ドクターサロン

池田

耳硬化症は日本人に多い病気なのでしょうか。

岡本

白人のほうが圧倒的に多い病気で、アジア人には少ないというのが疫学的なデータです。ですので、白人のほうが家族性に出やすい一方、日本人では孤発性のようなかたちで起きてくることが多いように思います。

池田

発症年齢や性別はどうですか。

岡本

20代ぐらいから発症して難聴が進行してくることが多く、男性よりも女性のほうが圧倒的に多いという疫学になります。

池田

原因としてホルモン説など、いろいろあるのですか。

岡本

例えば、妊娠を契機に増悪してしまう方は女性の中では比較的多いと思われます。なので、ホルモン説が理由の一つといわれています。しかし全部というわけではありません。やはり骨代謝の問題が中心となります。

池田

特に白人の場合、家族歴もあって、遺伝的なことですね。骨代謝の説は非常に有力だと思いますが、耳小骨のうちどの骨がやられるのでしょうか。

岡本

耳小骨は鼓膜からつち骨、きぬた骨、あぶみ骨という3つの骨で形成されて、それで内耳に音が伝わる構造になっていますが、耳硬化症の場合にはあぶみ骨と内耳との間が硬くなるので、耳硬化症とはあぶみ骨と内耳の硬化という言い方になると思います。

池田

あぶみ骨と内耳のところが普通は緩やかでそこが揺れ動くと振動が伝わりますが、この間が硬くなるから振動が伝わりにくいということですか。

岡本

そのとおりで、音の振動が内耳に伝わらなくなって難聴になります。ですので、伝音難聴、昔でいうと伝音性難聴という言い方ですが、音が伝わるところの特にあぶみ骨から内耳に音が伝わりにくくなるという問題で難聴になります。

池田

では内耳側は問題ないのでしょうか。

岡本

多くの症例では内耳側は基本的には問題がないのですが、進行すると内耳の問題も起きてくる症例がみられます。

池田

発症時は何か聞こえづらいなと、それだけなのでしょうか。

岡本

そうですね。難聴なので当然ながら聞こえづらいのですが、音を大きくするとわりとよく聞こえます。そのため、何となく音を大きくして聞いていることで難聴を自覚される方が多いと思います。

池田

どのように診断するのですか。

岡本

当然ながら、聞こえにくい症状が出ていますので、皆さん難聴の自覚で病院にいらっしゃいますから、検査では難聴があるという結論になります。聴力検査の結果には、内耳自体が聞いている骨導値と、外耳道から鼓膜を通して聞く気導値という2つの値があり、気導値と骨導値に差が出てくる気骨導差がある場合に伝音難聴という診断になって、耳硬化症も一つの鑑別に上がってきます。

池田

耳硬化症の鑑別にはどのような疾患があるのでしょうか。

岡本

伝音難聴であるものはすべて鑑別疾患になると思いますが、伝音難聴を起こしてくるのは、もちろん慢性の中耳炎みたいなもの、つまりイメージでいうと、鼓膜に穴が開いていて、鼓膜を使って音が伝わりづらいから難聴になるというものもありますし、鼓膜に穴が開いていなくても、鼓膜の中にうみや滲出液がたまる中耳炎なども鑑別に上がってくると思います。

つまり、代表的なものとしては慢性中耳炎、それから穿孔性といいますが、鼓膜に穴が開いている中耳炎、それから中耳炎のなれの果てという言い方になると思うのですけれども、長い期間中耳炎を繰り返していると、つち骨やきぬた骨自体も動きが悪くなってきて、耳小骨の関節自体が硬くなり音が伝わりづらくなる鼓室硬化症というものもあります。

池田

鼓室硬化症や耳硬化症というとなかなか難しそうですね。

岡本

鼓室硬化症はつち骨ときぬた骨の間の関節が硬くなってしまう、もしくはきぬた骨とあぶみ骨の間の関節が硬くなってしまうというものをいいます。鼓室は中耳という意味なので、中耳の中での炎症による固着、硬化という言い方になるのですが、耳硬化症の場合にはあぶみ骨と内耳との間が硬くなってしまう。骨の代謝異常で変性を起こして硬くなってしまって音が伝わらないので難聴を起こします。硬化部位が少し違うので病名も診断も分けています。

池田

治療法は手術が第一選択とされているようですが、どのような手術をされるのでしょうか。

岡本

あぶみ骨と内耳とのつながりのところが硬くなって動かない。つまり、あぶみ骨自体の振動が生まれないわけですから、あぶみ骨自体を取り替えることが手術の目的になります。当然ながら、あぶみ骨は動かないので、あぶみ骨自体を取ってしまって、人工骨であぶみ骨を取り替えるという手術になります。

池田

具体的には内視鏡で経外耳道的に鼓室に入っていくのでしょうか。

岡本

施設によって様々だと思いますが、多くの場合は外耳道のところから、外耳道の皮膚を少し上げて、鼓膜ごと全部脇に寄せて、中耳を外耳道から見ます。その見方として、顕微鏡を見て手術をする場合もあれば、最近は内視鏡で見るという場合もあります。また耳の後ろを切って中耳を見るという手術法の場合もあると思いますが、基本的には外耳道から行うと手術の範囲が狭くて済むので、患者さんにとってはメリットかと思います。

池田

人工のあぶみ骨とはどのような材質でできているのでしょうか。

岡本

体にとって異物になりづらいもの、生体の異物反応が少ないものということを考えると、ハイドロキシアパタイトが使われるケースがほとんどです。

池田

金属製のものはいかがですか。

岡本

これもタイプが幾つかありまして、あぶみ骨の人工の耳小骨を使うときに、人工の耳小骨自体に針金みたいなワイヤーが付いていて、あぶみ骨を取り替えて、きぬた骨から直接ワイヤーで人工骨を通して内耳に音を伝えるタイプもあれば、ワイヤーがなくて、形状が少し違うタイプのものもあります。形状の違いは術者の好みになると思いますが、いずれにせよ音が伝わるつち骨、きぬた骨、人工の耳小骨、内耳という順番は変わりません。

池田

その辺は術者の好み、あるいは経験によるというわけですね。

岡本

そうです。

池田

治療効果はどのくらいですか。

岡本

手術をすれば、ほぼ全例成功になると思います。聴力は気骨導差がなくなり、内耳が持っている力と同等になる。つまり、気導値が正常であればほぼ聴力は正常に戻るというような効果が出てきますので、難聴が劇的に良くなり、患者さんにはすごく喜ばれる手術になります。

池田

副作用はどのようなことが起こるのでしょうか。

岡本

あぶみ骨を取り替えるだけなのですが、あぶみ骨と内耳がつながる底板が硬化していきますので、手術で底板に小さな穴を開けて、その穴を通して人工のあぶみ骨を入れます。つまり内耳に穴を開けるという操作が手術の副作用としては一番多く出やすい手技で、例えば内耳にドリルで穴を開けるので刺激が加わりますから、手術による感音難聴、内耳性の難聴が起きる場合もあります。もしくは内耳に刺激が加わることで、前庭という三半規管系のめまいのほうに障害が出て、術後にめまいを感じるという場合も当然ながらあります。削った骨片が内耳の中に入ってしまうと一番激烈な副作用としてめまいが生じますが、基本的には丁寧に手術をすることで、できるだけそのような副作用を取り除くことはできると思います。

池田

不幸にしてめまいが生じた場合は、どうなるのでしょうか。

岡本

基本的には一生残り続けることはあまり多くはなくて、時間とともにほぼ消失していくのが普通です。通常の生活は問題なくできるところまでめまいはなくなると思います。

池田

中には手術したくないという方もいらっしゃると思いますが、そのような方にはどのような対処をするのでしょうか。

岡本

音が伝わらないトラブルなので、伝音難聴を改善させるためには補聴器が有効な手段になると思います。ですので、どうしても手術は嫌だという方の場合には、補聴器で補聴をして、聴力を改善させることは可能だと思います。

池田

いろいろ症状を見ていると、めまいも出ると書いてあるのですが、日本でもそのような症例はあるのでしょうか。

岡本

日本人、アジア人の場合にはどちらかというと、耳硬化症の症状の率は欧米人、白人に比較すると少ないです。これには遺伝的な要素というのもあります。つまり、内耳を取り囲んでいる骨包という、その骨自体の代謝が悪くなってきて内耳障害を起こしてかなり進行する症例はあります。ですので、そういう症例にはめまいや、実際は内耳の難聴、感音難聴もついて回ってくるので、そのような高度の難聴に進んできてしまうことはあります。

池田

ありがとうございました。