ドクターサロン

 池田 小沢先生、まずブルーライトとはどのようなものなのでしょうか。
 小沢 ご存じのように、光には紫外線、可視光、赤外線などがありますが、可視光の中でも波長によって青から赤までいろいろな色を呈します。可視光の中で一番波長の短い光をブルーライトと呼んでいます。
 池田 我々が見ている青っぽい光の一部ということなのでしょうか。
 小沢 そうなります。
 池田 ブルーライトというのはなぜ注目されているのでしょうか。
 小沢 ブルーライトは可視光の中でも波長が短いので、エネルギーが強いことが知られています。ですので、ブルーライトに当たり過ぎると強いエネルギーを受けて、眼の組織がダメージを受けるのではないかと昔からいわれていました。さらに、最近はやっているLEDが含む波長はブルーライトが多いことがわかっていて、注目されるようになったと思います。
 池田 LEDでできているといいますと、スマホやコンピューターなどでしょうか。
 小沢 はい。ただ、ヒトのデータというのがあまりなく、これらによりヒトがどれぐらい影響を受けるかはまだよくわかっていません。それに、光源となるスマホやパソコンのディスプレーとの距離によっても受けるエネルギーが変わるので、そのあたりも含めてまだわからないところが多いです。
 池田 歴史的に長い研究が行われているそうですが、どのような研究がされているのでしょうか。
 小沢 動物実験が主だと思います。例えば、特に白い色のマウスですと、光にもともと弱いということが知られているので、アルビノという白いマウスをケージに入れて、蛍光灯もしくはLEDを当てるという実験がよく行われます。そのケージは全面鏡張りになっていて、非常に明るくできるのが特徴です。それによる網膜のダメージを、細胞がだんだん減っていくといったことを指標に評価します。
 池田 イメージとしては、アルビノマウスは1日のうち何分かその箱に入れて光を浴びせて、それを何日か繰り返すというかたちなのでしょうか。
 小沢 2通りありまして、急性期モデルが主に汎用されていると思います。急性期モデルですと、1回1~2時間当てただけでも網膜がダメージを受けるという実験系があり、その際は2,000~3,000ルクスという光の強さです。例えばお部屋にある蛍光灯をじっと見つめているとそれぐらいのルクスになるといわれていますので、そのぐらいの強い光を2時間見続けている実験系になります。
 もう一つは慢性期の実験系で、もっとずっと弱い光を、1日何時間、何週間か当てるという実験系も見たことがありますが、なかなか時間のかかる研究になってしまうので、多くはなされていないと思います。
 池田 人間の場合に置き換えてみて、蛍光灯をずっと2~3時間眺め続けるというのは現実的ではないですよね。
 小沢 そうですね。
 池田 このルクスの強さをスマホやパソコンに置き換えるのはなかなか難しいと思いますが、イメージとして1日スマホを何時間見続けて、何日ぐらいでといった換算はできるのでしょうか。
 小沢 今のところそれはできていません。ただ、ゲームを毎晩、何時間もやっていた人の網膜の細胞がダメージを受けたことが、機能的、そして解剖学的に証明されたという症例報告があります。パソコンやスマホで何事も起こらないとは言い切れないところはあります。
 池田 そういう症例報告があるのですね。
 小沢 はい。
 池田 網膜のダメージとおっしゃっていますが、どういうことが起こるのでしょうか。
 小沢 視細胞(光を受け取る細胞)に対するダメージが一番強く出るようです。どの実験系で見ても、視細胞の数が減ったり、視細胞の外節という部分にあるロドプシンで光を受容するのですが、その外節が欠損したり、短くなったりするという結果が出ています。
 池田 ということは、光に対する感度が下がるということなのでしょうか。
 小沢 そのとおりです。
 池田 患者さんは、どんな自覚症状を訴えるのでしょうか。
 小沢 真ん中が見づらくなったといって来院されて、幸いにもその後、ゲームをやめたせいかどうかわかりませんが、自然軽快したという報告でした。
 池田 視野中心部が暗くなるということなのでしょうか。
 小沢 そうです。ある程度以上いくと、もしかすると不可逆かもしれません。
 池田 怖いですね。毎日何時間もゲームをやらないほうがいいのですね。その場合、変化が徐々に来ると思うのですが、急に見えなくなったとか、そういうことなのでしょうか。
 小沢 ヒトでそのような慢性の場合には多分ゆっくり来ているのだと思いますが、ヒトは両眼で見ているので、左右のダメージに差があり、片眼だけ先に悪くなっているような場合にはなかなか気がつかず、かなり進行してから来院する場合もあるのではないかと推察します。
 池田 黄斑変性症などでも視野が悪くなっているほうの視力を健康なほうの眼が補ってしまうので、あたかも疾患になっていないような感じで見えるそうですね。
 小沢 はい。よくあることです。ですので、片眼ずつ隠して、片眼で見てみることをしてみないと、なかなか早期発見は難しいと思います。
 池田 動物実験中心の研究ですが、一部症例報告もあるので、ブルーライトの過剰、強烈な曝露は眼に悪いのではないかと、今考えられているのですね。
 小沢 はい、そうです。
 池田 質問の眼精疲労というのは、ブルーライトでそういうのを感じて訴えてこられる方がけっこういらっしゃるのでしょうか。
 小沢 実際にはブルーライトでというよりは、ディスプレーを見ていてとおっしゃる方が多いです。ただ、ディスプレーを見ていて起こる眼精疲労は必ずしもブルーライトのためばかりではなくて、ずっと眼を見開いているがためのドライアイなどもありますし、老眼が始まってくればそのせいもあるので一概にブルーライトのせいとはいえないかもしれません。
 池田 眼精疲労というのは他覚的に評価することができるのでしょうか。
 小沢 論文上では自覚症状をスケール化したり、あるいはフリッカーを見て、その値を測定したりといった臨床研究が行われていますが、日常診療にそれが導入されているわけではないと思います。
 池田 なかなかこういう自覚的なものを定量化するというのは難しいですよね。眼精疲労の診断というのはどのように行うのでしょうか。自覚症状だけなのでしょうか。
 小沢 自覚症状が主だと思います。一番患者さんが気にされるのは治療できるかどうかというところだと思いますので、私たちの診るポイントとしてはドライアイがあるかどうか。これは比較的客観的に診察することができます。あとは、老眼や屈折異常がないか、その2つは押さえておく必要があると思っています。ブルーライトはなかなか定量することもできませんし、その臨床研究はあまり見たことがありません。
 池田 でも、眼鏡屋さんに行きますと、「コンピューター画面を見るのだったら」などといってブルーライトカットメガネを販売していますが、これに関するエビデンスはあるのでしょうか。
 小沢 今のところ、ヒトでのエビデンスはほとんどないと思います。ブルーライトによるヒトの眼への影響というのも、論文ベースで見るとほとんどないと思いますし、それに対するメガネの効果というのもわかっていないと思います。
 池田 もし臨床研究をするならば、幾つかあると思います。例えばブルーライトをつけて仕事をする人たちとつけないで仕事をする人たち、あるいは左右どちらかのほうにブルーライトカットメガネをつけて、片方はつけないなどがあると思いますが、そのような治療研究は行われていないのでしょうか。
 小沢 私が調べた限りでは見たことがないです。
 池田 ということは、現時点で勧められているブルーライトカットメガネというのはエビデンスが今のところない、今後研究が進めばという状態でまとめてよいでしょうか。
 小沢 ブルーライトカットといいましても、ブルーライトだけを本当にカットしているのか、あるいはどれぐらい、何割カットしているのかといったことは、眼鏡の素材や色によっても違うと思いますし、その辺の規制もまだできていないと思います。また、疾患や眼精疲労も含めて、長期的な眼のダメージをわざわざ作って、予防できるかどうかを検証するといった実験は倫理的にヒトではできないと思うので、なかなかエビデンスが出にくい分野ではないかと思います。
 疫学調査などでは調べているところはありますが、その疫学調査でブルーライトをどれぐらい受けたかは測定できていないと思いますので、まだまだ課題があると思います。
 池田 最初に戻ってしまいますが、ブルーライトは悪いことばかりいわれていますが、いい面はないのでしょうか。
 小沢 もちろんあります。もともとブルーライトは太陽光に含まれていますし、私たち人類はそれを浴びるべくして進化してきたと思いますので、ブルーライトが必要なときもあります。殊にサーカディアンリズムを作るのにブルーライトが必要だといわれていて、朝起きてブルーライトを含んだ光を浴びることは1日の重要な始まりを作るということも知られています。ずっとカットしていれば、ずっとブロックしていればいいということでは全くないと思います。
 池田 動物としての進化の過程でサーカディアンリズムにブルーライトも必要ではないかということですね。
 小沢 そうです。
 池田 ありがとうございました。