池脇
起立性調節障害は子どもさんに比較的頻度の高い疾患ですね。これはODと呼んでよいでしょうか。
呉
はい。
池脇
ODの好発年齢や年齢分布はどうなのでしょうか。
呉
特に日本ではと前置きさせていただきますが、日本の場合、小学生の高学年ぐらいから中高生あたりが最も多いといわれています。ある調査によると中高生の1~2割程度が診断基準を満たすような報告もあります。
池脇
かなり頻度が高いのですね。1クラスに30人、40人いたら、数人あるいはそれ以上の子たちがODということですね。
呉
はい。
池脇
あとから話が出てくると思いますが、ODはどうしても学校に行けない不登校の主な原因の一つのようですから、子どもさんにとっては非常に大きな問題ですね。
呉
はい。
池脇
先ほど診断基準とおっしゃいましたが、ODとはどういう病気なのでしょうか。
呉
生物学的な機能障害としての側面と、心理・社会的な関与の側面、この2軸によってなるのですが、いわゆる生物学的な身体的な機能異常としては、姿勢変化に伴う代償的な調節機構が何らかの原因で破綻している状態。そして多くは思春期の生理と病理の中間に値するような脆弱さといいますか、弱さに起因して調節障害が起こることで様々な症状が引き起こされる。そこにさらに心理・社会的な関与が加わってくるので、一人ひとり、かなり色が違う。どういった側面が強いのかによって特色が変わってくる疾患ともいえます。
池脇
最初のものはいわゆる自律神経のバランスというか、調節がうまくいかず破綻する。2つ目のものは、学校という社会のいろいろなストレスが影響する。そういう大まかな理解でよいのでしょうか。
呉
おっしゃるとおりです。末梢血管抵抗や、頭蓋内の血流調整、心拍、そういった自律神経の調節がうまくいっていない状態といえると思います。
池脇
小児、青年、成人という成長の過程で、小学校、中学校あたりが自律神経の不安定な時期だからなのですか。
呉
急激に体が成長しますので、それによって不安定になっているのではないかと、逆説的なところもあると思いますが、そのように考えられています。
池脇
ODの症状は多種多様だと思いますが、朝起きられない、これが特徴なのでしょうか。
呉
そうですね。ODそのものに睡眠障害が重なることもあって起きられない。起きられないという言葉には、覚醒できないという意味と体を起こせないの意味の両方が含まれているのですが、実際、目が覚めにくいということも起こりえますし、目が覚めても体を動かしにくいということも起こりえます。
池脇
倦怠感、動悸、頭痛、立ちくらみ、ひどいときには気を失ってしまう。成長期の子どもさんにとっては非常に大きな問題で、そういうことが起こるのではないかという恐怖心があると、ますます不安定になるという感じがします。
呉
おっしゃるとおりで、そういった身体症状から引き起こされる不安であったり、あるいは社会的な不利益によって負の循環が生まれてしまって、より困難な状態になっていくことが起こっています。
池脇
基本的には午後よりも午前中にそういう症状が強いのですか。
呉
そうですね。午前中が特に辛くて、午後からは比較的楽になる方が多いので、一見して怠け病であったり、だらしないと思われることがありますが、実は体から来る症状だということを理解して臨む必要があります。
池脇
先生方はどうやって診断していかれますか。
呉
まずは症状から疑うところですが、立ちくらみが多いとか、立ち続けていると気分が悪くなる。お風呂に入ると気分が悪くなる。頭やおなかが痛くなりやすい。だるい。動悸。そういった症状が数多く継続的に見られる場合には、他疾患の鑑別の後に新起立試験というものを行うように推奨しています。一般的な起立試験は寝た状態から立ち上がって10分間測る試験ですが、これにちょっとした操作を加えたものが新起立試験になります。
池脇
実際にそういう子どもさんが受診されてODを疑うときに、先生方は新起立試験で子どもさんを寝かせて、立たせて、例えば血圧や脈、そういったものをモニターするのでしょうか。
呉
そうです。最低5分以上寝かせた状態から立ち上がらせる。自分で立ち上がって、10分間、心拍と血圧をモニターする。特に思春期のODの中の一部に起立直後性低血圧というものもあり、これが通常の起立試験では診断が難しいのです。立ち上がった直後、最初の30秒以内のところの一過性の血圧の低下が遷延している病態ですので、そこを見つけるのは通常の血圧測定ではできないのです。これがちょっと難しくて新となっていますが、逆にいえば、新起立試験ではない通常の起立試験で起立直後性低血圧以外のODは診断できます。
池脇
そうすると、おそらく本人の自他覚症状プラスこの起立試験、基本的にそういった2つの柱で先生方は診断されているということですか。
呉
そうです。もちろん鑑別を行ったうえで、この2つで身体的なODを、さらに問診などから心理・社会的な関与を評価し、診断しています。
池脇
本人にとっても、あと親御さんにとっても、学校に行きたくても行けないというのはたいへんな状況ですね。質問には薬物療法が入っているのですが、おそらく先生方は非薬物療法で対処を始められるのではないでしょうか。
呉
そうです。まずどういったタイプのODであっても、必ずすべての人に行われるべきは、どういった病態によってその症状が引き起こされているのかの説明です。それを説明するうえで検査が必要になるのですが、検査を行い、数値で起こっている異常について説明をし、例えば立ちくらみはこういったことによって起こっている。そしてその立ちくらみはこういった生活、あるいはこういった薬物を使うことによってこの部分が改善することをしっかりと提示してあげる。それだけでかなりよくなる方がいます。要は、何が起きているのかわからないから辛くて不安というところを取り除くことは最初のステップでできますので、そこをぜひ最初にかかられる医師に行っていただけると助かります。
池脇
原因ではないかもしれないけれども、ODによって生活のリズムが乱れて、極端なケースだと例えば昼夜逆転してしまう。一般的な生活のリズムを整えるのも大事ですか。
呉
たいへん大事になります。もはやこれは鶏が先なのか、卵が先なのかわからない部分もあるのですが、昼夜逆転が起きているから朝の血圧の反応が悪いという側面もあるかもしれないし、ODという疾患による心理・社会的な不利益によって昼夜逆転が引き起こされていくという側面もあります。睡眠のリズムを整えるというのは自律神経にとっても非常に大事ですので、そういった指導は有効な可能性があります。
池脇
小学校の高学年ぐらいからODになると、医師から直接子どもさんに指導してもなかなか理解して行動に移すのは難しく、やはり親御さんも一緒にということでしょうか。
呉
そうですね。親御さんの働きかけというのは非常に重要になってきます。ただ、これは必ずしも親御さんが行うことが正解とは限らないかもしれません。場合によってはそれが生き苦しさを生んでしまうかもしれないので、まずは落ち着いていただくというシチュエーションもあるかと思います。
池脇
まずは薬物を使わずにいろいろな指導をして、けっこうそれによって回復していく子どもさんが多いとはいっても、中にはなかなか回復しないこともあると思います。そういったときにはどのような薬物を使われるのでしょうか。
呉
α1の刺激薬が一般的に用いられるかと思います。ミドドリン塩酸塩ですね。末梢動脈の収縮不全や静脈灌流の悪さなどが病態の中心になりますので、そういった薬をうまく使うことで、特に起立不耐症状、立ちくらみや動悸といった症状を改善することが期待できると思います。
池脇
本人にとっては学校に行くのが辛い。でも、先生方も、できれば親御さんも学校に行ってほしいというときには、学校という受け入れ先の準備や連携はどうなのでしょうか。
呉
これも非常に大事になってきます。学校という場所がハードルが高く感じるような場合は行動自体がなかなか変容しませんので、例えば、体育や朝礼に対する配慮としてずっと立ち続ける必要はないとか、あるいは、頭痛が出たときにすぐ薬をのんでいいとか、そういった配慮がなされることが、子どもたちが学校に足を向けるための重要な準備になると思います。
池脇
ありがとうございました。