ドクターサロン

池田

肺炎球菌ワクチンはなぜ65歳以上の方に補助金を出して接種しているのでしょうか。

永井

実は肺炎になる人の中で、重症化したり、死亡する人は65歳以上が圧倒的に多いのです。高齢社会になって、肺炎が死因の順位をどんどん上げてきまして、2011年に脳血管障害を抜いて第3位になりました。その後、統計の処理を変えて誤嚥性肺炎を除いたので、2017年には5位となりました。肺炎による死亡者を年齢別にみると、65歳以上が95%を占めています。ですから、65歳以上の方に肺炎を予防するワクチンを打つのは非常に大事なことになるのです。

肺炎の原因病原体はたくさんありますが、その中で最も多いのが肺炎球菌で、重症化しやすく、3割以上を占めています。ほかの病原体による肺炎も当然起こりますが、一番悪さをする肺炎球菌に対するワクチンが使えるようになり、定期接種になって補助金が出るようになりました。

肺炎球菌感染症は、今、定期接種のB類疾病で、インフルエンザと同じグループです。A類疾病は子どもたちのいろいろなワクチンが含まれ、重症化予防および集団予防のためのワクチンというくくりで接種勧奨と努力義務という2つのキーワードがついています。しかしB類疾病の疾患にはそれがなく、個人の感染を防ぐために個人で考えて打ちましょうというワクチンです。接種率を上げるためには、やはりB類疾病にも努力義務なり接種勧奨があったほうがいいのではないかと思っています。

池田

自分で打とうという人しか打たないという現実があるのでしょうね。

永井

そうですね。それはあまりよくないと思っていまして、2014年にニューモバックスが定期接種として肺炎球菌感染症予防に使えるワクチンになったのですが、毎年、高齢者の接種率が30%台なのです。広く肺炎を予防するには接種率が低すぎますので、やはり高齢の方は肺炎球菌ワクチンを積極的に打ってほしいと思っています。

池田

最近はコロナウイルス感染で、ワクチン接種が最低でも6割以上ないと感染の予防にはならないという話もありますが、これもそうなのでしょうか。

永井

先生がおっしゃるように、接種率が上がらないと、社会全体の肺炎を減らすという意味では力が弱いと思います。しかし、今回のコロナワクチンのおかげで、ワクチンに対する障壁がだいぶ取り除かれてきているという印象があります。いろいろなワクチンについても、自ら「打ってください」という人が増えている印象があります。

池田

そういう意味では、日本人のワクチン嫌いをある程度減らすことができたのかなということでしょうか。定期接種といいますと、65歳の次は70歳になるのでしょうか。

永井

今の肺炎球菌ワクチンの定期接種の打ち方は、2014年に決められたものがそのまま続いており、65歳以上で、その年度に5の倍数の年齢になる人が対象です。ですから、4月から翌年3月までに65歳、70歳、75歳、80歳、…という年齢になる人たちです。

池田

補助金が出るのは1回目だけなのでしょうか。

永井

初回接種だけで、再接種は定期接種による公費のカバーはありません。

池田

では2回目を打ちたいというときは、全額負担になるのですね。

永井

そのとおりです。

池田

そうすると、またちょっとハードルが上がってしまうような気がしますね。

永井

私もそう思います。

池田

例えば、70歳、75歳になってくると、どうしても年金生活の方とか、なかなか厳しい状態になってくると思うので、ちょっとやめておこうかという感じになるのでしょうか。

永井

お金の問題は大きいですね。肺炎球菌ワクチンが世の中に出てきた当初も接種があまり進まなくて、定期接種になる前は各自治体が自主的に公費助成を始めました。公費助成の費用が高い自治体ほど接種率が高いというデータがあるので、先生がおっしゃるようにお金の問題は大きいです。

池田

特に年齢を重ねれば重ねるほど難しくなっていく。でも、そういう方のほうがワクチンを打って肺炎を防ぐことの意味は大きいですよね。

永井

まさにそのとおりで、そういう人たちこそワクチンを打ってほしいなと思っています。

池田

ニューモバックスに加えてプレベナーというものがありますが、これはどのように違って、どのように使い分けされているのでしょうか。

永井

肺炎球菌のどの部分をワクチンの抗原に使っているかというと、肺炎球菌の外側の莢膜という膜を分離・生成した多糖体なのです。実は肺炎球菌の多糖体には種類があって、それを血清型というのですが、今100種類ぐらいわかっています。ですから、肺炎球菌は100種類あると思っていただいていいかもしれません。100種類集めてワクチンを作るわけにいきませんので、そのうちのヒトに対して病原性の高いものだけを集めて、23種類集めたものがニューモバックス。プレベナーというのは13種類のワクチンです。

ニューモバックスのほうが数が多いから、そっちのほうがいいのではないかと思うかもしれませんが、実はニューモバックスは多糖体を生成しただけのワクチンです。一方、プレベナーは免疫の力を高めるために蛋白を結合させているのです。結合型ワクチンというのはそういう意味です。そうしますと、免疫の力が高まります。免疫原性が高まって、予防効果が高まるだろうという発想で作られたものがプレベナーです。プレベナーは免疫の記憶も残るし、小児は免疫を高める力が弱いので、小児に対しては免疫原性が高いプレベナーが定期接種で使われています。

ではニューモバックスはというと、免疫を高める力はプレベナーより弱いかもしれませんが、23種類もカバーするということで、広く肺炎を防ぐだろうと考えられ、これはこれで使用する意味のあるワクチンなのです。現に臨床的にも有効性がわかっていますし、医療経済的にも使うことは意味があるというデータがあったので、定期接種対象のワクチンに位置づけられているのです。プレベナーはプレベナーで、肺炎をしっかり抑えるというエビデンスはあります。2つはだいぶ違うワクチンです。

その使い分けをうまくするというのはけっこう難しいです。単純に数が多ければいいというものでもないので、免疫を高める力も考慮しながら、どっちをどう使うかという話が出てきて煩雑です。プレベナーは免疫能力が弱い小児に使われますが、大人でも免疫機能低下者にはプレベナーを使い、その後にニューモバックスを使うという連続接種というものが推奨されています。 世界的にも免疫能の低下している人に対する連続接種については、コンセンサスが得られています。

ただ、65歳以上については国によってだいぶ違います。アメリカは当初プレベナーを打って、ニューモバックスを打つと言っていたのですが、その後、ニューモバックスが中心になりました。現在は日本で使えない新しいワクチンを使って、さらに方針を変えています。イギリスやドイツは日本と同じで、65歳以上については、ニューモバックスを推奨しています。国ごとにどうして違うのかというと、ワクチンの有効性と医療経済的なコスト・ベネフィットの問題が入ってきます。それを判断して、国として推奨しましょうとしているので、各国で少しずつ違うということになります。

質問のニューモバックス接種後に次にどのワクチンを接種するのかですが、これも国によって異なり、ドイツでは6年ごとにニューモバックスを繰り返すとあり、米国の新しい指針ではニューモバックスを接種した人は1年以上空けて新しいワクチン(15価あるいは20価の結合型ワクチン:20価は日本では現時点では使用できない)を1回接種して終わりという方針です。日本でどうするかという結論は出ていません。

池田

それぞれの国の医療経済も含めた考え方で決まってきているのですね。

3回以上複数回投与すると抗体が5年ももたなくなると聞いたことがあるという質問はどうですか。

永井

5年たつとだいたい抗体価が下がってくるので、日本では5年ごとに再接種しましょうという流れになっています。アメリカでは1回だけ再接種が推奨されています。先ほど話しましたが、ドイツでは6年ごとにニューモバックスを接種することになっています。国によって再接種の仕方が違うのですが、5年たつとだいたい抗体は落ちてきます。接種回数が増えると免疫の低応答が起こるのではないかという質問ですが、そのようなことはないとわかっています。だいたい5年で抗体価が下がってくるので再接種になります。

池田

初回だから10年もつとか、そういうことではなくて、初回も5年ぐらいすると下がってきて、2回目も3回目もそんな感じということなのですね。

永井

はい。当院でもニューモバックスを5年以上空けて接種して抗体価を調べています。3回まで接種したデータを発表していますが、抗体価が下がっているところで打つとまた上がってということを繰り返しています。

池田

どうもありがとうございました。