池脇 今回の質問に答えていただくにあたって、まずは前立腺肥大症に関して基本的なところから解説していただきたいと思います。
𠮷澤 膀胱出口部閉塞をきたす前立腺肥大症が様々な下部尿路症状を生じる機序として、蓄尿と排尿のサイクルごとに膀胱の伸展・虚血・再灌流が繰り返され、徐々に上皮・神経・平滑筋に様々な変化がもたらされます。特に膀胱血流障害は酸化ストレスを引き起こし、ラジカルが上皮・神経・平滑筋の障害をもたらすとされています。よって、前立腺肥大症に伴う下部尿路症状としては、蓄尿症状、排尿症状、排尿後症状など、様々な症状が認められます。
池脇 もともとクルミぐらいの大きさの前立腺が何倍かになるのは病気といっていいのか、あるいは加齢現象なのか。年齢とともにだいたい皆さん前立腺が大きくなると考えてよいのでしょうか。
𠮷澤 おっしゃるとおり、50歳ぐらいから前立腺肥大症が始まるとされています。なので、個人差もありますが加齢とともに前立腺の体積は、増加していくと考えてよいと思います。
池脇 症状として出るようでしたら、それは前立腺肥大症という理解でいいとして、先生が今言われた症状の中で、夜間頻尿あるいは昼夜を問わず頻尿が起こるものなのか。いかがでしょうか。
𠮷澤 前立腺肥大症の患者さんに生じる夜間頻尿というのは、下部尿路症状の中でも最も困る症状の一つです。そして、夜間頻尿には、前立腺肥大症に合併した過活動膀胱に伴う夜間頻尿、あとは夜間に作られる尿量が多い、要するに夜間多尿に伴った夜間頻尿があります。
池脇 最後におっしゃった夜間の尿量が多くなるというのは、例えば寝る前に水を飲むとか、そういうことが影響しているのか、もしくは違う機序でなのでしょうか。
𠮷澤 就寝前の飲水はやはり夜間多尿の原因となりますが、メタボリック症候群や腎機能障害、心不全などがあると夜間多尿に伴った夜間頻尿を呈する方が多いといわれています。
池脇 前立腺肥大症というよりも、浮腫の方が就寝するとどうしても足と心臓と腎臓が同じレベルになって、夜中に尿がたくさん出るようなことも、今先生がおっしゃった夜間多尿の原因の一つということですね。
𠮷澤 そうですね。
池脇 そのあたりで、今回の質問に出てくる過活動膀胱も関わってくるのですね。前立腺肥大と過活動膀胱というのは極めて密接というか、合併しやすいと考えていいのでしょうか。
𠮷澤 先生がおっしゃるとおり、前立腺肥大症患者における過活動膀胱の有病率は約56%と報告されています。
池脇 半分の方は両方持っていると考えられるのですね。
𠮷澤 はい。
池脇 ちょっと戻りますが、夜間頻尿に定義はあるのでしょうか。
𠮷澤 夜間頻尿とは、夜間排尿のために1回以上起きなければならないという愁訴です。実臨床では夜間2回以上トイレに起きなければならない場合を治療の対象としていることが多いです。
池脇 回数が増えれば増えるほど患者さんは十分に寝られないのですね。
𠮷澤 そうですね。睡眠障害の原因となり、QOLの低下につながります。
池脇 前立腺肥大というと、質問のところにあるα1遮断薬がメインの治療だと思いますが、それによって合併している過活動膀胱の症状も改善されることがあるのでしょうか。
𠮷澤 前立腺肥大症の患者さんに対する第一選択薬としては、α1遮断薬やPDE-5阻害薬が使われますが、まずはα1遮断薬を単独で使用して、12週間、約3カ月使用しても患者さんが満足される改善が認められない場合、さらなる過活動膀胱治療薬を併用するかどうかを検討します。
池脇 α1遮断薬で様子を見て、なかなか改善しないというときに、次は過活動膀胱の治療という流れは理解したのですが、最初に先生がおっしゃったα1遮断薬以外にも、ホスホジエステラーゼ阻害薬や抗男性ホルモンの治療薬で、さらに前立腺肥大症に対する治療を強化し、その後に症状が残るようだったら過活動膀胱の治療へという考え方はどうなのでしょうか。
𠮷澤 おっしゃるとおり、α1遮断薬を先行投与して、過活動膀胱症状が残存する場合に対して抗コリン薬やβ3作動薬の追加投与を行うことが望ましいとされています。
池脇 質問の前立腺肥大症に伴う過活動膀胱の治療薬としての抗コリン薬、β3作動薬をどのように使い分けるのか。極めて臨床実地の質問ですが、専門医はどのようにされているのでしょうか。
𠮷澤 抗コリン薬に比べてβ3作動薬は新しい薬剤です。β3作動薬は、β3アドレナリン受容体を選択的に刺激することにより膀胱平滑筋を弛緩させ、膀胱の蓄尿機能を高めて過活動膀胱の諸症状を改善します。そして、β3作動薬の特徴には、症状の改善効果に加えて、抗コリン薬とは異なり、ムスカリン受容体の遮断作用に起因する副作用、特に口内乾燥や便秘などがほとんど認められない点があります。
池脇 確かに抗コリン薬というと、口が渇いたり、便秘だったり、患者さんによってはそれで使えないということも時々ありますが、β3作動薬は基本的にそういった副作用をあまり心配しなくてもいい薬なのでしょうか。
𠮷澤 抗コリン薬で認められる副作用がみられない点と、抗コリン薬を使用すると、特に男性の場合は排尿困難や尿閉の原因にもなります。私の場合はα1遮断薬を12週間使用して、それでも改善しない夜間頻尿に対してはβ3作動薬の追加投与を考えます。
池脇 ちなみに、こういった抗コリン薬、β3作動薬で尿意切迫感や頻尿という過活動膀胱の治療をしてもなかなか改善しないケースを特に専門医は経験されていると思いますが、そのときはどのように対処されるのですか。
𠮷澤 α1遮断薬を先行投与して、β3作動薬や抗コリン薬を追加併用しても夜間頻尿が改善しない場合は、もしかすると過活動膀胱に伴った夜間頻尿以外に、夜間頻尿の原因として夜間多尿があるかもしれません。その場合は、もう一度排尿日誌を患者さんに2~3日間つけていただいて、夜間多尿を伴った夜間頻尿があるかどうか、もう一度確認します。
池脇 もう少し患者さんの背景をチェックして、どこか改善できるところがないかを確認するということですね。
𠮷澤 夜間頻尿の原因はどうしても多岐にわたりますので、いろいろな原因を考えなくてはいけないと思っています。
池脇 そういったことで、生活の質から考えて患者さんは夜間頻尿に一番お困りですから、少しでも改善することを心がけるのでしょうか。
𠮷澤 そうです。
池脇 どうもありがとうございました。
前立腺肥大症に伴う夜間頻尿
日本大学医学部泌尿器科准教授
𠮷澤 剛 先生
(聞き手池脇 克則先生)
前立腺肥大症に伴う夜間頻尿に対してα1遮断薬に追加する頻尿・過活動膀胱治療薬として抗コリン薬とβ3作動薬の使い分けについてご教示ください。
大阪府開業医