ドクターサロン

 池脇 HPVワクチンは2013年4月から始まって、すぐに推奨が差し控えられて、いろいろなことがありましたが、2022年春、接種の勧奨が再開されました。個人的にはそれで若い女性たちが接種のほうにどんどん向かっていればいいと思うのですが、実際のところどうなのでしょうか。
 森定 HPVワクチンの実際ということですが、先生から話がありましたように、2013年6月の積極的勧奨の差し控えから9年を経て、2022年4月、国から積極的勧奨が再開されました。それまで接種率ほぼ1%以下という状況で、海外の接種率の状況を見ると、60~70%とかなり高いので、2022年4月から期待したところですが、実際のところ、聞いている範囲ではおそらくまだ10%いかないぐらいで、地域によってかなり差があるそうです。
 池脇 自治体としたら、「また再開になりましたよ、どうぞ」という行政のほうから働きかけはしていても、今はコロナ禍でのいろいろな差し控えが効いているのでしょうか。
 森定 そうですね。副反応の報道などいろいろなことがあってからだいぶ時間がたっていますが、まだ少し怖れを抱いている方がいるというのもありますし、先生からお話がありましたように、コロナで全体的に医療機関とか、公共の場への受診の差し控えがけっこう強く働いているかなと思っています。
 池脇 対象となる小学校6年生から高校1年生ではなくて、年齢層としたらやや上の人たちに対してのHPVワクチンの有用性の質問をいただきました。1つ目は、子宮頸がんの異形成を発症していて、そういう場合でもこのワクチンは効果があるのでしょうかということですが。
 森定 多くの医師も期待したいところなのですが、このHPVワクチンは、基本的に予防ワクチンです。HPVが初めて体に感染するのをブロックするための中和抗体による細胞性免疫を作るためのものですので、おそらく異形成を発症しているという段階で子宮頸がんの前癌病変が存在しています。がんの発生には9割以上、HPVがかかわっているといわれていますので、そういった方に予防ワクチンを打っても、残念ですが、病気の退縮効果は得られないと考えられています。今のは予防ワクチンの話ですが、治験やパイロット的なスタディでは治療のためのワクチンもどんどん開発・研究されていると聞いています。今話題にしているHPVワクチンはあくまで予防ですので、形態異常を起こして異形成になっている方の退縮効果や治療効果は、まず期待できないと考えていいと思います。
 池脇 2つ目の質問ですが、中高年への適応は何歳ぐらいまででしょうか。結婚しているかどうか、あるいはパートナー、そういうものでも健康寿命の延伸、性の多様化で患者さんの希望が様々あり、もし中高年の方から相談があった場合に、積極的にこのワクチンを勧めるべきでしょうかということです。この質問の意図を含めて解説をお願いします。
 森定 HPVの予防ワクチンということでしたが、HPVの遺伝子型は今200種類以上あるといわれていて、中でも特に発がんにかかわるのが16型、18型といわれています。HPVワクチンの対象としている型が、2価のワクチンが16型・18型、もう1個、現在予防接種で使用できるワクチンは、16型・18型に良性病変の尖圭コンジローマの原因ウイルスである6型・11型を足した6型・11型・16型・18型の4価のワクチンです。予防する効果としては4価であれば4つの型、2価であれば16型と18型ということになります。質問の状況としては、中高年になられて、性交渉がある状況と考えます。ご存じかもしれませんが、一般女性は、一生の間に80%の人は必ず何らかのHPVに感染する。その多くは自然に検出感度以下になって、病気などを起こさずに治っていくというか、なくなっていくと考えられています。その中でもし中高年になっても16型・18型にはかかっていない状態であると、16型・18型をターゲットにした予防ワクチンの意味はあるのではないか。こういった意味で質問されているのかと思います。
 ただ、現実的にいきますと、通常の性交渉があって、中高年になっていますと、おそらく幾つかのHPVタイプには感染して、それが自分の抗体で抑えられている状態にあると考えられます。その方が16型・18型にまだ未感染、ナイーブであるかを証明するのに、保険適用でできる検査がないというのが現実です。抗原がなくても抗体があるかどうかを調べなければいけませんが、それも不可能ということを考えると、もしかしたら16型・18型ナイーブであれば効果はあるかもしれませんが、初交前の12~16歳と比べれば、その効果はかなり限定的です。質問の最後にある「積極的に勧めるべきでしょうか」と書いてある、その点かなと思うのですが、我々としては特に積極的には決して勧めない。どうしてもという場合にようやく考えるかどうかという状況かと思います。
 池脇 確かに打つ対象に多少例外的なものがあるかもしれないけれども、基本的にはこのHPVワクチンというのはまだウイルスに未感染の若い女性が対象という考え方でよいですね。
 森定 そうですね。海外のワクチン、スウェーデンなどのデータでも、17歳未満に打つと、がん予防効果は88%という数字が出るのですが、20代、30代となってくると、30~50%程度と下がってくるといわれています。やはり初交前の女性に打つのが極めて効果が高いし、それ以上の年代になってくると効果は限定的になってくると考えられています。
 池脇 ワクチンをきちんと打てば、子宮頸がんは予防できると思う一方で、いろいろなものを見ますと、子宮頸がんの予防というのはワクチンだけではなくて、子宮頸がん検診を併用するとよく見るのです。これはどうしてなのでしょうか。
 森定 先生のご理解のとおり、ワクチンだけで子宮頸がんを予防できるかといいますと、今申し上げた16型・18型以外の型で発がんすることもないわけではないこともありますし、ワクチンが接種されても、抗体がつくかどうかも100%ではない。世界でもおそらく現状ではワクチンだけですべて子宮頸がんを予防できるとは思っていません。ワクチンと、さらに受診率の高い効率的な子宮頸がん検診を組み合わせることで初めて子宮頸がん予防としての完成形が見えると考えられています。
 池脇 子宮頸がん検診というのは何歳以上の女性で、具体的にはどういう内容なのでしょうか。
 森定 今日本で自治体のいわゆる公的な検診として行われているのは、20歳以上、2年に1回、子宮頸部の細胞診で検診することが国として定められている検診になっています。現状、HPV感染が子宮頸がんの原因になっていることがわかっているので、HPV検査を子宮頸がん検診に入れてはという動きが強くあり、ちょうどアカデミアを含めて熱い話題になっています。海外では、オーストラリアなどHPVワクチンを打ち、子宮頸がん検診も細胞診ではなくてHPVを調べるという方法に切り替えている国もあります。
 池脇 日本はHPVワクチンを普及させようと頑張っている中で、子宮頸がん検診の普及率はどういう状況なのでしょうか。
 森定 現在は細胞診で行っているのですが、だいたい受診率は対象年齢の40%ぐらいと報告されています。これも海外は70%、韓国では60%という数字も出ていますので、それらと比べると低い数字というのは、やはり不安になるところです。
 池脇 この目的は、がんの前段階、先ほど異形成など出ましたが、そういう早い段階で見つけて早期に介入・治療するということなのでしょうか。
 森定 おっしゃるとおりで、子宮頸がんの場合、HPVの感染が起こって、一過性感染ではなくて持続感染になって、前癌病変ができて、がんになるまでけっこう時間がかかります。自然史が比較的わかっているがんで、突発的にできるものではなさそうと考えられているので、そもそもワクチンで感染を抑えればいいのではないか、感染して形態異常が起こったとしても、初期の段階で検診で見つけて刈り取ってしまえばいいのではないかと、ワクチンや検診に適したがん種といういい方もできると思います。
 池脇 2年に1回の検診で、ちょっと異形成があるかな、がんではないけれども異常所見があるとなってくると、例えば検診を毎年にするなど、どのあたりでさらに詳しい精密検査に持っていくのでしょうか。
 森定 実際、がん検診は、病気になられた方は対象にしないのです。子宮頸がん検診で引っかかって、精密検査をして異形成などが見つかると、これは保険診療として、つまり医療機関の医師が軽度異形成とか中等度異形成をフォローしていくかたちになります。あくまでがん検診を受診される方は病気がない前提でかかっていただくのです。
 池脇 何か異常があったら、それは子宮頸がん検診のサイクルから外れるということですね。ありがとうございました。