ドクターサロン

齊藤

白波瀬先生に企画いただいた職域精神保健が最後になるので、まとめをしていただきます。長時間労働でメンタル的に体調を崩す場合があり、今、時間管理がいろいろな領域で話題になっていますね。

白波瀬

確かに最近は、企業だけでなく、医師の世界でも働き方改革が進められています。また、教師も働き方を考えていかなければならないという流れがあると思います。

齊藤

今まで医師はたくさん働くほど経験が多くなるのでよい、みたいな考えがありましたが、これもしっかり時間管理をして、長時間労働の場合は面接をしないといけないという動きが、待ったなしで来るようですね。

白波瀬

今、病院では、2024年4月から開始される働き方改革に向けての体制作りが急ピッチで進められています。

齊藤

病院にとってはたいへんなことですが、医師の健康管理に加えて、医師が接する患者さんの安全という面もあるのですね。

白波瀬

単純に働く時間を短くすればよいというわけではなく、患者さんにきちんとした治療を安全に提供するためには、チーム医療を併せて実現していかなくてはならないと考えます。

齊藤

仕事量もさることながら、仕事の質といいますか、仕事のコントロール、コミュニケーション、ハラスメント、あるいはクラッシャー上司、対人関係の問題がありますね。その辺についてまとめていただけますか。

白波瀬

病院は、医師だけでなく、医療技術部門、そして看護師も病棟ごとで独立しているところがあり、風通しがよくないともいえます。そのために、その部門独自の厳しい指導方法があったり、ハラスメント的な言動がまかり通っていることがあります。2022年4月からハラスメント防止法が中小企業にも義務化されましたが、今後は何か困ったりつらいなと思ったりしたときに、声に出せる体制が少しずつ整ってくるのではないかと考えます。

齊藤

そういう体制をしっかり作って、ハラスメント的なことが起こった場合にしっかり対応することがハラスメントをされている人にとっても心の安定になるでしょうし、また知らず知らずにハラスメントをしている人へも影響があるということでしょうか。

白波瀬

今ご指摘いただいた部分はとても大切だと考えます。ハラスメント対策の目的は、誰かを処罰することではなく、みんなが働きやすい職場を実現することです。自覚せずに行っていた言動を見直してみる、あるいはどのようなコミュニケーションの取り方をすればよいかを相談してみる、そんな機会にしていただければと思います。

齊藤

体制を作って、そういう方針でやるとトップから話をすることになりますか。

白波瀬

ハラスメント防止には、トップの宣言が不可欠です。まず「当院 (当社)では、ハラスメントは許しません」と宣言し、それに呼応するかたちで具体的な動きが現場で始まる。トップと現場という両側から整備されていることがとても大切です。

齊藤

産業医は長時間残業健診やストレスチェックの後の面談でかなりセンシティブな情報を聞きうる立場です。それをうまく加工して話を進めていくということでしょうか。

白波瀬

産業医には、これからハラスメントの問題に積極的に関わっていただくことが重要だと考えます。また、社員の方に、こういう話を会社にしっかり伝えることの大切さや、きちんと対応してもらえることを情報提供する役目を果たしていただければと思います。

齊藤

産業医は少し裏方的な仕事になりますが、重要だということですね。それでもうまくいかない場合、産業医として、どういったことを話すかヒントはありますか。

白波瀬

メンタルヘルス不調のエピソードを失敗とか挫折としてではなく、これからその人が健康で働き続けるための課題を見つけるための大切な経験として取り扱うのがよいと考えます。これまでの働き方ではどこか無理があった。その無理な部分を見つけて修正することで、今後しっかり働けるようにしていくという考え方です。産業医には、健康管理という面から社員の働き方を指導するコーチのような役割を果たしていただけるとよいと考えます。

齊藤

その会社に合わないので辞めていくようなことが起こった場合に、産業医としてそういった声かけをして、これを機にさらに発展して社会とつながってもらうということですか。

白波瀬

会社を辞めることは必ずしも失敗や挫折ではないと考えます。相性というものがあると思います。退職するかしないかではなく、その退職体験をいかに次に生かしていくかを強調いただけるとよいと考えます。

齊藤

去っていく人たちの社会とのつながりはどうなるかが気になるのですが、自己を見つめ直してもらって、これからも社会とのつながりを持ってもらうということでしょうか。

白波瀬

産業医という立場では、退職して会社から離れた人との接点はなくなります。ただ、その人が引き続き社会の中で生きていくことを考えて、社会の様々なネットワークにつながることができるように支援いただけるとよいと思います。それもまた、退職していく人にとって助けになると考えます。

齊藤

医学を背景にして、幅広い常識を持ってアドバイスしていくということでしょうか。

白波瀬

本当にそのとおりだと思います。医学といいますと、どうしても病気を治すということに限定してしまいがちになる。でも、人が社会の中で生きていく、それも健康に生きていくには、医学以外にたくさん力が必要です。両立支援が今注目されていますが、病気を持ちながら社会で生きることも、健康に生きていく一つのかたちだと思います。病気を治すだけでなく、完全には病気を治せないけれども、その人が社会で生きていくのを医学の面から支援するという観点も持っていただけるとよいと思います。

齊藤

最近、いろいろと物騒な事件がニュースで報じられますが、孤立した人たちについて、精神科医あるいは産業医も含めて、どう対応していくべきでしょうか。

白波瀬

本当に難しい問題ですね。何か一つ解決できれば、そのような行動を防ぐことができたという単純な問題ではないと思います。それでも、それらの行動に至る要因として、社会からの孤立があると思います。孤立した結果、自分の世界の中だけで生きるようになる。その点からいえば、その方々も社会の中で、社会とつながって生きていけるように、精神科医、そして産業医も我が事として考えるのが重要と考えます。

齊藤

先生は、no man’s landという言葉を使っていますが、未知の領域がまだまだあるということでしょうか。

白波瀬

no man’s landは本来、誰も立ち入ることができない無人地帯という意味です。でも、見方を変えれば、領域を越えた人たちが集まって、新しいものを作っていける、そういう可能性を持った場所と考えることもできると思います。

齊藤

産業医としてこれからやっていく仕事はまだまだありますね。

白波瀬

そうですね、自分の仕事は自分で枠を決めるのではなくて、新たな産業医のスタイル、姿を作っていただけるといいと思います。

齊藤

ありがとうございました。