山内 これが収録された2022年6月時点では、COVID-19によるパンデミックが、少し落ち着いてはいますが、これに大地震、火山の噴火等、いろいろ心配の種は尽きないですね。最悪を想定して、今の日本にこういったことが連続して起きた場合、コントロールセンターといったものは存在するのでしょうか。
庄古 大規模な自然災害では、厚生労働省を中心としたDMAT事務局、あとは各被災地の都道府県庁に災害対策本部ができるので、これらが司令塔となって災害医療が構築されていくことになります。ただ、DMATチームは、阪神・淡路大震災を契機に2005年に誕生し、主に外傷や救急疾患をメインのターゲットとして作られたチームですので、今回のようなパンデミック、呼吸器感染症による状況において、DMATがストレートに今までの業務を行うことはなかなか難しかったと聞いています。
山内 実際、感染症というのは、治療の形態からいっても、なかなか今の救急医療とは合わないところが出てきますね。
庄古 救急医療は時間が勝負という世界ですので、早く診察して、早く診断・治療をすることが求められるのですが、呼吸器感染症に関しては医療スタッフが感染するリスクがあるので、十分なPPE、防護着を装着したうえで、ある程度医療者を守りつつ診療をしなければなりません。そこでやはり時間的なタイムラグが生じて、診断・治療が少し遅れてしまうことが今回、各地方で起きた状況かと思います。
山内 日本では新型コロナ騒動の最初の頃、ダイヤモンドプリンセス号の件がありました。あのときDMATとしては何かされたのでしょうか。
庄古 もともとDMATに関しては、感染症対策は業務目的に入っていなかったのですが、今、DMATは各病院、特に災害拠点病院に1チームずつ置かれており、DMAT自体が自然災害等ですぐに病院から出られるような体制を取っています。ダイヤモンドプリンセス号のときのようにすぐに医療スタッフを集めたいといった場合に、自然災害に対して構築されたDMATという組織が非常に期待されたことで、ダイヤモンドプリンセス号にDMATチームが招集されたと思っています。
山内 実際、そこから浮かび上がった課題はどういったものだったのでしょうか。
庄古 DMATチームは患者さんを搬送する救急車等を持っています。ですので、自分たちで移動手段を持ち、ある程度の医療資機材を持ち、医師、看護師、ロジスティックといわれるような事務系のスタッフも一緒に行きます。そのため医療をある程度その場で完結することができるはずなのですが、感染症に関しては知識に乏しい方々もたくさんいたと思いますので、その場で感染症専門のスタッフから指導を受けて対応に当たったと聞いています。もちろん、DMATというのは救急医が多いので、普段から重症感染者を診ている医療スタッフではあるのですが、このようになかなかウイルスの本体がよくわからない。どのように感染してくるか、どれぐらいのリスクがあるのか、ウイルスの対応が本当にこれでいいのかがわからない中での診療となったので、やはり難しい面がかなりあったと聞いています。
山内 地下鉄サリン事件のときにはDMATはまだなかったのですか。
庄古 地下鉄サリン事件のときはDMATという組織はありませんでした。現場でサンダル履きで白衣を引っかけて治療に当たった医師がいたという話も聞いていますし、聖路加国際病院のように、とにかく来る救急車、来る患者さんは絶対断るなという日野原院長の命令のもとに多くの患者さんを、診療科の医師、看護師、その専門性を問わず、みんなで当たったという時代でした。DMATは災害がメインになりますが、自分たちが災害現場で被災してしまったり、危険なことに突っ込んでしまうリスクもあります。そういうことをきちんと判断して診療が行えるようなトレーニングを受けているチームですので、現在は昔の地下鉄サリン事件のような状況下でも、ある程度は対応が可能になるかなと思います。
山内 ただし、DMATの医師は日本の救急医療の選りすぐりの方ばかりでしょうから、こういった方々がパンデミックの中にうっかり出ていってしまって感染してしまうといった話になってしまうと、一気につぶれてしまいかねないことになりますね。
庄古 先ほど言いましたようにDMATは、救急医がメインで組織されているチームですし、各病院のエース級の医師、看護師、スタッフが多く所属しています。大規模災害のように、短期間で一気に医療資源を投入して、ある程度成果を上げるものに関しては大きな影響はないのかもしれませんが、パンデミックのように長い期間、医療の介入が必要となるような状況において、エース級といわれるような医療スタッフが長期間抜けてしまうということは、その病院、その地域にとっても非常に大きな痛手になります。DMATを連続して長期間、感染症対応に当たらせることはなかなか難しい面があると思います。
山内 そういうこともありますので、一般診療医、病院勤務医、開業医、こういった方々もいかに協力していくかが大事なポイントになるかと思います。現時点でDMATから病院、あるいは開業のクリニックに何らかのかたちで連絡をするようなシステムといったようなものはあるのでしょうか。
庄古 自然災害においては、都道府県がメインとなって災害対策本部を作り、医師会等で組織された支援の形態をもとに、各避難所であったり、各病院に医師会の医師が駆けつけるというシステムになっているところが現在は多くなっていると聞いています。ただ、地域によってはなかなかそういうシステムがまだ構築されていないところもあると思います。いざ大きな災害といったときに、開業医に対して、行政やDMATから連絡や指示が行き届くかというと、それはなかなか難しいと思います。
山内 例えば、質問をくださった先生のように、どういったことが可能か、何かやりたいという方はどういったところに行くと役割が果たせるか。このあたりはいかがでしょうか。
庄古 まず各行政に災害対策本部ができます。そこに医療対策本部というものが必ず設置されますので、なかなか通信手段は難しいかもしれませんが、その医療対策本部からの指示、ないしは医療対策本部に対して災害時、今協力できる態勢であることを連絡いただければ、おそらく開業医は地域の医療資源が少ないような病院に回ってくださいというような指示があるかと思います。少し時間がたったフェーズであれば、避難所等の多くの一般市民の方が参集する場所ができると思います。そういう場所は必ず医療のニーズが発生しますので、避難所等でご活躍いただくことも多々あるかと思います。まずは各行政機関の医療対策本部のほうで指示を仰ぐのが一番いいと思います。
山内 そのために日頃からパンデミックへの対策はできると思いますから、そういったものの訓練を積み重ねておいたほうがいいというところでしょうか。
庄古 感染症に対応する方法というのは、どのようなウイルス、どのような細菌であれ、大きく違うことはないと思います。もちろんひどい空気感染を起こすような感染症に関しては、なかなか普通の装備では対応が難しいと思いますが、今回の新型コロナウイルスのように接触感染や飛沫感染がメインである感染症に対しては、普段、日常診療で培った感染症対策が生きてくると思います。そういう感染症対策の基本を普段の日常診療でも少し学んでいきながら、災害時にも対応していただくことになるかと思います。
山内 ありがとうございました。
パンデミック下におけるDMATの活動
東京女子医科大学附属足立医療センター救急医療科教授
庄古 知久 先生
(聞き手山内 俊一先生)
COVID-19の第6波のピークにありますが、このようなパンデミックの状況下において、首都直下型地震や南海トラフ大地震などが起こった場合にDMATはどのような対策を検討されていますか。また、一般診療医にはどのようなことが可能かご教示ください。
神奈川県開業医