ドクターサロン

 池田 乳幼児の食物アレルギーにおいて経口免疫療法とは、いったい何を指すのでしょうか。
 高増 経口免疫療法、この言葉の意味するところが難しいのです。食物アレルギー診療ガイドラインではどのような定義なのか、そこから解説していきたいと思います。
 池田 この治療はどういうものなのでしょうか。
 高増 経口免疫療法は、Oral immunotherapy(OIT)といって、原因となっている食物を継続的に経口摂取し、まずは脱感作状態、そして持続的無反応の状態としたうえで、究極的には耐性獲得を目指す治療です。
 池田 難しい言葉が並んでしまっているのですが、脱感作、持続的無反応、耐性獲得にはどういった違いがあるのでしょうか。
 高増 この3つは似ていますが、その意味が微妙に違っています。
 池田 ではまず1つ目の脱感作、これはどのようなものなのでしょうか。
 高増 脱感作はdesensitizationといい、これは抗原の刺激を繰り返すことで反応の閾値を上げて、一定条件で摂取ができる状態になることを指しています。この状態だと、抗原の刺激がない、つまり食べないままが続くと、数日で効果がなくなる可能性がある状態です。
 池田 次の持続的無反応、これは何なのでしょうか。
 高増 持続的無反応はsustained unresponsivenessといい、脱感作の状態が長く続いているうちに無反応の状態が持続することを指します。摂取の中断があった後に再開しても症状が見られない状態が続きます。ただ、この状態のときは運動や過度の抗原にさらされるなど、条件によっては反応が起きないとは限らない状態です。
 池田 一見無反応が続いているのだけれども、条件によっては反応してしまうということですね。
 高増 はい。
 池田 では耐性獲得はどのような状態なのでしょうか。
 高増 耐性獲得はtoleranceといって、その食物を食べ続けても、食べないままでも、症状が出ない。つまり、すっかり治った状態ということができます。経口免疫療法は最終的にはここを目指しているといえます。
 池田 要するに、量も食べる時期も勝手でいいということですね。
 高増 はい。
 池田 経口免疫療法の対象になる人はどういう人なのでしょうか。
 高増 もともと多くの場合、乳幼児の食物アレルギーは自然に耐性獲得が期待されています。しかし、経口免疫療法は自然経過で耐性獲得が期待できない症例に対して行われるとなっています。
 池田 自然経過をどのくらいの長さで見るのでしょうか。
 高増 鶏卵、牛乳、小麦粉という、特に乳児期から発症しやすい食物アレルギーに関しては、3~5歳ぐらいの間に60%、小学校の年齢に達すると、80~90%が自然に耐性を得るというデータがあります。
 池田 その残った方たちを何とかしたいということですね。具体的にはどのようにされるのでしょうか。
 高増 医師の指導によって食べる条件を決めます。それに際しては事前に食物経口負荷試験、Oral food chal lenge (OFC)で症状誘発閾値を確認します。そのうえで計画的に摂取する量や条件を上げていく方法を取ります。
 池田 かなり専門知識がいると思いますが、この治療を行う医師は限られているのでしょうか。
 高増 ガイドラインでは専門的な知識を有する医師が臨床研究として実施することを提案しており、一般診療としては推奨されていません。治療として効果を認められてはいるものの、専門医の範疇であると現時点では表明されています。
 池田 これは簡単に外来でできるものではないのですね。その場合、専門医でない方たちは実際、食物アレルギーの患者さんにどのように指導しているのでしょうか。
 高増 食物アレルギーの治療法としては、大きく分けると食物除去、食事療法、免疫療法の3つのカテゴリーがあります。
 池田 一つ一つお聞きしますが、まず食物除去というのはどのような方法なのでしょうか。
 高増 これは症状が起きる原因となっている食物を食べなければ症状が起きなくて済むことから、食べるのを避けようという方針です。過去には除去食療法という表現があり、食物除去をすることが食物アレルギーの治療となるという発想でつけられていましたが、現在ではそうは考えられていないので、除去食療法という言い方は望ましくないとされています。ただ、これを行うためには、食材の選び方や調理の仕方、表示の読み方、食事提供者への伝え方などの技術が必要となりますし、栄養面での配慮も必要な場面も出てくるわけです。
 池田 かなり制約が多いですね。 次に食事療法とは何なのでしょうか。
 高増 現時点では安全に食べることができると認められる条件の範囲内で食べることを指します。自由に食べてよいわけではないけれども、除去はしていない。言葉としては何と表現するのがよいのか難しいところですが、ガイドラインでは栄養食事指導という言葉で表現されています。
 池田 食べてもいいけれども、条件の範囲内で食べるということですね。経口しているのになぜ食事療法という言い方をされるのですか。
 高増 まず一つは栄養食事指導というと、食物除去も含まれる表現になってしまいますし、また指導というのは主語が医療者であって、食べる本人や提供している家族など、周囲の人が主語になる言葉ではありません。本人の立場に立って何をしているのかというと、食事療法という言葉になると私は思うのです。
 池田 そして次が免疫療法ですね。
 高増 免疫療法は、原因となっているものを計画的、積極的に取り入れることで、免疫の働きを活用して治療しようという方法です。それが食物アレルギーの場合には経口免疫療法となるのです。安全な条件を確認したら、そこから食べ始めて、徐々に増やしていこうということですが、安全な条件から始めたとしても、安全とは言い切れない領域にも踏み込みます。ここでは安全な条件の範囲内を食事療法、安全とは言い切れないところに踏み込むことを免疫療法としておきます。
 池田 「ここでは」とおっしゃるのは何か意味があるのでしょうか。
 高増 例えば、スギ花粉やダニに関しては舌下免疫療法という方法が行われていますが、これは安全な条件の範囲内でも免疫療法という言葉を使っています。また、食事療法も安全な範囲内で食べること、そのことで食べられる条件を広げたいという意図があります。そういう意味で、食事療法と免疫療法、この言葉の境界線は不明瞭なのです。
 池田 そうですね。では、一般の医師が食物アレルギーの診療を行ううえではどのような注意が必要なのでしょうか。
 高増 そもそも毎日の食事そのものが、ある意味その食べ物に体をならすための経験、食事療法なのです。そして、食べること、これは本来医師から指示されて行う行為ではないのです。医師の指示であると、それで起きた結果について医師にも責任が生じるので、より無難に「食べないで」と指導しがちです。ですので、毎日の食事については基本的には本人、家族の責任のもとに、医師からは「安全な範囲内で食べることをお勧めします」と言うしかないですし、それが正解でもあると思います。安全域食事療法です。
 池田 医師にできるのはそれだけなのですか。
 高増 それでも安全な条件がわからずに不安に思っている方はとても多いです。その場合、経口負荷試験というかたちで、医師の監視下で食べてみてもらうのはとても役に立つことです。閾値を確認するという表現は、ここまでは食べられる、と、これ以上だと症状が起きる、この2つを確認することなのですが、大事なことは、ここまでは大丈夫という条件を確認するだけでいいのです。症状が起きる条件は、むしろわからないままでもいいのです。
 池田 食べることを勧めるうえで何か注意点はありますか。
 高増 毎日の食事は日常生活の主軸ですから、あまり細かい指示にならないほうがよいと思います。また、食材を準備するのに手間がかからないほうがいいです。手に入りやすい加工品があれば、それでよいのです。そして、本人が食べたいと思えるもの、少なくとも食べることが苦痛でないものであるべきです。嫌なものだったら、食べ続けるといっても、いつかは挫折するのですから。そして、そもそも閾値を確認してぎりぎりを攻め込んだほうがいいとは限らないので、安全に食べられるとわかっている条件であれば、それでよいのです。
 池田 アレルギーがあるお子さんがいる家族に、食物アレルギーを考慮に入れた離乳食の進め方というのはあるのでしょうか。
 高増 離乳食は従来、心配なものは後回しにするという考え方がなされていました。例えば、卵、牛乳、小麦、そしてピーナッツなどを後回しにするという考え方です。しかし、現在では後回しにすることはむしろ逆効果だといわれていて、離乳食開始時期から少しずつ、そしてできるだけ多様な食物を摂取するのがよいとされています。
 卵とピーナッツは早期導入がよいとすでに示されています。そして、これまでよくわかっていなかった牛乳の成分について、生まれて3日間は避けておいたほうがいいというデータと、生後1~3カ月の間にミルクを1日に10mL程度摂取することで予防効果があるというデータが示され、徐々にならしていくという発想がさらに具体化するのではと思います。
 池田 離乳食の時期に気をつけておくべきことはありますか。
 高増 離乳食の時期に皮膚の状態がよくないと食物アレルギーのリスクになるといわれています。そういうわけで、乳幼児期のスキンケアは食物アレルギーを予防するうえでも重要で、必要に応じて外用薬を塗布して皮膚の状態をよくしておく必要があります。
 池田 そのほかにはありますか。
 高増 実は離乳食の時期に卵黄を食べて嘔吐するという症状が多発しています。しかも、どうやらわが国特有で見られる現象のようなのです。これまで卵は食べるのを遅らせるという風潮でした。それが最近では遅らせないほうがいいといわれるようになりました。
 一方で卵のアレルギーは卵白で起きやすいから、卵黄から始めようといわれがちでした。卵黄は安全なのだという風潮が高まったのです。そして、卵黄だけを食べさせようと、ゆで卵にして卵黄だけ取り出して食べさせるのです。最初は少量だけで症状が出ないか様子を見ていくのですが、大丈夫だと油断して量を増やして、1/2個とか、丸々1個とかを食べさせて、吐いてしまう。これは本当に最近よく起きています。近所のクリニックで相談しても、「卵黄ではアレルギーは起きないと思いますよ」と言われたりしますが、卵黄のアレルギーが起こっているのです。そして、一度こうなってしまうと、ごく少量でも吐いてしまう状態になってしまうのです。
 そもそも離乳食の時期に卵黄1個というのは、大人がいきなり卵を10個食べるようなものです。なので、卵黄は大丈夫という雰囲気にならないように気をつけたいのです。いったんこうなってしまったら、数カ月は卵黄を取らないようにするしかなさそうです。実はこのタイプは卵白は食べても大丈夫だったりします。
 池田 それはすごいことですね。やはり気をつけておきたいと思います。ありがとうございました。