池田 悪性腫瘍に対して用いられる分子標的薬の副作用マネジメントを考えるという質問がきていますが、分子標的薬だけでなく、いわゆる抗がん剤全体についてうかがいたいと思います。まず細胞を殺すような抗がん剤の副作用と、それが出たときにどういう対処をしていくのかについて教えていただけますか。
土井 いわゆる昔の抗がん剤、殺細胞性の抗がん剤は、細胞の増殖や分裂が活発な細胞に非常によく作用することが知られています。それゆえ、正常な細胞でも、細胞分裂が盛んなところに障害が出てきてしまうのです。皆さんご存じのように、口の中などは数時間で細胞が変わっていますし、毛髪や血液も活発に再生を繰り返していますので、消化管に副作用が出てくれば吐き気や嘔吐、骨髄の抑制があれば、例えば血液検査で白血球が減ったりということが出てきます。あとは髪の毛が抜けたり、口内炎、下痢、便秘、肝機能障害などが出てくることがあります。
曝露量という血液の中に存在する抗がん剤の濃度で、効く時期と症状が出現する時期をある程度予測しやすいので例えば2~3週間後に副作用が出てくるなら、その時期には活動量を減らしたり、やわらかいものを食べて口の中を傷つけることを避けながら治療を続けたり、耐えられない毒性や危ない毒性が出てきたときには休むなど、減量するのを医師と相談しながら進めることが大事な薬だと思います。
池田 そういう意味では、体重別、あるいは投与スケジュールをあけるといったことになるのでしょうか。
土井 あき過ぎると問題になってくると思います。例えば体重で補正したり、高齢な方の場合には少し用量を下げたりするのは、いわゆる昔の医師のさじかげんといいますが、添付書に書かれているものとは若干変えながらやる場合もあると思います。
池田 トータルの効果が得られるドーズまでは何とか持っていきたいということでしょうか。
土井 副作用が出る投与量と有効性が出る投与量というのが非常に近い部分がありますので、この部分を注意しながら、非常に少ない用量を投与することで、効かないのに投与し続けるというようなことは避けるべき薬だと考えます。
池田 次に最近幾つか出ている分子標的薬について教えていただけますか。
土井 皆さんご存じのように、分子標的治療薬はどちらかというとピンポイント攻撃とかミサイル攻撃に近いものですが、薬の標的がピンポイントで決まっていますので、その標的はがん細胞だけではなく、正常な細胞にも存在する場合があります。標的が決まっているので、薬の種類によって特徴的な副作用が出てくるというのもよくわかっていることです。例えば発熱や高血圧、時には皮疹など皮膚の障害や重篤な肺炎が起こるような状態になってきます。これは患者さん個人の感受性の差によって起こる場合もありますし、原因がわかっていない場合もありますので、出現時期がわかっているような毒性と、予測しえない毒性があることを知っておく必要性があると考えます。
池田 この際も用量を調節したり、投与スケジュールを変えることで対処していくのでしょうか。
土井 用量を減量するというのは多くの場合、手順書で決まっていて、副作用が強ければ減量したり休薬したりすることは大事ですが、量が下がってしまうと効かない場合があります。ですから、例えば皮疹が出てくるのであれば、予防的に前もってステロイド薬や、かゆみが出ている場合には抗ヒスタミン剤を投与しながら、また高血圧の患者さんに出てくるような状態では、高血圧の薬をのみながらでも分子標的治療薬を続ける場合はあると思います。
池田 オフターゲットの臓器の症状をコントロールできれば分子標的治療薬は継続できるという意味なのでしょうか。
土井 そうですね。よくあるのは、分子標的治療薬の場合、濃度を下げてしまうと変異が遺伝子的に起こってしまったり、がん細胞が逃げるための形を変えたり、分子の構造を変えたりして、効かなくなる場合があるのです。
いわゆるエスケープ、逃避といったことが起こらないようにするためにも、ある程度の濃度の用量を投与すべきだと思います。
池田 オフターゲットの臓器の症状がコントロールできれば、可能な限り続けるということですね。
土井 そうですね。それは大事だと思います。休んだり投与したりするのは少し避けたほうがいいタイプの薬が多いです。
池田 私は皮膚科医なので、手足の炎症などを診るのですが、何とか強力なステロイド外用でコントロールできている症例が多いと思いますので、そういう方は継続する必要があるということですね。
土井 そうですね。しかも、私たち腫瘍内科医も最近になってこういったトレーニングを受けていますが、抗がん剤を投与する多くの医師も、皮膚科や循環器科の専門知識というのは持っていないことも若干ありますので、こういった治療は専門医と連携を取りながら行うべきと考えます。
池田 ありがとうございます。次に、最近話題になっています免疫チェックポイント阻害薬は副作用が出た場合、どのように使われるのでしょうか。
土井 皆さんご存じのように、免疫はもともと人間が持っている防御機構ですが、その防御機構を過剰に働かせる、ブレーキを取ってしまって働かせることになるため、いわゆる免疫が過剰に反応してしまうような状況を引き起こすことがあり、自己免疫疾患のような副作用が出る場合があります。例えば、皮膚の重篤な障害や、特殊な肺炎、それから内分泌といわれている甲状腺や副腎の機能不全、時には重篤な糖尿病等も起こす場合があります。
問題なのは、いつ免疫が活性化するのかがなかなかわかりにくい状態で、予測できないことです。投与から非常に早い時期の場合もありますし、薬が効いて非常に調子が良くなったときもありますし、場合によっては薬をやめてしばらくしてから出る場合もあります。これは比較的トレーニングというか、もしよくわからない症状になった場合には免疫の治療をたくさんやっているような施設の専門医に、相談するのが大事だと思います。
池田 効果が出ていればなるべく続けたいということなのですね。
土井 そうですね。ただ、副作用が出ている患者さんは有効な症例の場合が多いので、患者さんがやめたくないというのがあります。しかし、例えば特殊な肺炎が起こった場合には、絶対にやめないといけない毒性なのですが、例えば肝臓の毒性や皮膚の毒性などの場合には、もし十分なコントロールができてその症状が緩和された場合には、もう1回慎重に投与してみることもあります。このあたりは専門医が患者さんの状態や有効性の度合いを見て再チャレンジを考えないといけないと思います。
池田 肺の炎症だけは別もので、これは致死的になるのでしょうか。
土井 肺の炎症は、昨今有名なコロナと同じで、ひどい肺炎の後は線維化が起こって、呼吸の機能が落ちてしまいます。ですから、2回目をやっても同じように副作用が出てくる場合があります。ただ、ちょっと難しいのは、1回目に副作用が起こったからと減量して投与したら、また起こるか起こらないかは予測がつかないのです。ですから、もしこういったことに長けた医師の場合には、ほかに使える薬があれば切り替えていただいて、もしどうしてもほかに薬がないという場合には、患者さんの状態や、前に投与していたときの有効性を鑑みて、十分に患者さんとご相談したうえで治療計画を立てて、再投与するかどうかを検討する場合もあります。基本的には投与しないのが原則だと思います。
池田 最後に、妊娠可能な年代の女性あるいは男性の抗がん剤治療ですが、最近何か新しいことが行われているのでしょうか。
土井 昔は抗がん剤の治療をする場合には、お子さんをもうけることは諦めてくださいというような話で進めてきましたが、最近は結婚される年齢が少し高くなってきて、発がんしてしまったけれども、お子さんをもうけたいという患者さんもいらっしゃるのです。そういうときには、抗がん剤治療をする前に医師に子どもをもうけたいということを言っていただければ、病院によってはレディースセンターや妊孕性外来というものがあるので、そこで精子や卵子を凍結したりという手法を用いてお子さんをもうけることができる可能性もありますので、前もって相談することが大事かと思います。
池田 抗がん剤を始める前に、精子また卵子を保存しておいて、それから治療を受けて、治療がうまくいった後で、体外受精で子どもをもうける。
土井 そうですね。そういったかたちでお子さんをもうけて、育てている患者さんもいらっしゃいます。
池田 それは素晴らしいですね。昔はがんになったら人生の終わりみたいなことになっていましたね。
土井 治療の幅や、がんと共存する世界というのが少し見えてきているかもしれませんね。
池田 ありがとうございました。
分子標的薬の副作用マネジメント
国立がん研究センター東病院先端医療科長
土井 俊彦 先生
(聞き手池田 志斈先生)
性腫瘍に対して用いられる分子標的薬の副作用マネジメントを考えるうえで、投与量を調節すべきなのか、投与スケジュールを調節すべきなのか迷うことがあります。
各薬剤、各副作用に対する考え方をご教示ください。
東京都勤務医