池田
アルコール手指消毒による皮膚の荒れについての質問で、おそらく洗浄による皮膚の荒れも同じだと思います。手のひら側は毛がないので、そこには皮脂腺がないのですが、手のひら側の潤い成分のメインは何なのでしょうか。
矢口
手のひらは汗をよくかく場所ですよね。ですから、汗の中に含まれている微量の皮脂と表面の角質層の中の潤い成分が脂としてにじみ出てくるのだろうと思います。ですが、やはり一番多いのは、例えば男性でいうと顔をさわったりして、その脂が手についてしまう、これも大きいのではないのかと私は思います。
池田
コロナが流行してあまりさわらなくなったけれども、ついついさわってしまいますよね。
矢口
少なくなりました。
池田
メインは脂分が石けんやアルコールで溶かされてしまうのでしょうか。
矢口
もともと手のひらというのは皮脂の分泌が非常に少ないところですから、そこに界面活性剤である石けんやアルコールを頻繁に使うと脂を取ってしまいます。つまり、手のひらをより乾燥させてしまうわけで、するとどうしてもそこに小さな亀裂が生じ、簡単にいうと肌荒れを起こしてしまいます。例えば主婦の方ですと炊事や洗濯の洗剤もそうです。あと仕事をされている方で、例えば油を洗うのに非常に強い洗剤を使ったりすると、手のひらが本当に砂漠化するわけです。砂漠化してしまうと、どうしても外敵に弱くなって、無防備な状態になってしまうと思います。
池田
いろいろな刺激が入ってくるのですね。テレビ等で適切な手の洗い方などいろいろ紹介していますが、皮膚科的見地からはどのようにするのが適切なのでしょうか。
矢口
皮膚科的見地というのは難しいですね。仕事をしている方や、学生は休み時間に手を洗います。1日に何回も洗う必要があるのかどうかということもありましたが、この放送(2022年6月)の2年以上前に始まった新型コロナウイルス感染症、最近少なくなりましたがインフルエンザが流行しているときにも、手をよく洗いましょうというのがありました。固形石けん、または泡石けんを手につけて、優しくこすって、手全体に泡をつけるわけですが、特に忘れやすいのが指の間、指間というところです。指間も両方の指を使ってよく洗っていただく。推奨されているのは30秒ぐらいといわれますが、なかなか30秒というのはできません。研究的な結果は特にないのですが、15~20秒洗えば十分かなと思います。あと、十分に洗い落として、その後、しっかりと拭き取ることも、皮膚や手の荒れ、皮膚炎を作らない重要な要素になります。
池田
学校の先生によっては、肘から先は全部洗うよう指導する方もいますが、そこまでやる必要はあるでしょうか。
矢口
例えば以前のインフルエンザでしたら冬に流行しますので、もちろん長袖を着ている時期ですから、手だけで十分だと思います。コロナ禍で例えば夏でもいろいろなところをさわることによってウイルスをもらってくるとか、それに例えば顔に触れるとか、ちょっと鼻をほじるとか、そういうことによってうつることもわかっているので、やはり手首から先、手のところを重点的に洗っていただければ十分です。肘から手首までのところは内側の皮膚が特にやわらかい、少し弱いところですので、こすり過ぎたり、ブラシを使ってごしごしやるのは好ましくないと思います。
池田
一方、あまりにも感染を恐れてしまって、一日中ビニール手袋をつけている方もいると聞いたのですが、それによって起こる不都合なことはあるのでしょうか。
矢口
我々も皮膚外科の経験から、手袋をしているとだいたい30分ぐらいすると中に汗がたまってきます。たまった汗に長々とつかっていると脂肪を浮き上がらせてしまって、手袋を取った後にものすごく乾燥しやすくなります。
それと、高温で多湿という環境を作ります。もちろん手術のときには十分な消毒をして手袋をしますので、感染症のおそれはあまりないと思いますが、皆さんがコロナを恐れて一日中しっかりとフィットするような手袋をすると、やはり中に汗がたまって、皮膚の常在菌が増殖します。かびももちろんいますので、手の白癬、いわゆる手の水虫といったものも起こりやすいかなと思います。
池田
やり過ぎはだめということですね。
矢口
絶対だめですね。
池田
質問の自家製レシピ、これはおそらく何か保湿剤のようなものを指していると思うのですが、一般的に売られているいわゆる保湿剤にはどのようなものがあるのでしょうか。
矢口
一番有名なのはヘパリン類似物質配合の軟膏を中心とするものが多いと思います。ソフト軟膏やローション、噴霧剤や泡状のものなどいろいろあります。最近はヘパリン類似物質クリームと名前が変わってしまいましたが、ジェネリックのあまりべたべたしないヘパリン類似物質のクリームを勧めることもけっこうあります。特に女性の場合にはちょっとべたついているぐらいでも、使い慣れているので、先発品でも大丈夫ですが、男性は「これをつけなさい」と言っても、まずつけてくれません。ですから、ジェネリックではありますが、もっとさらっとしたクリームを塗っていただくようにしています。
それ以外には、いろいろなメーカーで市販されていますので、保湿成分が含まれていてその人に合えばそれでいいのかなと思いますが、手荒れが激しいとか、手湿疹ができているとか、そういう方ですと尿素系のクリームは刺激性が強かったり、ひりひりすることもありますので、ちょっとお勧めできないです。
池田
自家調製できるレシピについてですが、もともと売られている幾つかの保湿剤を混ぜるか、あるいは自分で全く新しく作ってしまう、そういうイメージでしょう。実際に今お話に出た、ヘパリン類似系、尿素系のものを混ぜたり、あるいはほかの例えばジフェンヒドラミンクリームなどを混ぜたりすることはあるのでしょうか。
矢口
簡単に言ってしまうと、まずそういうことはありえません。単剤で使うのがベストですし、例えばクリームと軟膏を混ぜるというのを聞いたりすることがありますが、そんなことをやると、1カ月もすると分離しますし、効果もぐっと下がってくるので、やはり単独でお使いになるのが一番よいかと思います。
池田
混ぜることによって、かえって効果がなくなったりするのですね。
矢口
あっという間に効果はなくなってしまいます。
池田
今、分離するとおっしゃいましたが、どのような状態になるのですか。
矢口
クリームと軟膏ですと、2カ月もすると2層に分離します。例えば、ヘパリン類似物質クリームとステロイドを混ぜた軟膏を、患者さんが少し暑い自宅の居間に置いておいたところ、上のほうがちょっと白っぽく、下のほうが軟膏のような透明感のあるものに分離したということが夏になると時々あります。
池田
患者さんは上澄みを塗るのですか、下を塗るのですかという話になりますね。
矢口
それを短期間で使うとすれば、上のほうは保湿剤をずっと塗っていって、やっとステロイドが出てくるのかなと、そんな感じがしますが、外用剤同士のミックスというのは控えたほうがいいかと思います。
池田
例えば乾燥がすごく強くなっていって、今度は湿疹が起こってきますよね。そのときに保湿剤とステロイド等の外用剤を塗るというのはどうなのでしょうか。
矢口
例えば朝、炊事や洗濯をして、その後しばらく時間が空く方であれば、ハンドクリームを別に塗らなくても、ステロイドの薬を塗って、100円ショップなどで売っている綿の手袋をしていただきます。それを1日に4回、5回とやっていただければ、15分だけでもけっこうです。ただ、30分、1時間とステロイドプラス手袋をやっていただくと、1日3回ぐらいでもよくなっていきます。
あと、困ってしまうのは飲食店に勤めている方です。ちょっと空いた時間にハンドクリームやステロイドを塗って、手袋をして、10分、15分でいいからそういう時間を作りなさいということを言わざるをえないですね。あとハンドクリームに関しては、かなりよくなってから、半分予防として使っていただくのが本当はベストなのかなと思います。
池田
湿疹でかゆくなってきているところに保湿だけでは無理だということですね。
矢口
無理ですね。ただ、外来にいらっしゃる患者さんは、小さなお子さんの場合には小児科からよくヘパリン類似物質が出ているので、そのお母さん方はヘパリン類似物質でも湿疹を治せると考えている方が非常に多いです。ですから、私は「ステロイドを塗らなきゃ治らない。治してからヘパリン類似物質や保湿剤を塗るんだよ」と、そういう話をよくします。
池田
どうもありがとうございました。