ドクターサロン

池脇

潜在性鉄欠乏状態とは、隠れ貧血のことなのでしょうか。

岡田

そうですね。隠れ貧血とほぼ同じだと考えていいと思います。

池脇

これは隠れ貧血ですから、一応貧血と言ってもいいのでしょうか。

岡田

いわゆるヘモグロビンの基準でいうと貧血ではないけれども、鉄分が欠乏している状態、すなわちフェリチンが低い状態と言っていいと思います。

池脇

確かに貧血の基準値を超えていれば、まあ大丈夫と思うけれども、実はそこに鉄が欠乏して、場合によっては症状を呈している方もいる。これはおそらく女性に多いと思いますが、どのくらいの方がそういう状態なのでしょうか。

岡田

すごく多いのです。平成21年度の厚生労働省の国民健康栄養調査でフェリチンが15ng/mL未満の人がどれぐらいいたかを調べています。フェリチンは、学会基準でいうと男女とも25~250ng/mLという値です。ですから、15ng/mL未満というのはかなり低いということになりますが、日本人女性の場合、なんと23%がフェリチンが15ng/mL未満ということです。一般に女性の1割ぐらいが鉄欠乏性貧血といわれていますので、もう一方の1割ぐらいが、いわゆる隠れ貧血だろうと思います。

池脇

女性も高齢の方も含めての数値でしょうけれども、貧血になりやすいとなると、閉経前の比較的若い方だともっと比率は高いのですか。

岡田

20~40歳代の方に至っては約48%、およそ半分の方が鉄欠乏状態なのです。

池脇

2人に1人ですか。

岡田

そうなのです。2割ぐらいの方は従来いわれている鉄欠乏性貧血。あくまでも推測ですけれども、そうすると、3割近い方が隠れ貧血に相当するだろうと考えられます。

池脇

性差でいうと、男性の方はそんなにはいないのですね。

岡田

ほとんどおらず、圧倒的に女性に多いです。

池脇

生理がある女性の隠れ貧血は日本だけではないような気がするのですが、海外でも比較的若い方の隠れ貧血は多いのでしょうか。

岡田

多いですね。ただ、日本は特別多いと言っていいのではないかと思います。海外50カ国以上では、小麦粉に鉄剤を加えるなどの国家的な政策がされていますが、日本ではほとんどされていなくて、先進国の中で日本はかなり飛び抜けて鉄欠乏状態の人が多いと考えられます。

池脇

実はそういう隠れ貧血の比較的若い女性は貧血の自覚症状で悩んでいる、苦しんでいる方が多い状態にもかかわらず、なかなか国が動いてくれていないのですね。

岡田

残念ながらそういうことになりますね。

池脇

この隠れ貧血に関して、こんなに頻度が高いのに医療機関でそういう診断までいかない背景には、幾つか原因があるのでしょうか。

岡田

私が考えるに3つあると思います。1つは、鉄欠乏性貧血もそうですが、何となく疲れやすい、労作時に少し息切れがするといった比較的軽い症状なのです。非特異的で慢性的な症状なのであまり病識がない方が多く、女性特有の不定愁訴のような扱い方で見逃されてしまっている例が多いと思います。

池脇

本人がこれが病的なものとあまり思わずに、我慢してしまう。ある意味我慢できてしまうレベルの症状なのですね。

岡田

そうなのです。2つ目の理由としてはフェリチンの基準値なのですが、学会レベルの基準値は25~250ng/mLと申し上げましたけれども、各施設の基準値を見ると、女性の場合、4~64ng/mLとか、男性と比べてやけに低いのです。だから、例えばフェリチンが10ng/mLという値は、学会基準値でいうと完全な鉄欠乏状態なのですが、各施設の基準値でいうと基準値内に入ってしまうのです。おそらく基準値を作るときの母集団の中に鉄欠乏性貧血とか隠れ貧血の方がかなりいて、それで男性に比べて女性の基準値がこんなに低く設定されているのではないかと思うのです。

池脇

ちょっと不思議な感じですね。 正常値そのものがちょっと怪しい。

岡田

基準値であって、正常値ではないのです。

池脇

女性でも男性でも低い下限になっているけれども、専門医が鉄欠乏の基準とするフェリチンの数値は、性差はなくて、25ng/mL以上なのですね。

岡田

そうです。

池脇

そうなると、そこで引っかかってしまう人が多いと思うのですが、どのくらいであれば鉄欠乏と言っていいのでしょうか。

岡田

一般的にはフェリチンが12ng/mL以下であって、ヘモグロビンが低ければ鉄欠乏性貧血なのです。でも、ヘモグロビンが正常であっても、フェリチンが25ng/mL以下であれば隠れ貧血の可能性は十分あります。15ng/mL以下であれば、貧血がなくても、全身倦怠感のある女性に対して鉄剤を使うと全身倦怠感が良くなるという報告がされています。

池脇

ヘモグロビンをチェックする、フェリチンあるいは鉄をチェックするというのは、私どもも時々するような、そんなに特別なことではありません。データが出ているのに、医師が「あなたは隠れ貧血です」というところまでいかないのもちょっと変ですね。

岡田

そうなのです。結局、3番目の理由としては、医療者がまだあまり理解していないことで、こういう隠れ貧血という疾患を認知していないことが見逃されやすい理由だと思うのです。

池脇

治療は鉄剤を投与することだろうと思いますが、治療に入る前に、そういう検査値だけではなくて、患者さんのどういうところをチェックするのですか。

岡田

鉄分が欠乏すると、大きく2つ症状があって、一つは貧血症状です。これはヘモグロビンが低くなれば当然起こる症状で、代表的なのは疲れやすいことと労作時息切れです。もう一つ、貧血症状以外として、実は精神症状もけっこうあることが最近わかってきたのです。不安になりやすいとか、うつっぽくなるとか、不眠になるとか、こういう症状も鉄欠乏で起こるのです。実は私もそういう患者さんをたくさん診ましたが、鉄剤を使うと精神症状も良くなるという報告も最近されるようになりました。

池脇

症状の広がりが大きくて、不定愁訴という方向に行ってしまうのですね。

岡田

古来から女性に不定愁訴が多いといわれてきているのですが、それはひょっとしたら鉄欠乏状態が起こしているのではないかと思うのです。非常に症状がかぶっていますからね。

池脇

どう対処するかですが、質問でも、立ちくらみは貧血の症状だとして、フェリチン値は低い。でもヘモグロビンは一応正常値内。そういった場合に、治療するかどうかは、どのあたりで判断されるのでしょうか。

岡田

フェリチンが15ng/mL以下であればまず治療対象と言っていいと思います。よく聞かないと、だるいとか、何となく気分が晴れないとか、労作時息切れがあるとか、なかなかわからないものです。実際、治療してみて良くなると、貧血自体はなかったのですが、フェリチンが上がってくるにつれて見事に症状が良くなります。

池脇

鉄剤を投与するのですね。隠れ貧血の場合もやはり食事よりも、まずは鉄剤の投与からするのですね。

岡田

食事だけだとなかなかすぐ良くならないのです。

池脇

具体的にはどういう鉄剤を使われるのでしょうか。

岡田

私の場合はクエン酸第一鉄ナトリウムをよく使っていますが、いろいろな鉄剤があると思います。クエン酸第一鉄ナトリウムは普通の方にとっては一番のみやすいかと思います。

池脇

私もそれほど経験はないのですけれども、若い女性の方に鉄剤を処方すると、胃部症状でなかなかのめない。むしろそっちのほうがつらいという方もいます。

岡田

そうなのです。2~3割ぐらいいらっしゃるかもしれませんね。

池脇

それはどう対処されるのでしょうか。

岡田

溶性ピロリン酸第二鉄という小児用のシロップがあります。これは子ども用に作られた飲みやすいものですから、1日10㏄ぐらいであればきちんと飲んでいただけます。あるいは、クエン酸第一鉄ナトリウムでも顆粒があるのですが、それを20㎎とかなり量を減らして使います。鉄剤の副作用は鉄の量に応じて出るものですから、かなり量を減らして、20㎎程度で使うと、問題なく続けられることが多いです。ですから、クエン酸第一鉄ナトリウム1錠でだめだったとすぐ諦めないで、ちょっと剤形を変えるような、あるいは量を減らすような工夫をしていただきたいと思います。

池脇

最後まで私が引っかかっているのは、若い女性でこんなに多いのに、多分そういう方の大部分はなかなか医療機関には来ないということなのですが。

岡田

そうなのです。

池脇

健診のデータにフェリチンも入れてもらえると一番良いですね。

岡田

そうですね。

池脇

そうすると、救えるような気がするのです。

岡田

そのとおりだと思います。

池脇

そういう日が来るといいですね。ありがとうございました。