「耳」を英語で表現する際、皆さんはearとearsのどちらを使いますか? 状況にもよりますが、kidneysやlungsのような複数ある臓器は複数形で表現することが一般的です。したがって「耳」や「イヤフォン」はearsやearphonesと複数形で表現することが一般的です。一見簡単に思えるこのearの発音ですが、「earとyearを区別して発音してください」と言われると戸惑う方が多いのではないでしょうか?実際にはこの2つの発音は異なります。興味のある方はYouTubeの動画で“ear vs year”などと検索してみてください。発音に関する多くの解説動画を見つけることができるでしょう。
「外耳」external/outer earには「耳介」と「外耳道」が含まれます。そしてこの「耳介」にはauricleとpinnaと2つの呼び名があります。このうちpinnaは「ピナ」のような発音になります。「外耳道」external auditory canal(もしくは単にear canal)の奥にある「鼓膜」は医学英語ではtympanic membraneですが、患者さんと会話する際にはeardrumという一般英語を使うことをお勧めします。
外耳道閉塞の原因の一つが「耳垢栓」ですが、これは医学英語では「耳垢」cerumenと「固着」impactionを組み合わせてcerumen impactionと表現します。ただ一般英語ではearwax buildupやearwax blockageのように表現します。また「耳かき」に相当するものは英語圏にはありません。耳掃除に使われる綿棒は、英語圏では商標名であるQ-tipsと呼ばれることが一般的です。
「中耳」middle earにはeardrumの振動を増幅する3つの「耳小骨」auditory ossiclesがありますが、これにもそれぞれ医学英語と一般英語が存在します。「ツチ骨」malleusは「金槌」や「木槌」の「槌(つち)」に形が似ているので、hammerと呼ばれます。「キヌタ骨」incusは英語圏で金具の加工に使われる金床に形が似ているところからanvilと呼ばれます。このanvilとは「トムとジェリー」でよくトムが潰されていた黒い鉄の塊です。日本語の「砧(きぬた)」はこのanvilを翻訳した表現だと思いますが、厳密に言えば砧とanvilは同じものではありません。そして「アブミ骨」stapesは乗馬の際に足で踏む金具である「鐙(あぶみ)」に形が似ているためにstirrupと呼ばれます。ちなみに「内診」pelvic examなどで足を乗せる際に用いるstirrupは、左右で対になっているのでstirrupsと複数形58(186)で表現しましょう。
「耳炎」は「耳」を意味するoto-と「炎症」を意味する-itisを組み合わせてotitisとなり、「中耳炎」はotitis mediaとなります。otitis mediaの中でも「急性中耳炎」であるacute otitis mediaは「感染症」になるので、一般的にはmiddle ear infectionやear infectionと呼ばれます。そしてこのmiddle ear infectionは「滲出性中耳炎」であるotitis media with effusion(OME)や「真珠腫性中耳炎」であるcholesteatomaとは本来区別されているのですが、英語圏の一般の方にはこれらを区別することなくotitis media=ear infectionと認識している人も多くいらっしゃいます。
「内耳」inner earには「蝸牛」cochlearと「前庭」vestibuleがあります。前者は「コックリァ」のような、そして後者は「ヴェスティビュゥ」のような発音となります。「補聴器」の英語はhearing aidsとなりますが、「人工内耳」の英語は「埋め込まれた蝸牛」というイメージのcochlear implantsとなります。どちらも左右対になっている場合にはやはり複数形を使うのでご注意を。
「めまい」dizzinessは「前失神」presyncope、「浮動性眩暈」lightheadedness、「平衡障害」disequilibriumと「回転性眩暈」vertigoの4つに分類されますが、vestibuleが問題で生じるvertigoの有無を尋ねる際には注意が必要です。日本語では「目が回りますか?」のような表現を使いますが、これをそのまま“Do you feel your eyes are rolling around?”としてしまいますと、「眼球が床を転がるように感じますか?」のような奇妙な表現になってしまいます。目は回らずに自分や周囲が回っているように感じるのがvertigoなのですから、英語ではそのまま“Do you feel you are spinning in the room?”や“Do you feel the room is spinning?”のように表現します。また「良性発作性頭位めまい症」のbenign paroxysmal positional vertigo(BPPV)では「発作性」を意味するparoxysmalの発音に苦労されている方が多いと思いますが、これは「パラクシィズマゥ」のような発音となります。
「耳鳴」の医学英語はtinnitusとなります。その発音は「ティニィタス」(英国)や「ティニィティス」(米国)が一般的ですが、「ティナィタス」とも発音されます。このtinnitusは一般的にはringing in the earsと表現されますが、このringingは特定の音を想起させる形容詞です。しかしtinnitusでは患者さんに聴こえる音は実に多彩で、ringingのように聴こえるとは限りません。日本語でも「ブーン」「シュー」「ゴー」といった擬音語がありますが、これらは英語ではそれぞれbuzzing hissing and roaringのように表現されます。このようにtinnitusで患者さんが感じる音には様々な種類がありますので、患者さんにtinnitusの有無を尋ねる際には“Do you hear ringing in the ears?”ではなく、“Do you hear any sounds that you shouldn’t hear?”のような質問を使う方が良いでしょう。
医学部で熱心に講義を聴く学生とそうでない学生がいるのは今も昔も変わりません。前者のように「耳を傾ける・傾聴する」というのを英語ではall earsを使って、“She is all ears.”のように表現します。これに対して「何を聞いても頭に残らない」という状態を日本語では「右の耳から左の耳」のように表現しますが、英語でもgo in one ear and out the otherを使って、“It seems like everything goes in one ear and out the other.”と表現します。
文章を聞いてその内容を理解する能力を測る試験をhearing testと誤解している方もいますが、もちろんこれは「聴力検査」を意味します。語学試験で行われるのはlistening comprehension testとなりますのでお間違えなく。聴力が低下することを「難聴」と言いますが、これを英語ではhearing lossと呼び、聴力が完全に失われたdeafnessとは区別して使われます。視力が低下することをvisual lossと呼び、視力が完全に失われたblindnessと区別するのと同様です。そして「伝音性難聴」であるconductive hearing lossと「感音性難聴」であるsensorineural hearing lossを区別するために用いられるWeber testとRinne testですが、この発音にも注意してください。前者の「ウェバー」は問題ないのですが、後者は「リネー」のように、後部にアクセントがあるので間違えないようにしてください。
発音と言えば言語中枢であるWernicke’s areaにも注意が必要です。日本では「ウェルニッケ」として認知されていますが、英語では「ゥワァーニキィ」のような発音となります。このWernicke’s areaとBroca’s areaに問題があると「失語」aphasiaとなります。Wernicke’s aphasiaは言葉の意味がわからなくなってしまう「感覚性失語」ですが、この英語はreceptive aphasiaであり、流暢に話せることからfluent aphasiaとも呼ばれています。これに対して言葉が出てこなくなるBroca’s aphasiaは「運動性失語」expressive aphasiaであり、流暢に話せないことからnon-fluent aphasiaとも呼ばれています。
難聴の原因として多いのがsensorineural hearing lossの「騒音性難聴」noise-induced hearing lossと「老人性難聴」presbycusisです。このpresbyが加齢を意味するので、「老眼」は医学英語でpresbyopiaとなります。そしてnoise-induced hearing lossの対策としてはヘッドホンのように外耳に被せる「イヤーマフ」と、外耳道に挿入する「耳栓」が重要になりますが、前者はear muffsと、後者はear plugsとなります。やはりこれらも複数形にする必要があるのでご注意を。
知って楽しい「
第12回 耳に関する英語表現
国際医療福祉大学医学部医学教育統括センター准教授
国際医療福祉大学大学院「医療通訳・国際医療マネジメント分野」分野責任者
日本医学英語教育学会理事
押味 貴之 先生