槙田 有馬先生、今回のテーマは、ADH分泌異常症です。まずADH、AVPともいわれる抗利尿ホルモンについて簡単に教えてください。
有馬 ADHは視床下部で合成された後に下垂体後葉に運ばれて、必要に応じて血液中に分泌されるホルモンです。そして、腎臓の集合管に発現するADHの受容体に作用して水の再吸収を促します。
槙田 ADHが出なくなる病気、中枢性尿崩症の診断や治療のポイントについて教えてください。
有馬 中枢性尿崩症は全国でも数千人しかいない希少疾患で、患者さんは非常にのどが渇く、あるいは尿がたくさん出るという訴えをします。一方で日常診療で口渇や尿量が増えるということを訴える患者さんは少なくありません。そうした中で、中枢性尿崩症かどうかを判断しないといけないのですが、中枢性尿崩症の患者さんの典型例では、5Lの水、あるいは10Lの水を飲んで同量の尿を排泄します。したがって、尿量と飲水量がほぼ同等であることを考えて、患者さんが1日にどれぐらいの水を飲むかを診察のときにお聞きするのがいいのではないかと思います。
すなわち、食事のときの水分摂取は別にして、水分摂取が1日に1、2L程度であれば中枢性尿崩症の可能性はほとんどないと思います。しかし、水分摂取が3、4L、あるいは5L以上ということであれば、これは多飲多尿ということになりますので、中枢性尿崩症を疑って検査を進める必要があります。
槙田 糖尿病でも多飲になると思うのですが、この鑑別はどのようにすればよいでしょうか。
有馬 多飲多尿をきたす疾患として一番頻度が高いのは、当然糖尿病ですが、尿の検査で尿糖が(-)であれば、仮に糖代謝異常が潜んでいたとしても、多尿になることはまずないので、尿検査で尿糖を確認することが鑑別の第一歩になると思います。
槙田 中枢性尿崩症は普段あまり拝見することがないのですが、中枢性尿崩症の原因はどのようなものがあるのでしょうか。
有馬 中枢性尿崩症は、MRIが診断のためのツールとして使われるようになって、その原因がわかるようになってきました。最も多いのは腫瘍です。続いて炎症性疾患になるのですが、それでも原因がはっきりしない特発性の中枢性尿崩症もあります。ですから、MRIを撮って、視床下部に異常があるかどうかを判断することが非常に重要です。
槙田 そうやって中枢性尿崩症と診断された患者さんにはどのような治療があるのでしょうか。そして、注意点等教えていただけますか。
有馬 パソプレシンあるいは、ADHというホルモンは血液中での半減期が10~15分と非常に短いため、このホルモン自体を投与しても、すぐ分解されてしまいます。ですから、そのホルモンと同じ作用を持った薬、アゴニストであるデスモプレシンを投与して尿量をコントロールすることになります。
槙田 デスモプレシンにはいろいろな剤形があるようですが、今一番繁用されているものは何でしょうか。
有馬 デスモプレシンはペプチドなので、経口剤では効きにくいのではないかとずっと考えられていましたが、今は口腔内崩壊錠という剤形の経口剤がわが国で使われるようになりました。これが使われるようになる前は、経鼻薬でしか治療ができなかったのですが、口腔内崩壊錠が使われるようになって、今は多くの患者さんが経鼻製剤から経口製剤のほうにシフトしてきました。
槙田 ホルモンはすごく微量な濃度で作用すると思いますが、たくさん使い過ぎてしまったときの問題点などはあるのでしょうか。
有馬 デスモプレシンに関しては、たくさん使っても、その作用時間が長くなるだけで、少量でも、多く投与しても、それほど抗利尿作用自体には変化はありません。ですから、少し多めに投与しても大丈夫です。ただ、その場合は効く時間が長くなり、今までだったら1回投与するとその効果が6時間だったのが8時間になったり、10時間になったりする。そんな違いが生じます。
槙田 もし長く効いてしまって、ずっと効き過ぎてしまった場合に起こる問題点はあるのでしょうか。
有馬 のどが渇いた時に水を飲むようにしているのであれば大きな問題は生じないのですが、中枢性尿崩症の患者さんは大量の水を飲むことに慣れているので、治療が始まっても、つい習慣的に水を飲んでしまうことが起こりえます。したがって、デスモプレシンがしっかり効いているときに大量の水を飲んでしまうと、その水は尿として出ないで、体にたまってしまい、結果として低ナトリウム血症になってしまうので注意が必要です。
槙田 その低ナトリウム血症ですが、今度は逆に抗利尿ホルモンが出てしまう病気、SIADHの診断、治療のポイントについてうかがえますか。
有馬 ADHというホルモンは本来は血漿浸透圧を一定に保つ、すなわち血清ナトリウム濃度を一定に保つために分泌されたり、あるいは分泌が止まったりするホルモンですが、血漿浸透圧あるいは血清ナトリウム濃度の上昇以外にもADHの分泌刺激があります。それは例えば血圧低下や必ずしも嘔吐を伴う必要はないですが、吐き気があるときにADHが下垂体後葉から分泌されます。この分泌自体は血清ナトリウム濃度を保つために出ているわけではないので、この状態で例えば水を大量に飲んでしまう、あるいは補液がされてしまうと、このADHの上昇のもとで入ってくる水はそのまま体に保持されてしまい、結果として低ナトリウム血症になる。これがいわゆるSIADHの病態です。
槙田 低ナトリウム血症は、入院患者さんでも多く経験しますが、どのような症状が生じるのでしょうか。
有馬 入院患者さんが外来患者さんよりも低ナトリウム血症が多い一番の理由は、入院患者さんは体調が悪くて病院にいるので、その状態で補液がされるからです。そういう体調不良のときにこのADHがしばしば出てくるので、そうするとどうしても補液によって低ナトリウム血症をきたしやすくなります。低ナトリウム血症も、例えば本来の正常の血清ナトリウム濃度が138 mEq/Lぐらいだとすると、130mEq/Lの前半ぐらいまでは多くの場合、ほとんど症状はないのですが、130mEq/Lを切るぐらいになると患者さんは少し気持ち悪くなったりします。そうなると悪循環で、吐き気によってADHが出て、さらに低ナトリウム血症が進んでしまう。したがって、吐き気、あるいはふらつきといった脳浮腫の状態の症状など、こうしたものがさらなる低ナトリウム血症を進めてしまうことが起こりえます。
槙田 SIADHの治療として生理食塩水を入れれば良くなりそうですが、なぜ低ナトリウム血症は良くならないのでしょうか。
有馬 今お話ししたように、SIADHというのはそもそも体に水をためようというアクション、その反応なのです。例えば、嘔吐が生じるということは、生体は脱水状態に向かっているのです。その状態でADHが出るということは、水を何とか保持して脱水から体を守ろうとしているのです。しかし、現代ではそうした状態では補液がなされる。つまり体に水が入ってくるものですから、ADHの作用がそこで低ナトリウム血症に向かわせてしまうのです。ですから、補液がなければ、これほど入院中の患者さんで低ナトリウム血症の頻度が高くなることはないのです。病態を良くしようとして行う補液が結果として低ナトリウム血症になっていると考えています。
今回の質問、確かに生理食塩水の濃度(154mEq/L)を考えれば、血清ナトリウム濃度が120mEq/Lの人に生理 食塩水を入れれば、これが水溶液の反応なら、120mEq/Lより上昇するはずですが、実際にはSIADHの病態は体の中の水分量、循環血液量の増加を伴います。したがって、そこにさらに生理 食塩水で循環血液量を増やしてしまうと、ナトリウム利尿が生じて、結果的にナトリウムが外に尿として出てしまう。したがって、むしろ生理食塩水では低ナトリウム血症が進行してしまうことになります。
槙田 そうすると、根本の治療はやはり出すぎてしまっているADHの作用をブロックすることだと思います。わが国でもトルバプタンというバソプレシン受容体拮抗薬が使えるようになったので、それを使うときの注意点について教えていただけますか。
有馬 低ナトリウム血症の治療というのは、通常、早く脳浮腫状態から解放したいというのと、もう一つは急激に低ナトリウム血症が補正されてしまうと脳に障害を与えてしまう、いわゆる浸透圧性脱髄症候群が起きてしまうという中で、慎重にナトリウムを補正する必要も同時にあるわけです。トルバプタンを使うと、バソプレシンの作用をブロックするわけですから、急速にナトリウムが上昇する可能性があります。実際に使ってみると、最初の4時間あるいは8時間でナトリウムが数mEq/L上昇することもまれではありません。ですから、この薬は入院した状態で使わないといけないのですが、入院下でこの薬を使ったときには、血清ナトリウム濃度をしっかりモニターする。そして、血清ナトリウム濃度が上昇してしまったら、例えば5%のブドウ糖の補液を開始する、あるいは患者さんに飲水を促して、血清ナトリウム濃度の急激な上昇を防ぐことが必要になってきます。
槙田 どうもありがとうございました。
日常臨床にひそむ内分泌疾患と最近の話題(Ⅳ)
下垂体⑤ ADH分泌異常症としての中枢性尿崩症とSIADH
名古屋大学糖尿病・内分泌内科教授
有馬 寛 先生
(聞き手槙田 紀子先生)