齊藤 成人の成長ホルモン分泌不全についてうかがいます。
まず原因疾患は、どういうものが多いのでしょうか。
吉田 まず小児におきましては特発性が多いのですが、成長ホルモン分泌不全性低身長症、そこから成人になっても成長ホルモンの分泌不全症が持続している方がいます。それとはまた別に、成人になってから成長ホルモン分泌不全症を発症される方もいます。その場合は間脳下垂体疾患、特に下垂体腫瘍が一番多いといわれていますが、特発性や、放射線治療で下垂体に放射線を当てた場合、外傷、シーハン症候群、そういったものも成人の成長ホルモン分泌不全症の原因として知られています。
齊藤 最初に小児からお話をうかがいますと、小児で成長ホルモンが足りないための低身長症の場合には、注射をしていくのですね。
吉田 はい。
齊藤 そういった子どもたちが大人になっていくにあたり、背を伸ばす注射をあるところまでやって、その後はどうなりますか。
吉田 小児では、背を伸ばすのが一 番大きな目的で成長ホルモンの製剤が使われると思うのですが、実は小児期だけではなくて、大人になっても成長ホルモンは非常に重要で、脂質や糖、蛋白質、そういった体の代謝の調整をする重要な役割があることを知っておいていただきたいと思います。
齊藤 背があるところまで伸びて、当初の目的は達成されたけれども、そこで終わらないで、その後を考えるということでしょうが、その場合にどういった対応をするのでしょうか。
吉田 まず小児期の低身長症で成長ホルモンを使われていた方は、成人期に移行しようかというときにだいたい1カ月かそれ以上ぐらい、少し薬を休んでいただいて、もう一度分泌刺激試 験を行います。そこで重症の成人の成長ホルモン分泌不全症という診断がされたら、そこからまた成長ホルモンの補充再開を検討するという流れになります。
齊藤 どういった刺激試験をするのですか。
吉田 成人では主にGHRP2刺激試 験というのが用いられますし、あとはインスリン低血糖試験(ITT)というものもよく行われます。一番簡便で外来でも実施可能なのがGHRP2刺激試 験で副作用も少なく、1時間ぐらいで終わる検査です。
齊藤 その間に15分ぐらいごとに成長ホルモンを測って、その値で重症かどうかを確定するのですか。
吉田 はい。この病気は難病に指定されているので、その基準に沿って重 症の成長ホルモン分泌不全症かどうかを診断しています。
齊藤 もう1グループとして下垂体の病気がありましたが、この場合は成長ホルモン低下に加えて、ほかのホルモンはどうなっていくのでしょうか。
吉田 成人期における間脳下垂体の疾患で成長ホルモンが低下する場合は、単独というよりも、ほかの複数の下垂体ホルモンの低下と同時に起こってくるのがほとんどです。例えば、ACTHやTSHといったホルモンの不足症を合併していることが多いので、まずはそちらの下垂体機能低下症から診断することが多いです。
齊藤 副腎不全、あるいは甲状腺機能低下症などが目につくのでしょうが、そういったホルモン補充に加えて成長ホルモンの補充を行っていくということですか。
吉田 そうですね。そこを見逃さないように十分検査をして、患者さんにも説明して、できたら成長ホルモンの補充を検討していくという流れは非常に重要です。しかしながら、診断がついていても、成長ホルモンの補充というのは病院で打つ注射ではなくて、ほぼ毎日の自己注射なのです。今まではそれがホルモンが低下していても補充が行えない大きなハードルになっていました。
齊藤 毎日自己注射で、お子さんの場合には家族がやって、それで背が伸びると、きっと目に見えていいことがあるのでしょうが、大人の場合にはなかなかその辺が実感できないので、毎日の自己注射は困るということが多かったのでしょうか。
吉田 成長ホルモンの分泌が低下するとどういう症状が起こるかといいますと、疲れやすい、やる気が出ない、見た目に関しては内臓脂肪が増えていって筋肉量とか骨量が減る。そうした体組成の異常が起こってくるのです。しかし、そういうものは漠然とした症状で、成長ホルモン分泌不全症に特徴的、特異的ではないため、患者さんも必要性をなかなか感じられず、二の足を踏むケースが多くあります。しかし、実際にホルモンを補充してみるとその効果を実感されて、ホルモンを投与してよかったと感じる方が多いようです。
齊藤 一般的に注射製剤には抵抗感がある方が多いですね。
吉田 非常にそれが多くありました。
齊藤 注射製剤に関しても進歩があるのでしょうか。
吉田 2021年末に長時間作用型の成長ホルモンの製剤が新しく出まして、週1回の自己注射でよくなったのです。これをきっかけに、今まで毎日の自己注射はとても無理だったけれども、週1回であればできるかも、ということで開始される方もいましたし、連日はたいへんだったので、週1回になって本当にうれしいといって喜ばれている患者さんもたくさんいます。
齊藤 非常にメリットがあるということですが、あくまでも成人では重症に限るのですか。
吉田 はい。さらにこの注射は値段が高いので、難病の指定を取らないとなかなか医療費の負担が高いのです。重症の成人の成長ホルモン分泌不全症に対して、難病の対象となっています。
齊藤 成長ホルモン補充で、禁忌あるいは副作用はいかがでしょうか。
吉田 まず成長ホルモンの製剤は、投与の最初の頃に浮腫や関節痛、頭痛といった症状が見られやすいといわれています。しかしこれは少量から始めることで軽減できますし、感じないという患者さんもたくさんいます。禁忌に関しては、悪性腫瘍のある患者さん、妊婦も禁忌です。
齊藤 糖尿病に関して話題になっているようですね。
吉田 以前は成長ホルモン製剤の禁忌として糖尿病の方というのがありました。それに関しては、糖尿病があっても成長ホルモン製剤は安全に使えると海外のガイドラインにあったので、日本でも禁忌を外してほしいという動きがあり、今年の初めから成長ホルモン製剤の糖尿病の禁忌が外れています。
齊藤 糖尿病のある人は別の手段で糖尿病をコントロールしながらということですか。
吉田 成長ホルモンは抗インスリン作用があるので、糖尿病が悪化する可能性は十分ありますが、きちんと糖尿病の治療をしながらであれば成長ホルモンの補充も十分に可能であることから禁忌が外れたと聞いています。
齊藤 この治療をされる方は自己注射を週1回行うことで体の状況を保っていくのですが、治療の期間、治療の目安はどうなりますか。
吉田 まず注射を始めるときは少しの量から開始し、症状あるいはIGF-Ⅰ(ソマトメジンC)の値を見ながら量を調節していくのですが、患者さんのQOLの変化を一番最初に私たちは実感しますし、患者さんも喜ばれるところです。それがだんだん改善していったら、内臓脂肪、脂肪肝のぐあい、筋肉量、骨量などを見ながら治療していくのですが、当然補充をやめると、またそれが元に戻ってしまいます。ですので、成長ホルモンが下垂体の病気などで足りない方は、生涯にわたって何らかの成長ホルモンの補充をずっと続けていくことが現時点の治療方針になります。
齊藤 どうもありがとうございました。
日常臨床にひそむ内分泌疾患と最近の話題(Ⅳ)
下垂体⑥ 成人期における成長ホルモン分泌不全症と治療
国立病院機構四国こどもとおとなの医療センター臨床研究部長
吉田 守美子 先生
(聞き手齊藤 郁夫先生)