、米国のバーボンウィスキーはBourbon whiskeyというスペルになるんだよ」と語っておられました。この真偽は不明ですがとても素敵な説明ですので、個人的にはとても腑に落ちています。
 このspiritには材料や作り方などの違いから、whisky/whiskey以外にもrum、gin、vodka、and tequilaなど実に様々な種類があります。日本語にもなっている「グロッキー」ですが、この英語はgroggyであり、英語での発音は「グギィ」のようになります。 このgrogにはrum mixed with waterという意味があり、その形容詞であるgroggyには「低品質のアルコールを飲むことで具合が悪くなっている状態」というイメージがあるのです。
 医療面接でアルコールの種類を尋ねた後は、その飲酒量を“How many drinks do you have a week?”と尋ねます。日本語で言うところの「機会飲酒」や「付き合い程度の飲酒」には“I drink on a social basis.”や“I am a social drinker.”のような表現があります。
 日本語では「お酒に弱い」や「お酒に強い」という表現を使いますが、これらは英語ではどのように表現するのでしょう? この英語表現を正しく理解していただくためにまずは「酔っている」という英語表現を理解していただく必要があります。日本語でも「ほろ酔い」や「泥酔」のように酔いの程度にも幾つかの段階がありますが、これらは英語ではどのように表現するのでしょうか?
 日本語の「ほろ酔い」に相当するのがbuzzedtipsyです。そしてこのbuzzedにも程度があって、“I’m pretty buzzed.”と言ったら「けっこう酔っ払ったよ」という意味になります。酔いがさらに進むと日本語の「酩酊」に相当するdrunkとなります。先述した日本語の「お酒に弱い」は英語ではこのdrunkを使って“I get drunk easily.”と表現し、「お酒に強い」は“I don't get drunk easily.”のように表現します。英語ではweak drinkerやstrong drinkerのようには表現しないので注意してください。さらに酔いが進むと「泥酔」した状態になりますが、英語ではこれをwastedと表現します。こうなると「トイレに顔を突っ込んで嘔吐する」ことになりますが、英語ではこの動作をpray to the porcelain god陶器(トイレ)の神に祈る」と表現します。そして飲み過ぎて記憶がない「昏睡」という状態はblacked outと表現されます。
 このように飲酒ではbuzzed→drunk→wastedのような状態になりますが、「マリファナmarijuanaの喫煙でも同じようにbuzzed→high→stonedという状態になります。「多幸感で高揚する」というイメージのhighは日本人にも理解しやすいと思いますが、「石のように反応が鈍くなる」というイメージのstonedは、日本ではあまり馴染みのない形容詞です。
 このように英語圏では飲酒にかかわらず、運転に影響を与える物質を一定量使用しているかどうかが問題となるため、「飲酒運転」はdriving under the influence(DUI)と呼ばれます。日本では少しでも飲酒していると厳罰に処されますが、英語圏では運転に支障が出る状態かどうかが重要になるため、警察が路上で行うfield sobriety testでは 1)horizontal gaze nystagmus 2)walk and turn 3)one leg standという3項目が確認されます。このnystagmusは「眼振」ですが、アルコール依存症の方に多いvitamin B1 deficiencyで起こるWernicke encephalopathyウェルニッケ脳症」の症状としても有名です。ただこのWernickeやvitamin B1であるthiamineの英語での発音は日本語の「ウェルニッケ」や「チアミン」とは異なり、「ゥワァーニキィ」や「サィアミィン」のような発音になりますので注意してください。
 患者さんの飲酒量が多く、アルコール依存症の可能性がある場合には次のCAGE Questionnaireが有効です。
 日本語では「迎え酒」という表現が使われますが、英語ではeye openerという表現が使われます。ただ患者さんに質問する際にはeye openerを使わずに例文のような具体的な表現の方がわかりやすいでしょう。
 近年は「アルコールは飲めるが、積極的に飲まないことを選択するsober curiousという言葉が生まれ、sober curiousなライフスタイルを持つ人々の間では、アルコール飲料を提供しないbooze-free barが人気です。また「禁酒法dry lawでも知られるように、形容詞のdryにも「アルコールを摂取しない」というイメージがあり、「アルコールを摂取しないデート」はdry datingのように表現されます。
 飲酒は食文化の一部となっており、各国で独自の文化を作ってきました。ただ私は個人的に「日本は違法薬物にはとても厳しい反面、アルコールにはとても甘い国である」と感じています。ミレニアム世代を中心に世界的な広がりを見せるsobriety/sober lifestyleが、日本のアルコール文化を良い方向に変えていくことを応援していきたいと思います。