山内 腹圧性尿失禁は昔から話題になることが非常に多い病態の一つと思われます。女性の尿失禁は腹圧性と切迫性に大きく分けられると思いますが、この2つが合併することもあるのでしょうか。
巴 ありますね。まず40歳以上の女性の44%は尿失禁を経験したことがあるといわれているのですが、その中でも約50%が腹圧性尿失禁といわれています。そして約20%が切迫性尿失禁なのですが、残りの約30%は腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁を併せ持った混合性尿失禁なので、両方を合併している方はたくさんいらっしゃいます。
山内 これと、よくこのあたりで話題になる過活動膀胱は、また別の概念なのでしょうか。
巴 そうですね。今は尿失禁を中心にお話ししましたが、切迫性尿失禁を起こす原因の一番主なものが過活動膀胱です。膀胱炎や膀胱がんでも切迫性尿失禁を起こすことはありますが、その場合は原疾患を治療することになります。ですから、そういった原疾患がなく切迫性尿失禁を起こす場合は、ほとんどが過活動膀胱が原因ということになります。過活動膀胱の約半数で切迫性尿失禁を伴うのですが、男性では41%、女性では64%で切迫性尿失禁を伴います。
山内 腹圧性と切迫性、この2つは容易に鑑別できると考えてよいでしょうか。
巴 我々は容易に鑑別できますが、やはり問診が重要になってきますので、詳細を患者さんにうかがわないといけません。まず腹圧性尿失禁は、腹圧というぐらいですから、咳やくしゃみや運動をしたときに腹圧が上がることによって、尿道の内圧よりも膀胱内圧が上がれば漏れてしまう、そういう状態をいいます。切迫性尿失禁は過活動膀胱が主な原因ですから、過活動膀胱の尿意切迫感、すなわち急に尿意が起きトイレを我慢できない状態になってあわててトイレに行くものの、トイレの直前や下着をおろしている最中に間に合わず漏れてしまう。それが切迫性尿失禁なので、そこをよく聞き取らないと治療が違ってくることになります。
山内 わりに微妙なニュアンスもあるので、例えば患者さんが話す言葉についても聞き取りに注意を要するところがあるのでしょうね。
巴 患者さんはご自身でも腹圧性尿失禁なのか、切迫性尿失禁なのかをわからずに受診されている方も多くて、「とにかく私、尿が間に合わないんです」とおっしゃる方がたくさんいらっしゃいます。そうすると医師は、「えっ、間に合わない。ということは過活動膀胱、切迫性尿失禁」と思って、過活動膀胱治療薬を処方することになりがちなのですが、それが急な尿意なのか、あるいは咳とかそういうイベントのときに漏れているのかを聞き出す、聞き取る必要があります。
山内 間に合わないといっても、実は全然違うものということですね。実際に腹圧性のキーワードである咳やくしゃみといったもののほかに、どういったものに注意すべきでしょうか。
巴 跳んだり跳ねたりとか、階段をおりるとき、あるいは青信号が急に赤信号に変わりそうになってあわてて走ったときとか、重い荷物をぐっと持ち上げた瞬間、あるいは高い棚の上のものに手を伸ばしたとき、そういったときに尿がピュッと漏れてしまうのが腹圧性尿失禁となります。
山内 そういったあたりを細かく聞いていくことで、だいたい鑑別ができるわけですね。
巴 そうですね。
山内 それ以外にも、例えばスポーツなどでそういった瞬間が出てくるかもしれませんが、このあたりはいかがでしょうか。
巴 軽症の方でも、重症の方でも、咳やくしゃみでは漏れないけれども、走ったり、テニス、ゴルフ、あるいはジョギングでも漏れることがありますし、またもっと重症になってくると、走ったときはもちろん、散歩で30分ぐらい歩いただけでも漏れる。あとは、自分のペースで歩いているときはそれほど漏れないけれども、イヌの散歩などをして、イヌにぐっと引っ張られた瞬間に漏れるとか、いろいろなケースがあると思います。
山内 細かく問診することがコツだということですね。
巴 そのとおりです。
山内 あと、肥満でというのがよくありますが、実際多いものと考えてよいのでしょうか。
巴 そもそもの原因は妊娠、出産などの骨盤底筋のダメージが多いのですが、ほかに肥満や便秘での力み、過重労働、加齢などがあり、肥満は非常に大きな腹圧性尿失禁のリスクファクターです。
山内 治療についてですが、その前に、生活指導を中心としたいわゆる訓練を推奨されていらっしゃいますね。
巴 腹圧性尿失禁は特に骨盤底筋訓練という、腟や肛門を収縮させたり、リラックスさせたりする筋力アップの訓練が有効で、実際に3カ月ぐらい毎日続けていると、7割ぐらいの人が改善した実感を得られるという論文や報告が多数あります。ゆっくり十数秒かけて腟や肛門をぎゅうっと収縮させ、またゆっくりリラックスさせるのを10回行う。これを1セットとして、だいたい1日に5セットぐらい。できればゆっくりと収縮させたり、リラックスさせたりするのに加えて、キュッ・バッ、キュッ・バッと、素早く腟や肛門を動かすことも10回ぐらい、同時に行っていただくとよりよいのですが、5セットですから50回やるのはなかなかたいへんです。
山内 いつでもいいから、できるときにやる、ということでよいのですね。
巴 そうですね。ご自身がやりやすい時間帯を見つけて、バスや電車に乗っているときにつり革につかまりながらとか、あるいは電車に座っているときとか、あとは寝起き、寝る前など、ご自身の生活の中に取り入れて無理なくやっていく、続けていくことが必要だと思います。
山内 根気よくということですね。
巴 根気よくですね。
山内 尿意を我慢することがよく取り上げられますが、これはいかがでしょう。
巴 尿意を我慢するというのは、過活動膀胱や過活動膀胱から来る切迫性尿失禁には有効な方法で、急におしっこに行きたくなっても、すぐに行ってしまうのではなくて、少し我慢をしてからトイレに行くようにする。その我慢の時間をだんだん延ばしていくのが必要です。これは膀胱訓練と呼んでいますが、腹圧性尿失禁では尿意を我慢する必要はないです。
山内 さて、そういった訓練ですが、根気もいるし、実際の効果のほうも長期的に見ないと難しいのでしょうね。
巴 そうですね。妊娠、出産などのダメージがどのぐらいあるかは人それぞれですし、またどこまで筋力アップできるかは、これまた人それぞれですから、とりあえずやってみていただく。効果に対して自身が満足できるかどうかは人によって違ってくると思います。
また、肥満の方は減量するのも非常に有効な治療法なので、骨盤底筋訓練をしながら、太られている方は同時に減量もしていただくと、かなり有効だと思います。
山内 減量もかなり効果があるのですか。
巴 減量効果のほうがむしろ即効性があるかもしれないですね。ここ半年、1年で3㎏程度太ってしまったというような方は、太ることによって尿失禁が悪化していることが多いので、元の体重に戻るだけでも、元の尿失禁状態に戻ると考えられます。
山内 減量に対する有力なモチベーションにもなりうるのですね。
巴 はい。スタイルもよくなるうえに、尿漏れもよくなるということで、体重増加が腹圧性尿失禁の要因になっているという情報をまだご存じない方は、ぜひ減量していただくのが有効であることを、わかっていただけたらいいなと思います。
山内 さて、手っ取り早く薬を欲しいという場合はいかがでしょうか。
巴 もちろん薬も併用して骨盤底筋訓練等をやっていただくのはいいと思います。ただ、薬は対症療法ですので、有効だとしても、継続する必要があります。副作用は非常に少なく、指先の震えや少し脈が速くなる程度なのですが、人によって動悸が起きたり、吐き気や頭痛、あとはまれに血清カリウム値低下による筋力低下や不整脈が出る方がいるので、その場合はすぐやめていただいたほうがいいと思います。ただし、薬は軽症の人には効果がありますが、重症の人にはなかなか効果は出にくいです。
山内 重症の方に対してはいかがでしょうか。
巴 TVT手術とかTOT手術といった尿道の下に1㎝幅のテープを植え込む中部尿道スリング手術という手術がありまして(図)、この手術が非常に有効ですので、骨盤底筋訓練や飲み薬ではとても追いつかないような場合は手術をお勧めします。また重症でなくても、治療のゴールが運動することというような方の場合は手術をされたほうが、尿漏れがなく快適にスポーツができることになると思います。
山内 ありがとうございました。
女性の尿失禁
東京女子医科大学附属足立医療センター骨盤底機能再建診療部泌尿器科教授
巴 ひかる 先生
(聞き手山内 俊一先生)
腹圧性尿失禁の女性に対する治療・生活指導についてご教示ください。
福岡県開業医