齊藤
甲状腺腫瘍の患者さんが訪れるきっかけはどういうことが多いでしょうか。
岡本
症状として多いのは、甲状腺のしこりですので、腫瘤、こぶが多いと思います。そのほかには、がんの場合には声がかすれる嗄声などが多いと思います。一方で、実際には症状がない段階で見つかることが非常に多いです。最近、ここ10年ぐらいの乳頭がんの患者さんたちの症状の有無を調べたのですが、81%の方は症状がない状態で見つかっています。ですので、スクリーニング、あるいは日本の場合は頸動脈超音波をすることがけっこう多いので、そういうときに偶発的に見つかる腫瘍も実際は多いと思います。
齊藤
今は、人間ドックの頸動脈エコーで見つかる方がけっこういるのですね。胸部レントゲン写真で気管が押されていることもありますね。
岡本
はい。
齊藤
診断過程はどのようにされていますか。
岡本
基本は触診で腫瘤がどんな様子かをまず判断します。甲状腺の場合、甲状腺がんには幾つか種類がありますが、特に乳頭がんは比較的特徴的な、硬くて可動性に乏しい腫瘤のことが多いので、触診でも判断がつくこともしばしばあります。そうした触診を踏まえて、通常は超音波検査で腫瘤の性状を判断します。さらに細胞診では、通常は22ゲージの細い針で穿刺をして提出し、良悪性を鑑別する手続きが多いです。
齊藤
細胞診ですが、これはかなり一般化して、甲状腺を専門とする開業医でも行っている検査ですか。
岡本
非常に普及している検査だと思います。甲状腺の専門医は多く行っていると思います。
齊藤
外来で刺して、それを吸引し、プレパラートに入れて、見るのですね。
岡本
そうですね。最近は小さい腫瘍が多いですから、超音波ガイドで見ることが多いと思います。
齊藤
これは痛みや危険などはあまりないものですか。
岡本
針を刺しますので痛みは残念ながらゼロとは申し上げられませんが、通常は、私どもも含めて、局所麻酔等々はしないで穿刺をしていることが多いと思います。リスクについては、穿刺をした後に腫れてくる、あるいは出血して腫れが強くなってくるとか、苦しくなることがありうるとされているので、穿刺をした後、十分圧迫止血をして、問題がないことを確認してからお帰りいただく方法が一般的だと思います。
齊藤
細胞を取ったら病理診断に任せるということでしょうか。
岡本
そうですね。
齊藤
どういうかたちで専門医に結果が戻されるのでしょうか。
岡本
理想は良悪性というように、バシッと答えが出てくればいいのですが、やはり細胞所見のみで組織診断を推定するには若干難しさがあります。多くの施設で行われてきたクラス分類ですと、クラス1から5というかたちで返ってくることが多いと思います。通常、クラス1、2が良性で、クラス5が悪性。4は悪性疑いで、3がその中間が多いと思います。
一方、最近特に取扱規約で推奨しているのは、アメリカのベセスダシステムを採用した診断報告で、良悪性は同じですが、その中間として、意義不明や濾胞性腫瘍という診断が出ることがあります。そうした中間的な診断だとその後、方針を決めるのが難しい場合があります。
齊藤
どういった患者さんが手術の対象になりますか。
岡本
細胞診を含めて悪性という診断であれば、一般的にはもちろん手術をお勧めいたします。一方、良性の場合は、原則として手術はお勧めしないのですが、例えば腫瘍が非常に大きいとか、何らかの症状がある場合には手術を考慮する場合があります。
もう一つ大事な点は、代表的な良性の濾胞腺腫ですが、実は乳頭がんに次いで多いがんとして濾胞がんがあります。濾胞がんと濾胞腺腫の区別は必ずしも簡単ではなくて、細胞診でもそこは診断がつきません。専門医としては良性と思われる腫瘍の中から濾胞がんをいかに見逃さないかがずっと続いている課題です。ですので、超音波等で例えば充実性でかなり大きかったり、中に大きい石灰化があったり、あるいは皮膜を少し破っていたり、濾胞がんを懸念する所見がありましたら、細胞診良性でも手術をお勧めする場合があります。
齊藤
多くは乳頭がんということでしょうか。
岡本
はい。
齊藤
一般的には乳頭がんは予後が良いのですか。
岡本
そうですね。経過が良いことが多いです。
齊藤
手術を考えどのように分類するのでしょうか。
岡本
日本では2010年に甲状腺腫瘍の診療ガイドラインを作り、2018年に改訂していますが、乳頭がんの患者さんは診断がついた時点で将来の再発リスクを4つに分けています。超低リスク、低リスク、中リスク、そして高リスクです。もちろん基本は手術ですが、最近のガイドラインでは、超低リスク、1㎝以下の乳頭がんでリンパ節遠隔転移がなければ、手術をしないで経過を見るという選択肢も提示しています。
齊藤
低リスクの患者さんの場合に、アクティブサーベイランスをした成績はもう出ているのでしょうか。
岡本
かなり以前に日本の代表的な施設で観察研究をした報告が出ています。その報告によりますと、経過観察開始から10年で3㎜以上大きくなる方が8%、裏を返しますと、92%の方が変わらないという報告が出ていて、そうしたことが理由になってガイドラインにも選択肢が採用されたという経緯があります。
齊藤
これは世界的にも非常に重要な発見ですね。
岡本
たいへん立派な前向き研究の成果で、2010年に日本のガイドラインがそれを採用し、2015年のアメリカのガイドラインにもそれが選択肢として登場しました。現在はそうしたアクティブサーベイランスが徐々に広がってきているところです。
齊藤
リスクが高いと手術になりますが、どういったポイントが重要なのでしょうか。
岡本
まず手術の方法ですが、これは日本の特徴として、超低リスクを含め低リスクの方たちは腫瘍のある側の甲状腺だけを取る。いわゆる半分の手術をしています。なるべく甲状腺機能を残すという方針にしてきました。これも日本が2010年のガイドラインでいったことで、以前、世界的には甲状腺がんといえば必ず全摘だった国も、若干それが変わってきた経緯があります。一方、リスクの高い方たちには、将来の再発のリスクをなるべく下げることが必要ですので、甲状腺全摘をして、その後に放射性ヨード治療、あるいはTSH抑制療法で、再発抑制を心掛けることをお勧めしています。
齊藤
日本での成績が世界に影響を与えているということで、非常に誇らしい領域になりますね。
岡本
ありがたいことに日本で立派な成績が出てきましたし、それがガイドラインを通じて世界で理解してもらえたのはたいへんうれしいことです。
齊藤
患者さんの希望はどういったかたちで取り込んでいくのでしょうか。
岡本
それもたいへん大事なことだと思っています。基本的には診断を受けた患者さん自身が主役ですので、治療方針を含めてよく説明して、判断していただくということです。先ほどのいわゆる微小の、1㎝以下のがんの方の場合にも、従来は大きさの変化だけを注目していましたが、患者さんの視点を踏まえてよく説明し、理解いただいたうえで希望をうかがって方針を決めていくというのが、今は主な方法になってきていると思います。
齊藤
最後に、非常にまれなのでしょうが、かなり悪いがんもあるわけですね。
岡本
あります。
齊藤
これはどのような対応があるのでしょうか。
岡本
たいへんまれな腫瘍ですが、未分化がんという腫瘍があります。この未分化がんは日に日に大きくなっていく腫瘍で、診断がついたときにはなかなか治療が難しいことが多くあります。日本でコンソーシアムを立ち上げて数年前に予後調査しましたが、平均の生存期間は6カ月ですので、かなり経過の厳しいがんです。
齊藤
その辺を踏まえてやっていくことになりますか。
岡本
そうですね。幸い最近、分子標的薬が出てきましたので、予後を良くするための試みが幾つか行われていますし、我々もそれに期待しているところですが、少しずつの進歩かなと思います。
齊藤
どうもありがとうございました。