ドクターサロン

 池田 新型コロナウイルスワクチンを接種後にいろいろなことを訴えてくる方がいて、検査をしても異常がないので困っているということです。先生はこういう関連についていろいろ執筆もされていますが、こういった患者さんには基本的にどのように相対していくのでしょうか。
 谷口 まず初診時に基本的なポイントとして、患者さんの言っていることを否定しないということです。いわゆるナラティブベースドメディシン(Narrative based medicine)という言葉がありますが、そのナラティブを理解するのが重要です。さんざんドクターショッピングを繰り返している患者さんが多いですし、こちらの考えを最初に言ってしまったりすると、その時点で信頼関係は築けません。時間はかかりますが、必ず相手の立場になって、患者さんのナラティブを理解するのが非常に重要だと思っています。
 私自身は総合診療科医という立場で、今も総合診療部の医局に所属していますが、昔から総合診療の現場ではこういった不定愁訴のような方が多いです。ですから、コロナが始まる前からこういった患者さんにはけっこう慣れていて、必ずナラティブを大切にしています。ただ、時間がかかるので、そのあたりが難しいところですが、基本的には相手のことを否定しないのが重要になります。
 池田 傾聴が大切だということですが、先生が書かれたワクチン後遺症では、どのようなものに分類されるのでしょうか。
 谷口 私自身は便宜上5つに分類しています。患者さんに説明するときも、この分類の話をすることがあります。1つめを私は短期軽症型と呼んでいますが、これはコロナワクチンであればほとんど誰でも起こりうる副作用です。ちなみに、ワクチンは副反応という言い方をすることが多いと思うのですが、今回は副作用で通したいと思います。例えば、発熱、倦怠感、痛み、リンパ節の腫れなどはほとんどの人が感じますが、1週間寝たきりになったとしても、完全に回復すればこのタイプに含まれるため、あまり問題になりません。
 2つめは短期重症型で、これは入院が必要になったり、死亡するケースもあります。最近はサイトカインストームが証明されたり、ドイツではスパイク蛋白が見つかって亡くなるというような症例報告もあったと思いますが、とにかく重症化して死に至ることもあるものを短期重症型と呼んでいます。
 3つめは中期型と呼んでいて、1週間以上たっても何らかの症状が持続し、数カ月間続きます。6カ月ぐらいを一つのめどと考えています。
 4つめが長期型で、ここまで来る人はそう多いわけではなく、本当にワクチンの後遺症かどうか怪しいケースもあるのですが、患者さんの訴えとしては、半年以上続いている倦怠感、抑うつ感、体重減少、記憶障害など、まさに慢性疲労症候群(ME/CFS)とほとんど同じ、見分けがつかないものです。少し話が脱線しますが、いわゆるコロナ後遺症もだいたい半年を超えるとME/CFSと同じような症状になることがあります。コンセンサスがそろそろ出てきたかと思うのですが、実はワクチンに関しても接種後半年以上、同じような症状が続いているケースがあります。
 分類の5つめは、私は持病再発型と呼んでいるのですが、一番多いのはヘルペスです。口唇ヘルペスや性器ヘルペスが、今まで落ち着いていたのに、ワクチンを打ってから再発の頻度が増えたりします。あと帯状疱疹がワクチンを打った側、だいたい左に打たれますから、左の頸部や顔面に帯状疱疹を発症する人がかなり多いです。また、ずっと安定していたのに、片頭痛の発作を繰り返すようになったり、落ち着いていたじんましんが高頻度で再発するようになった、というケースもあり、それを持病再発型と呼んでいます。
 池田 これは期間も症状も多岐にわたるということですが、どうやって治療するのでしょうか。対症療法なのでしょうか。
 谷口 治療法に関しては、これをやれば確実に治るというのはありません。もう一つの特徴として、ワクチン後の後遺症で来られる患者さんというのはいろいろなところに行っています。あまり前医の悪口は言いたくはないのですが、高額なビタミン剤を勧められたり買わされたり、1回数千円の点滴を打つために毎日来るようにいわれたのに効果が出ていない。そういった患者さんが非常に多いです。決定的な特効薬があるわけではないけれども、ある症状に対して対症療法をしていきましょうという話をします。
 それと長い間症状がある人に重要なのは、ワクチンの副作用であるアナフィラキシーや心筋炎を忘れないことです。ワクチンを打った日から1週間ぐらいはそういったことも考えていくべきだと思っています。
 それから、不定愁訴全般に言えることとして、患者さんはしんどい、何もやる気が起こらないということをよく言うのですが、基本的には規則正しい生活をしましょう。しんどいからといって、昼夜逆転するようなことにはならないようにという説明をします。
 ここは意見が分かれるのですが、私自身は散歩や軽度の運動を勧めるようにします。最近よくPEM(post-exertional malaise)といって、慢性疲労症候群で運動をすると、激しい運動後倦怠感に襲われるので運動をしてはいけないということがなぜか注目されて指摘されます。これは本当に慢性疲労症候群の診断がついたときなので、ワクチンを打った後、2週間ぐらいたつけれども何となく体がだるいという人に運動を禁止する必要は全くないので、まず軽い散歩などから始めて、徐々に負荷を上げていきましょうというと、それだけで治っていく人が多いです。「治っていく人が多いですよ」という話をして、積極的にやってもらうようにしています。
 あとは薬です。昔から不定愁訴でよく使う薬に漢方薬がありますが、漢方薬を処方したり、精神症状が強いときは時にはSSRIを処方してみたり、スルピリドを使ったりすることもあります。慢性の疼痛を訴える人にはプレガバリンを使うこともあります。ただ、これを使えば決定的に良くなるといった薬はありません。
 それから、難治性になってきた場合、まだ半年はたっていないけれども、倦怠感や抑うつ感がかなり強いケースは、慢性疲労症候群になっていく可能性もあるかもしれないという話をします。このときに初めて先ほど申し上げました運動後倦怠感、post-exertion al malaiseの説明をします。そうなると、少し動いただけでかなりの倦怠感が3日間取れないなどといった状態が起こりうることを説明します。ただし、その場合も昼夜逆転しない、規則正しい生活をするようには説明しています。
 私のところはクリニックですから、患者さんが「先生一人で大丈夫なの?」というようなことを口にする人はいませんが、私自身も一人で診るよりもほかの医師にも診てほしいということがあります。私は大阪市立大学(現:大阪公立大学)の総合診療部に所属しているので、そのときはそちらを受診してもらうこともあります。大学と私とでともに診るというわけです。
 池田 医療サイドから見ますと、本当に病気なのかという疑問がずっとあるのですが、それについて先生の見解はいかがでしょうか。
 谷口 これは難しいのです。疾病利得という言葉がありますが、ワクチンのせいで仕事に行けないとか、ワクチンのせいで学校に行けないというのはなかなかわからないことがあります。「本当は最初から学校に行きたくなかったんじゃないの」という患者さんも実際いますので、そういう患者さんは接するのが難しいですね。ただ、重要なのは、仮にそうであったとしても、苦しんでいるのは間違いありません。実際、学校や職場でうまくいかず、家にこもっているのが続けば、倦怠感、抑うつ感は本当に出てきます。ワクチンが原因かどうかは別にして、話を聞いて、患者さんが困っていることに関して、そこは共感して、ともにどうしていけばいいかを考えていくという姿勢に立つことが重要かと思っています。
 池田 先生もおっしゃっているとおり、そこでワクチンが原因かどうかというのは言ってもしょうがないのですね。
 谷口 そうなのです。
 池田 結局は、患者さんが困っている今の状態を何とかしてあげなければいけないということですね。
 谷口 そうですね。ただ、非常に難しいのです。その患者さんにあまり共感しすぎると、キャラクターによっては依存され過ぎたり、パーソナリティ障害のある人だと本当にたいへんなことになります。患者さんとの個々の距離の取り方というのはなかなか難しいと思います。
 池田 ワクチン後遺症を訴える患者さんに特徴みたいなものはありますか。
 谷口 いろいろな人がいますが、おしなべて言うと、もともと不定愁訴が多いだろうなという患者さんが多いですね。当院をかかりつけにしている人でも、もともと不定愁訴が多かったり、あるいは精神症状を訴えたりする人がワクチンの後遺症を訴えるというケースは非常に多いです。初診の方が来られたときも、よく問診してみると、精神科通院歴があったり、会社を精神的な問題で長期間休職していたりといったエピソードがある人が多いという特徴はあります。
 少し話題がワクチンから離れるかもしれませんが、最近、抑うつ感は炎症から来ているのではないかという話を聞く機会が増えてきています。それを初めて聞いたときに、本当にそんなことがあるのかなと思ったのですが、ワクチンで何らかのサイトカインが分泌されたり、ワクチンではなくて、コロナ感染症の後遺症でも、このサイトカインが原因の全身の炎症が脳にも及んで、抑うつ感や記憶障害が出たりしているのではないかと私自身は考えるようになっています。ワクチンも何らかのサイトカインの分泌が起こって全身の影響につながって、いろいろな症状が出ているのではないかと考えています。
 池田 サイトカインストームで発熱したりすることもありますが、その一部の症状として神経細胞にも影響が及ぶのではないかということですね。
 谷口 そうですね。
 池田 本当に多種多様な背景の方がワクチンを打って、そして先生方のところに訪れる。非常に複雑なものを診ておられて、なにしろナラティブに理解するという本当に根気のいる仕事だと思います。
 谷口 ですから、ワクチン後遺症を誰が診るのだというときに、やはり総合診療科医というのが一番適しているかなと個人的には思っています。
 池田 どうもありがとうございました。