ドクターサロン

 山内 前田先生、肛門の痛みですと、普通、裂肛や痔をイメージしますが、専門的にそのあたりを調べて異常がなかった場合、次に何を考えるかということですが、肛門挙筋症候群といったケースは多いものなのでしょうか。
 前田 非常に少ないです。直腸肛門痛を表すのは、先ほど先生がお話しになったように肛門疾患が一番多いのですが、ただ、炎症性腸疾患があったり、前立腺炎があったりするのです。前立腺炎は泌尿器科の病気ですが、実際、前立腺を診察するときは肛門から診察しますので、その辺を痛がりやすいです。
 山内 あと、尾てい骨が痛いという話もよくありますね。
 前田 そういう症状でいらっしゃる方もいます。
 山内 なかなか難しいかもしれませんが、まずはそういった鑑別をしていった中で、肛門挙筋症候群は先ほど少ないといわれた中では多いものなのでしょうか。
 前田 いいえ、やはり少ないです。ただ、痛みが非常にしつこいので、患者さんを診察される医師はなかなか苦労されることが多いと思います。
 山内 痛みの特徴はどういったものでしょうか。
 前田 ぼんやりした鈍痛もしくは直腸の奧の押されるような痛み、立位や臥位よりも座位で悪化するのが特徴的です。
 山内 排便による増強や誘発はありますか。
 前田 実際にはあまり言われていないですね。
 山内 特徴的な痛みはそういったあたりで、しかもしつこいのですね。
 前田 はい。慢性の痛みといわれていますから。実は直腸肛門痛を表す疾患というのは、機能性直腸肛門痛というように、機能性の消化管障害を規定するRomeⅣ診断基準、イタリアのローマの4番目のバージョンと理解していただくといいと思うのですが、そこで機能性の直腸肛門痛を定義しています。それには3種類あって、肛門挙筋症候群はそのうちの一つです。あとの2つも鑑別しなければいけないのですが、それは痛みの特徴が違います。持続時間や肛門診察で圧痛があるという異なる特徴があるので、それで機能性の直腸肛門痛を分けています。
 山内 具体的にはどういったものがあるのでしょうか。
 前田 機能性の直腸肛門痛の1つ目は肛門挙筋症候群、今お話ししているものになり、2つ目に非特異性の直腸肛門痛というものがあります。3つ目は、これは時々耳にする病気だと思いますが、消散性の肛門痛でこれは一過性の肛門痛です。肛門挙筋症候群は30分以上の継続する痛みや、繰り返す痛みというところで非常に違うため、ここでまず鑑別はできると思います。
 山内 消散性というのは消えて散るですか。そういう感じの一過性で、時々出てくるのですね。
 前田 はい。これはやはり痛いです。
 山内 さらにあるのですか。
 前田 もう一つの非特異性直腸肛門痛と、肛門挙筋症候群との痛みの特徴の違いは、肛門挙筋症候群は肛門指診を肛門挙筋、恥骨直腸筋あたりでやることがあるのですが、肛門をフックして恥骨直腸筋あたりを押さえると圧痛がある。ただ、非特異性の直腸肛門痛はその圧痛がないのが特徴なので、それでその2つの痛みを分けることができます。
 山内 ただ、さらに漠然としたところもあるような感じになりますね。肛門挙筋症候群に絞ると原因はどういったものが考えられるのでしょうか。
 前田 今の段階では基本的に原因不明とされているのですが、それに関連しているのは肛門挙筋の痙攣や肛門括約筋の収縮です。肛門静止圧というのがあり、肛門の圧力を測る機械で肛門の締まりぐあいを測ることができます。それが強く締まっていることが一つの関連とされていますし、もう一つは排便の協調運動障害と絡んでいるのではないかと考えられています。
 山内 協調がうまくいかないということでしょうか。
 前田 はい。肛門はcontinenceを保つために通常締まっているのですが、いきんで排便すると肛門は開くのです。人間は肛門を随意的に開くことができない。これは反射的に開くのです。その反射というのがいわゆる協調運動でそれがうまくいかない。時々便秘の患者さんでいきめばいきむほど肛門が締まってしまうという人がいるのです。そうすると、患者さんは便秘として来ますが、実は協調運動障害がベースにある。そういうものとも関連があるといわれています。
 山内 それはけっこう苦しい痛みになりそうですね。
 前田 そうですね。
 山内 実際の機能としては、先ほど少し出てきました、肛門挙筋の痙攣状態なのですね。
 前田 そう考えると理解しやすいと思います。
 山内 機能性の胃腸障害とも少しかぶるところがあるのですか。
 前田 そうですね。ですから、RomeⅣ診断基準では上部消化管はそういう部分の定義をしていますし、通常、食道や胃では、そういうものが一般的には知られています。頻度は決して多くはないのですが、直腸肛門の機能障害も、ある意味非常に典型的な一つと言っていいと思います。
 山内 この病態は、昔は放置されたかもしれませんが、自然に治るものだったのでしょうか。
 前田 いいえ、やはり痛みがしつこくて、原因がはっきりしていない。関連している病態はこうだろうとはわかっているので、原因がはっきりすると治療方法も出てくるのですが、それがわからないので、いろいろなことが試されています。ですから、治療方法としても、先ほどお話ししたような痙攣とか強い収縮、協調運動を改善するような治療方法になってくるのです。
 山内 具体的にはどのようなものが使われているのでしょうか。
 前田 ちょっと皆さんピンと来ないかもしれませんが、肛門の括約筋というのは吊られていますので、それを吊っている肛門挙筋をマッサージすると非常にいいとおっしゃる医師が多いです。本当に緊張を解く感じでやる。あとは、バイオフィードバック療法、バイオフィードバック訓練という、肛門を締めたり、リラックスしたりする運動を、筋電図とか圧力のモニターで見ながらトレーニングする治療方法があります。今の2つは緊張をとるという治療になりますし、あとかなりいいのは座浴です。お尻をお湯につけてしまう。私などはよく「ゆっくりお風呂に入ってください」とお話しするのですが、座浴は肛門の痛みに関してはかなりいいです。あともう一つは、緊張をとるという意味でジアゼパムなどの筋弛緩作用を使うこともあります。
 山内 何となくメンタルで症状が出るのかなというイメージもありますが、抗不安薬といったものはあまり効果はないのでしょうか。
 前田 患者さんによってはそれを使われる医師もいますし、使うこともなくはないです。ですが、肛門挙筋症候群の患者さんは痛みが辛いわけなので、抗不安薬でそれをとるのはちょっと順番が逆な治療になります。どうしてもそういう不安を持っていらっしゃる方には使うこともありますが、必ずしも治療薬として使うわけではないです。
 山内 バイオフィードバック療法の有効性はいかがでしょうか。
 前田 有効性というのはなかなか数字で出てきていないのです。ですから、どのくらい効くということははっきり言えないのですが、バイオフィードバック療法は効果があるという報告はかなり多いです。
 山内 マッサージはそれに比べると自分でもできると考えてよいのでしょうか。
 前田 慣れればできるのでしょうけれども、なかなか自分でお尻の穴に指を入れてマッサージするというのは難しいので、やはり医師のところに行って、肛門指診でマッサージすることになります。
 山内 少し長い目で付き合ったほうがいいというところもありますね。
 前田 おっしゃるとおりで、患者さんとも長い目で付き合っていかなければいけない病気だと思いますし、患者さんは、先ほどありましたように、抗不安薬などがどうかというぐらい、痛みに不安を持っています。ですから、実際に痛みに対してしばしば鎮痛剤を使うこともあります。
 山内 どうもありがとうございました。