ドクターサロン

 池脇 心身症は、多くの医師はイメージが湧くと思いますが、身体症状症というのはどういうものなのでしょうか。
 端詰 心療内科の先生は心身症を診る科ということで立ち上がったわけですが、心身症は大前提として、体の病気の中で心理的なストレスが関係しているものをいうのは皆さんご存じかもしれません。一方、身体症状症というのは、歴史的に見ますと身体表現性障害というカテゴリーの中で論じられていました。
 どう変わったかというと、身体症状症も身体表現性障害も精神疾患のカテゴリーの病名なのです。精神疾患の診断基準というものがありまして、それはDSM、アメリカ精神医学会の診断基準がⅣからⅤに変わったときに、身体表現性障害といわれていたのを身体症状症とネーミングしようと決めました。身体症状症というネーミングがいいかどうかはわからないのですが、和訳せざるをえないのでこのようになっています。
 身体症状症はわかりやすく言うと、例えば肺の病気とか、そういう部分のカテゴリーの名前です。肺のがんとは一つの病名を指すのではなくて、肺のがんの中に腺がんや小細胞がんなど幾つか病名があるように、身体症状症は精神疾患のカテゴリーの一つです。身体症状症およびその周辺群というカテゴリーの中の代表的な病気が身体症状症で、そのほかに昔、心気症といわれていた病気、不安症や、ヒステリーといわれていた変換症などの病名が入ってきます。
 池脇 なかなか身体症状症としてイメージがつきにくかったのですが、どうも近いものとして心気症があるということになると、本人が何かで困っているので医師の側として検査をしても、はっきりとした異常がないので精神疾患の一つとして身体症状症カテゴリーの中にあるのではないか。ざっくり言って、そういう理解でよいのでしょうか。
 端詰 以前、いろいろな検査をしても、はっきりとした病気が見つからない、器質的病因がないのは不定愁訴または自律神経失調症状といわれていました。自律神経失調症というのは、我々の中ではあまり使わなくなっていまして、昔、自律神経失調症といわれた人の一部が今お話しした精神疾患から来る不定愁訴だろうということで、身体症状症として残っています。
 一つ大事なことは、器質的疾患があったら否定できるかというとそうではなく、実は器質的な原因がある人もけっこういるのです。例えば、腰椎椎間板ヘルニアがあり、ひどい腰痛がある。寝たきりだ。整形外科の医師がどんなに検査をしても、そこまで痛いかなというような異常しかない。でもヘルニアはあり体の病気がないわけではない。このような、それに見合わない程度の異常なほどの疼痛を訴える場合も、このカテゴリーに入ります。
 池脇 必ずしも精神的なファクターで起こるのではなくて、体にもある程度の異常があるけれども、それで説明できないような症状を呈しているということですか。
 端詰 そうです。けっこう多いです。
 池脇 いわゆる統合失調症やうつ病などとはまた少し意味合いの違う精神疾患ということでしょうか。
 端詰 身体症状症の人は基本的には体の症状を訴えます。時には二次的なうつ、または不安等を随伴することもありますが、体だけの症状を訴えている人に、メンタル関連の診療科に行ってほしいと言っても、患者さんはけっこう抵抗されることが多いと思います。
 池脇 精神疾患としてカテゴリーの中にあるとはいっても、例えばその方が体の症状として胃腸症状、あるいは四肢の麻痺などが出てくると、必ずしもそこに直行するのではなくて、消化器内科や脳神経内科、あるいは総合診療部、そのあたりが入り口になって患者さんの診断、ケアが始まることが多いのでしょうか。
 端詰 ほとんどそうだと思います。不思議な体の症状がいろいろあって、まず精神科や心療内科に行く人は少ないと思います。すべてではないのですが、心身症の人はわりとストレスを自覚している人が多いのです。身体症状症の人は、ストレスが原因というと逆に嫌悪感を示します。「症状は気のせいだというのか」みたいな雰囲気になるので、簡単にストレスのせいにすると患者さんとの関係がかえってこじれてしまうことになります。
 池脇 これは心身症と近いのか、あるいはどこが違うのかを先生にお聞きしようと思ったのですが、何かの愁訴があって受診して、「特に検査は異常ないです。ストレスとかそういうことが原因ではないでしょうか」というような話をしたときに、心身症の患者さんは「確かにそうかな」と思う傾向があるけれども、身体症状症の場合は「いや、気のせいにしてもらっても困るよ」というようなことですか。
 端詰 そうなのです。けっこう近いようで遠いのです。だから、あまりストレスだとか、精神的な原因というのを誇張してしまうと、かえって患者さんはその先生にかかりたくなくなってしまいます。身体症状症の人はドクターショッピングといった行動を非常に取りやすい。もっと言うと、「原因がわからないんだけど、これだけ痛いんだから手術してほしい」とか、そういうことを要求されることもあるので、ポリサージェリーも関係するといわれています。
 池脇 自分の日常生活で困っていること、支障があって病院に行って、専門医がいろいろ調べたけれども、「いや、特に異常がないよ」と言われたときに、患者さんとして納得できるかどうか。必ずしもこの身体症状症の場合は納得できない。そういう納得できないというのは、何か特有の背景があるのでしょうか。
 端詰 ストレスのことを否定してしまうと、では何が身体症状症の原因なのかということはよく議論されてきました。精神分析療法で有名なフロイトはもともと神経内科医なのですが、特別な心理療法をやろうとしたきっかけがこの身体症状症の人だといわれています。不思議に体が麻痺していて、どうも深層心理が関係しているようだということから、夢を分析したりしていました。結局原因はわからないけれども、不思議な症状を出していて、ストレスといっても簡単には出てこないという感じですね。
 池脇 フロイトの時代からある病気というと、けっこう歴史は古いのですね。今までの先生のお話をうかがうと、このカテゴリーの患者さんは、本人もたいへんだろうし、それを診ている医療側の医師もけっこうたいへんですね。
 端詰 そうなのです。
 池脇 医療側としたら、治療して楽にしたいのだけれども、異常がないのにどうやって治療するのか、みたいなかたちになってしまう。そういう場合はどのようにして症状をやわらげるのでしょうか。必ずしも薬物治療ではなくほかの方法も大事なのかなと思うのですが。
 端詰 残念ながら現在、身体症状症に特効薬というのはありません。歴史的に見ると、いろいろな抗うつ薬の一部が効くのではないかとかいわれています。痛みに関してはSNRIといわれている一部のタイプの抗うつ薬が効果を発揮する可能性が高いことはわかっていますが、全体的に効くかというと、明確なものはありません。
 ただし、最近、いろいろな病気でも有名な認知行動療法で病気に向き合い、自分の考え方や生活スタイル、ストレス対処行動などを見直しながら治療していくのが身体症状症の人にも有効かもしれないといわれています。しかし必ずいいとは言えないのです。身体症状症というのはエビデンスを出すのが非常に難しいので、なかなか進んでいかないのです。
 池脇 先ほど消化器内科や脳神経内科、総合診療部を入り口として、身体症状症かなとなったときに、これをいわゆる専門的にケアするというのは、心療内科あるいは精神科の医師と考えてよいのでしょうか。
 端詰 専門的なところというと心療内科、精神科になると思いますが、精神科や心療内科の医師が特別得意かというと、そうではないと思います。私の患者さんの何%かはやはり身体症状症の人ですし、一生懸命診ていますが、精神科が専門かというと、統合失調症ではないので、なかなかはっきりしないというところです。
 池脇 身体症状症というのは難しい病気で、なかなか特効薬がないということがわかりました。ありがとうございました。