池脇 志水先生、心臓血管外科手術後の抗血栓療法に関して、抗血小板薬と抗凝固薬をどのようにどのくらいの期間使われるかという質問をいただきました。5つある中で、3つは心臓の手術、あと2つが大血管、胸部、腹部、そして下肢の動脈硬化に対する手術ということで、まずは心臓関係からお聞きします。CABG、冠動脈のバイパスの手術、これは動脈のバイパス、あるいは静脈のバイパスを使う、またはその両方を使うということで、それを行った後の抗血栓の治療は現在どのようになっているのでしょうか。
志水 通常、冠動脈バイパス術の後はDAPTを内服することが基本となっています。半年から1年ぐらいDAPTを継続して、その後はアスピリンの単剤に切り替えるのがスタンダードな考え方かと思います。一部、例えば内膜摘除といって、血管の荒れた内膜を取ってしまうような術式があり、そういうときには血管の内側の凹凸がかなり激しいので、医師によってはワルファリンを使う場合もあります。ただ、この辺はあまり明確なエビデンスはありません。
それから、質問に動脈と静脈の差がありましたが、現実には動脈グラフトでも静脈グラフトでも、先ほど言ったようなDAPTからSAPTへの移行が原則で違いはありません。
池脇 動脈でも静脈でも基本的には血管内皮が覆っているので、血小板凝集抑制を当初は2剤でして、その後は単剤でも十分で、それで閉塞したりすることはあまり起こらないと考えてよいのですね。
志水 おっしゃるとおりかと思います。
池脇 ワルファリンを使うことも時にはあるけれど、基本的にはDAPT、その後のSAPTでほとんどの抗血栓療法は行われていると考えてよいのでしょうか。
志水 そうですね。もちろん、ワルファリンが必要な別の疾患などもあると思います。心不全が非常に重症であったり、心室瘤が残っていたり、あるいは人工弁が入っていたり、そういう場合はもちろん抗凝固の重要性もあるので、その辺は臨機応変に考えることになるかと思います。
池脇 バイパスもACSで運ばれてそのままバイパスになる場合と、比較的安定した冠動脈の患者さんがいよいよバイパスという、やや緊急性がある場面においても、手術の後の抗血栓薬、基本的には血小板凝集抑制薬の使い方は、特に変わらないということですね。
志水 そうですね。術前から抗血小板薬をかなり強めにしているかどうかの差はあるかもしれませんが、術後に関しては、両者にあまり差はないと思います。
池脇 その次は心臓の弁膜症です。実際は機械弁と生体弁、両方ありますので、両方に関して教えてください。
志水 まず機械弁は、基本的に生涯ワルファリンを内服することになります。生体弁は、術後3~6カ月程度、ワルファリンを内服し、INRで2~2.5程度でコントロールします。その期間を過ぎたら、ほかに特別なことがなければワルファリンはオフにして経過を見るということになると思います。
池脇 そうしますと、生体弁の場合には術後、比較的短期間のみワルファリンで、その後は抗血栓薬は基本的には不要だということですね。
志水 そのとおりです。
池脇 弁膜症にも僧帽弁、大動脈弁がありますが、これは共通しているのでしょうか。
志水 共通しています。機械弁は僧帽弁のほうがINRを多少長めにするとか、そういうことはありますが、どちらもだいたい2~2.5というところが標準で、ガイドライン上も確かそうなっていたと思います。
池脇 心臓に関する質問の最後が、最近よく行われるようになったカテーテルによるASの手術、TAVIといわれているものですが、TAVIの場合の術後の管理はどうなっているのでしょうか。
志水 TAVIも生体弁なのですが、これはエビデンスが全く違いまして、ワルファリンではなく、まず3~6カ月程度、DAPTを行って、その後、SAPTに変えていくという方針になっています。
池脇 心臓の弁膜症で、例えば大動脈弁をいじるという場合には抗凝固だけれども、TAVIの場合は抗凝固ではなくて、どちらかというと血小板凝集抑制なのですね。
志水 おっしゃるとおりです。これはなかなか不思議なところですが、おそらく歴史的にTAVIはどちらかというと内科医が中心に行っていたので、PCIに準じた抗血栓療法が採用されて、そのエビデンスが集積されてきたということだと思います。
池脇 TAVIに血栓ができるケースがある場合には抗凝固薬というのをどこかで耳にしたことがあるのですが、そういう使い方をされているのでしょうか。
志水 そうですね。先生がおっしゃる、HALTの多くは無症候性であまり問題がないのですが、生体弁の弁膜のところに血栓がついている可能性があるという評価ですので、この場合にはワルファリン、あるいはDOACを使うことがよくあります。
池脇 今お聞きした手術でもそうかもしれませんが、私の印象では、TAVIの対象はけっこう高齢者で、なかなか手術まで耐えられないからTAVIでどうかという方々です。もともと血小板凝集抑制薬、場合によっては抗凝固薬も飲んでいる方がTAVIを受けて、DAPT+抗凝固がそのまま必要になるというのも、出血のリスクを考えるといかがなものかと思うのですが、そういう症例はどのようにしているのでしょうか。
志水 その件に関しては、過去にスタディも行われているのですが、DAPT+抗凝固薬の3つでいくと、出血性の合併症がどうしても増えてしまいます。ですから、どうしても抗凝固薬が必要な場合には、例えば抗血小板薬を少し弱めにするとか、抗凝固薬にワルファリンを使っているのであればINRを少し低めにするとか調整します。基本は3剤は使わずに2剤にすることが多いと思います。
池脇 心臓以外の質問に進みます。胸部あるいは腹部大動脈、ステント治療がよく行われていますが、こういった後の抗血栓はどうなのでしょうか。
志水 大動脈は血管径も太く、人工血管の手術もそうですが、大動脈のステントグラフトの術後には原則として抗凝固薬も抗血小板薬も、どちらも追加して使用する必要はありません。
池脇 そうなのですね。
志水 これは治療の目的が基本的に大動脈瘤に対する治療であって、ステントグラフトと自己の大動脈瘤の壁の間にある空間を血栓で固めたいのです。ですから、逆にそういった薬が邪魔になるというか、そういうことで使いたくないという側面もあります。ただ、もちろんほかの病気で抗血栓療法が必要な場合に、ステントグラフトを入れたからそれを止めるということもありません。
池脇 最後は足の血管です。足の血管も、最近はバイパスがよく行われていますが、F-Fバイパスというのは大腿動脈と大腿動脈をバイパスするというような意味ですか。
志水 そうです。
池脇 これもけっこう大きな血管だと思いますが、こういう場合、抗血栓はどうされているのでしょうか。
志水 大動脈は直径2~3㎝の人工血管を用いますが、F-Fバイパスは通常直径8㎜程度の人工血管です。また、両側の鼠径部をつなぐので、長さはそこそこ長くなります。もともと動脈硬化の強い疾患を対象としていることもあり、抗血小板薬を1剤か2剤使うのがスタンダードだと思います。多くの場合はスタチンも併用します。
池脇 確かにASOでバイパスになる方は、それ以前から血小板凝集抑制薬は入っていますね。
志水 そうです。おっしゃるとおりです。
池脇 おそらく術後、新規にということはまずないのですね。
志水 はい。
池脇 継続ということですね。
志水 そうですね。一部、二次血栓の予防でDOACを使っている施設もあると聞いていますが、抗血小板薬がスタンダードだと思います。
池脇 どうもありがとうございました。
心臓血管手術後の抗血栓療法
慶應義塾大学心臓血管外科教授
志水 秀行 先生
(聞き手池脇 克則先生)
心臓血管外科術後の抗血栓療法における抗血栓薬の種類および期間についてご教示ください。
①心臓弁膜症(生体弁の場合)
②下肢ASO.F-Fバイパスの場合
③CABG、LITAなどの動脈の場合と静脈の場合
④TAA、AAAに対するステントope後
⑤カテーテルによるAS ope後
島根県開業医