山内
IgEの免疫反応のメカニズム的なものに関しての質問です。
なかなか難しい質問だと思いますが、クラススイッチによるIgE陽性B細胞云々というところをまず解説願えますか。
新藏
クラススイッチという言葉を多分多くの方があまり詳しくご存じないかと思います。いろいろな種類の抗体を作る可能性のあるB細胞が毎日骨髄で生まれるのですが、そのとき初めにB細胞の表面上にでき上がっている物質はIgMのかたちをしています。そのB細胞たちが骨髄から末梢まで血液中を循環するようになると、そこでいろいろなアレルゲンを含めた抗原に出会います。そこで刺激を受けるとクラススイッチを起こすのですが、そのクラススイッチで何ができるかというと、B細胞の表面に出ていたIgMというかたちの分子がIgGやIgE、IgAという、違う働きを持った抗体のもとになるかたちとしてB細胞の表面に出るのです。このことをクラススイッチといいます。
山内
それは何となく役割分担に似ていて、わかりやすいかもしれませんが、その先がまたあるようですね。
新藏
その細胞の表面にある段階ではまだ皆さんがよく知っている抗体としての働きはないのです。今先生からご指摘いただいたように、IgMからIgGやIgE、IgAなどになることで、同じ敵に出会っても違う武器を持つ、そういう抗体を作るための準備なのです。それがまずB細胞上で起こるのがクラススイッチで、そのクラススイッチした細胞が今度はさらにいろいろな刺激を受けると分化して、最終的には、それが形質細胞になるといわれています。
形質細胞になると、細胞表面上には先ほど言ったIgM型やIgG型の分子はなくなって、全部細胞の外に分泌されていきます。血液中を回ったり、組織に入ったり、あるいは腸の中に分泌されたりするのが抗体です。その抗体がいろいろ実際に敵と遭遇して、相手を攻撃します。
山内
それがこの質問にある、いったいどのようにして記憶しているかという質問ですね。
新藏
免疫記憶は一般的には抗体の場合はB細胞の状態で記憶細胞として体中の、例えば骨髄などどこかのリンパ節に潜んでいるといわれています。
山内
B細胞はたいへん短命ではないかという質問なのですが、これはいかがでしょう。
新藏
IgE陽性になったB細胞や、あるいはIgE陽性の免疫記憶細胞は、実は数が非常に少なくて、なかなか見つけられないのです。
ですから、詳しいことはまだよくわかっていないことが多いです。ただ、最近の研究で多くの人が、もしかするとIgEにクラススイッチした状態のメモリB細胞ではなくて、IgG型の記憶細胞としてスギ花粉などを攻撃する抗体のもとになる、そういう記憶細胞が体の中に潜んでいるのではないかと考えています。
山内
IgG型というのは、これはかなり長い間記憶可能な細胞なのですね。
新藏
はい。数も多いので、研究も進んでいます。面白いのは、IgGのまま記憶細胞になっても、もう一度同じ花粉などの刺激が来ると、抗原刺激によってその記憶細胞がもう一度クラススイッチすることができる。IgGだったものがIgEになって、そのまま形質細胞になれば、IgE抗体ができることになる。必ずしも免疫記憶というのはIgE型でなくてもいいのではないかということが、いろいろな論文でわかっています。IgE陽性細胞は調べるのが本当に難しいので、わかるところで話をすると、今はそういう結果が出ています。
山内
ついでにですが、スギ花粉もどきの物質、こういったもどきがあるから免疫記憶が生きているという発想はいかがでしょうか。
新藏
そこもよくわかっていないことですが、もどきがなくても何十年も免疫記憶が続くという話もあります。免疫学の教科書のまず一番に出てくるのは天然痘が世界中から根絶された話です。あれはたった1回ワクチンを打つだけで一生かからないのです。これがコロナと全然違うところです。そのぐらい長く免疫記憶は続く場合もあって、必ずしも追加で何度もその抗原に出会う必要もないわけで、本当のところはまだよくわかっていないかもしれません。
山内
あと、IgE自体、半減期が2日ぐらいという話がありますが、こちらはやはり短いものなのでしょうか。
新藏
おそらくですが、この場合もIgE自体の量が血液中にも非常に少ないので、すぐに検出限度以下になってしまうということではないかと思います。実際にIgEという抗体だけを生成して、どのぐらいでそれが壊れるかとか、そういう実験をきちんとしなければいけない。しかし、それは体の中をめぐっている抗体とは違う状況なので、半減期が短いということは量が少ないからすぐ消えるのではないかと考えます。それは非常に重要なことで、IgEはやはりアレルギー反応と非常に密接に関係しているため、長い間体の中に残らないほうがいいので、そのように免疫系はコントロールしているのではないかということも考えられます。
山内
ただ一方では、年中スギの花粉は飛んでいるわけではないのに、比較的長期間このIgEは高いままなのかということもありますね。
新藏
これは多分、臨床でよく見られるケースなのかもしれないと思います。血液検査をしてみると、正常よりもずっとIgEが高い方がいるのだと思うのです。それはもしかすると、先ほどのクラススイッチと関係するのですが、IgMからIgG、IgE、IgAにクラススイッチする刺激というのはある程度決まっています。こういうサイトカインが出たときにはIgEが多くなるサイトカインがあるので、B細胞や抗原刺激と関係なく、その人の体の免疫の状態、つまりT細胞や樹状細胞というほかの免疫の司令塔からのサイトカイン刺激がIgEを作るほうに傾いていると、抗原刺激があろうがなかろうがIgEができてしまうという可能性はあります。
山内
臨床的にですが、我々がある日、特異的IgE抗体を測ったとして、例えば次の日、あるいは1カ月後、1年後に測ったら、当然値は違ってくると考えてよいのでしょうか。
新藏
違うはずです。免疫応答というのは、いったん必要なときに起こりますが、重要なことは、その後、鎮まらないといけないのです。免疫学の授業でも免疫制御が重要というのはそこです。抗体はいろいろなものを攻撃するのですから、そういうものがいつまでも体に残っていないほうがいいのです。抗原刺激があるときにIgEの抗体価が高い、これは正常な応答です。抗原刺激がなくなって、1カ月後に見てもIgE抗体価が低くならない。それは何か異常があると思います。先ほど言いましたサイトカインのバランスが悪いとか、そういう状況が陰にあるのではないかと考えられます。
山内
最後に質問ですが、花粉から寄生虫から、なかなか対応相手にバリエーションがありますが、IgEはいったい何をやっているものなのでしょうか。
新藏
教科書的にいうと本来はIgGやIgAというのは、例えば細菌やウイルスなど、わりと小さなものを標的にします。そこに抗体がつくと、ほかのパクッと食べる貪食細胞は、抗体が目印になって、抗体がついたものをパクッと食べて消化するから、細菌もやっつけられるし、ウイルスもやっつけられる。ところが、寄生虫は大きいので、それでは太刀打ちができない。
では何を使うかというと、そのときに私たちが進化の過程で獲得したIgEの反応です。そのIgE抗体はどういう細胞と一緒に働くかというと、肥満細胞や好塩基球です。そういう細胞の特徴は、細胞の中にヒスタミンなどの化学物質をいっぱい蓄えている。そうすると、寄生虫がやってきたときに、IgEと肥満細胞が協調してヒスタミンをボーンと出してやると、私たちが花粉症でヒスタミンが出て、ひどい症状で苦しむのと同じようなことを寄生虫が感じてその場から逃げる。それが免疫応答です。
山内
寄生虫にとってもあまり愉快な物質ではないのですね。
新藏
そうです。相手によって、いろいろな相手に対応できるように発達してきたのがB細胞のクラススイッチであり、その末の抗体だと思います。
山内
ありがとうございました。