ドクターサロン

 池脇 精液に血が混じるとしたら、多分びっくりしてすぐに泌尿器科を受診するのではないかと思いますが、どうでしょうか。
 三井 例えば血尿でしたら、1~2回出ても、けっこうほうっておかれる方がいるのですが、血液が精液に混ざると、だいたいの方がその段階でびっくりされて、多くの方が翌日に受診します。
 池脇 そういった方で泌尿器科を受診する方は珍しいのか、けっこういらっしゃるのか。どのくらいの頻度の病気なのでしょうか。
 三井 現段階で頻度は不明とされていますが、それほどまれではない病態だと考えられます。
 池脇 精液に血が混じるということは、精巣で精子が作られて、その後、射精のときに通る経路のどこかで血が混じるのですね。精液の経路を見てみたら精巣の上の精巣上体、それから精管が膀胱の横を回るように通り、前立腺のところで精囊とつながって、最終的には外尿道口から出ていくので、けっこうな長さですね。道のりのどこで血が混じってそうなるのか。このあたりは原因にもつながりますが、どうでしょうか。
 三井 血精液症の原因の基礎疾患に関しては、いくつかいわれているのですが半分以上は原因がわからない特発性のものといわれています。残り半分は原因がある程度同定できて、一番気をつけなければいけないのが悪性腫瘍です。おっしゃったように、精子を作る部位は精巣ですので、精巣の腫瘍に関しても留意すべきだと考えています。その後、いろいろな経路を通っていきますが、悪性腫瘍の中では一番多いといわれるのが前立腺がんです。ただし、悪性腫瘍自体がそんなに多いわけではなく、過去の論文をデータ化しますと、ゼロから2%程度だろうといわれています。
 池脇 2%を多いと思うか、そうではないか。来られた方の年齢にもよると思いますが、若い方よりも中高年の方のほうが当然背景にがんが潜む可能性があり、そういう背景のがんは見逃してはまずい背景疾患になりますが、例えばそれ以外の炎症、感染も血精液症の原因になるのでしょうか。
 三井 論文の年代によって違いますが、1990年代初頭までは炎症が一番多く、4割ぐらいの方が炎症だといわれていました。しかし、それ以降は画像診断が向上して、MRI検査や超音波検査により、例えば精液をためておく精囊の出血や精囊拡張、前立腺の正中線囊胞といった存在が血精液症に関係しているのではないかということが最近わかってきています。炎症はもちろんですが、そういった精囊の変化もかなり高い割合で原因になっているといわれています。
 池脇 びっくりして先生のところに行かれた患者さんに対して、診察ともろもろの検査で原因を検索していくと思いますが、どういう流れでしょうか。
 三井 我々が最初に考えるのは、どこから出血しているのか、出血の部位を診断することです。2番目にどういった基礎疾患があるかを考えていきます。例えば出血の部位の診断に関しては、血精液症といっても、かなり色が変わります。真っ赤なものが出る方もいれば、ちょっと黒っぽいものが出る方もいて、例えば黒っぽい色調の血精液症であれば、おそらく精囊の出血に起因しているのではないかと考えます。それに反して真っ赤なものが出た場合は、例えば尿道や精阜、もしくは膀胱がんなども考えられるので、まず出血部位の診断という目的で精液の色調を聞くことが大事かと思っています。
 池脇 赤いというだけではなくて、鮮血様のものなのか、あるいは褐色系のものなのかでも部位がだいたい予測できるのですね。
 三井 はい。そういったお話をした後で検査を行って、あとは検尿ともろもろの血液検査。例えば前立腺がんを疑うのであれば、特に50代以降であれば必ずPSA検査をしています。
 池脇 場合によってはコンドームを装着して性交されて、そこに血があると、精液そのものを持ってこられる方もいらっしゃると思いますが、それは診断、原因を見ていくうえで多少参考になるのでしょうか。
 三井 そうですね。特に最近はスマホがあるので、写真を撮っている方もまれにいらっしゃいます。そのときの色調がわかれば参考になりますね。
 池脇 原因に関しては、例えば前立腺がんで生検をした直後とか、医原性とは言いませんが、そういうものも実態としては案外多いと聞きました。どうなのでしょうか。
 三井 生検後の血尿や血精液症はけっこういらっしゃいます。ただ、生検する年代の方々は性生活がそんなに活発でない年代の方が多いので、どちらかというと若い方が心配していらっしゃることが多いです。前立腺生検で血精液症だという方はそれほど多くはいないですが、生検をすることによって血精液症が出る可能性はけっこうあると思います。
 池脇 おそらく生検のときに、検査後に精液に血が混じることがあるとどこかで説明するので、それでびっくりして来られることはそんなにはないような気がしますが、いかがですか。
 三井 血尿が出るというよりも、付随して血尿も出るし、精液も赤いという方が多いですね。ただ、出ますよと話しているので、それでびっくりされていらっしゃる方は少ないと思います。
 池脇 日本の寄生虫ではないですが、アフリカあたりの住血吸虫が原因にもなると聞きました。
 三井 それは例えば膀胱がん、扁平上皮がんなどの原因になっている寄生虫ですが、日本ではそういった症例はありません。寄生虫ではないのですが、日本で炎症、例えば尿路感染で問題になりうるものとしては、クラミジアが一番多いかもしれません。我々の施設でも270人程度見たところ、クラミジアが原因で血精液症になっただろうという方が2~3人いましたので、可能性はあるかもしれません。
 池脇 調べても明らかな異常がない特発性の方はどういう経過をたどるのでしょうか。
 三井 2016年に血精液症の自然史について古屋聖児先生が出された論文があります。この論文は血精液症が出ても全く治療せずに転帰を見たというものなのですが、だいたい持続期間が1.5カ月で、90%の方が何もせず治ったという結論の論文になっています。我々もがんを除いた260人程度の方を見ましたが、やはり同じように、84~85%の方が何もせず治りました。だいたい持続期間中央値が2カ月程度になっています。
 池脇 そうすると、いろいろな検査をして何も異常がなくて、特発性となったときには、患者さんにはそんなに心配しなくていいと言ってあげてもいいのですね。
 三井 そうですね。血精液症で一番大事なのは、患者さんがすごく心配されていることでして、例えばがんではないか、不妊症になるのではないか、EDになるのではないかなどと心配される方が多いので、我々が最初にすることは患者さんの不安を軽くしてあげること、多くは自然経過、ほうっておけば治ると説明するようにしています。
 池脇 一方で治療が必要な血精液症について最後にまとめていただきますか。
 三井 9割方はすぐに治るのですが、治らなかったり、治ったとしても再発する方が1割ぐらいいます。そういう方の特徴を調べたところ、画像所見上、精囊出血や、前立腺の正中線囊胞がある方はなかなか治りが悪いだろう、再発しやすいだろうという論文がありました。我々も同じように調べましたが、やはり画像上に所見がある方は治りが悪いと出ています。
 池脇 画像上所見があるということは、解剖学的にちょっと異常なところがあって、これは例えば外科的にそこを修復するというよりも、何か対処をして経過を見ていくのでしょうか。
 三井 我々の施設ではそういった方も様子を見て、自然経過を見ていくのが主流ですが、先ほどの古屋先生の論文の話からいきますと、1年以上治らなかった方でそういった解剖学的な異常があった方に関して、それぞれ外科的な手術をすることによって完全に治ったという発表がありました。長期に続くような方とか再発するような方に関しては、そういう所見がある方に限ってですが、何らかの外科的治療をするのが一つの選択肢かと思っています。
 池脇 基本的には血精液症はそんなに心配しなくていいけれども、一部治療が必要な病気だということがわかりました。どうもありがとうございました。