ドクターサロン

齊藤

まず、精神科における薬物療法の位置づけはどのようになっていますか。

渡邊

精神科治療において薬物療法は中核となります。疾患を回復に導く過程では薬物療法だけではなくて、精神療法など様々な治療法と組み合わせていくことが望ましいのですが、薬物療法はそのベースとなる治療になっています。患者さんに合った最適な薬物の効果を最大化、そして副作用を最小化するなど、適切に使用することで、うつやイライラ、不安、不眠、躁、妄想など、ありとあらゆる精神症状を軽くすることができます。また、薬物療法はほかの治療法よりも早く効果を示すため非常に大切な治療法だと思っています。

精神科疾患は残念ながら慢性に経過して再発することも多いため、今ある症状を軽くする、なくすだけではなくて、再発を予防することも大切です。多くの疾患において薬物療法による再発予防の効果が知られていますので、その点においても効果、意義があるのではないかと思っています。

齊藤

薬物療法は今とても進歩して副作用も少なくなってきているということですね。

渡邊

そうですね。

齊藤

その中で、働いている人についてどういうことがあるでしょうか。

渡邊

仮に働いていて仕事を休まない、あるいは休んでから仕事に戻ったときに、働きながら治療を受けるとしたらどんな薬物療法がいいか、そういった観点で考えています。例えば眠気とかだるさといったQOLに影響するような副作用の少ない薬、あるいは業務を遂行するうえで認知機能を下げず、そして意欲や集中力を向上させるような薬、さらには1日3回だと、服用し忘れることがあるでしょうから、1日1回で済むような薬、こういったタイプの薬が就労者の方には望ましいのではないかと私は思っています。

齊藤

精神科医から「休職を要する」という診断書も出てきますが、先生は休む休まないの判断はどうされていますか。

渡邊

もちろん精神科医によって考え方が違うかもしれませんが、うつ病を例に取ると、うつ病が軽い場合は休まないほうがむしろいい場合もあったりします。逆にいうと、ある程度以上重い場合は休ませたほうがいいと思いますし、あとは何よりも仕事がストレスとなっている場合は、そこの場から離すことがいいと思っています。

齊藤

そういった中で、よく使われる抗うつ薬にはどういったものがあるのでしょうか。

渡邊

抗うつ薬は大きく2つに分かれます。眠気の作用のあるミルタザピンが代表的な、いわゆる鎮静系の薬物。それから、非鎮静系薬物として眠気の作用が少ないSSRI、SNRIというカテゴリーの薬。そして最近出たセロトニン再取り込み・セロトニン受容体モジュレーター、S-RIMという、ボルチオキセチンといったものがあります。

齊藤

ミルタザピンとはどういうものでしょうか。

渡邊

ミルタザピンは抗うつ作用が強力で、三環系抗うつ薬に匹敵するぐらいの効果があります。不眠とか食欲が出ないという人にはとてもいいのですが、時として逆に眠くなる、だるい。そして体重増加が問題となったりします。なので、家でしっかり休んでくださいといって休職する人にはとてもふさわしい薬ですが、就労を継続する人、朝からしっかりと仕事をしなければいけない人にはこの眠気、だるさが支障になることがあります。なので、ちょっと気をつけなければいけない薬かもしれません。

齊藤

非鎮静系はどういったものでしょうか。

渡邊

まず、ご存じの方が多いと思いますが、SSRIというカテゴリーの薬があります。これは不安やうつに関連するセロトニンに選択的に働きます。うつ病だけではなくて、パニック症や強迫症、社交不安症、全般不安症といったあらゆる不安症に加え、過食症までにも有効とされています。非常に使いやすいので、初診でよく使われたりします。ただ、胃腸症状や性機能障害などの副作用があったりしますので、そこは少々注意する必要があると思います。抗うつ薬の中で私たちも不安があるようなうつの場合はたいていSSRIを使っています。

ほかにSNRIというものもあります。これはセロトニンだけではなく、ノルアドレナリンの刺激もするのですが、ノルアドレナリン作用は意欲とか集中力の向上などに影響すると考えられます。デュロキセチンは痛みに対しても効果が証明されているので、SSRIプラスアルファが希望という場合はいいと思います。ただ、消化器症状はSSRIと同様ですし、ノルアドレナリンに作用しますから、頻脈や血圧上昇が起きるのが特徴かと思います。ただ、認知機能にはSNRIはいいと考えられています。

先ほど申しましたS-RIMというタイプは、ボルチオキセチンが該当しますが、これは性機能障害や不眠などセロトニンがらみの副作用が現在の抗うつ薬の中で最も少ないとされています。なので、外来初診では非常に使いやすいかもしれません。認知機能も向上されることから、重症の方には効かないかもしれませんが、外来で様子を見ようという方、そして就労者には向いている薬ではないかと思っています。

齊藤

副作用で消化器症状というのが出てきますけれども、これは最初に多いのでしょうか。それとも、あとでも続きますか。

渡邊

たいてい最初で、だいたい2~3週間でおさまります。逆にいうと2週間で抑うつ効果が出てきます。最初に副作用が出て、遅れて効果が出てくるので、その辺はきちんと説明しなければいけないと私たちは思っています。

齊藤

最初に吐き気で嫌になってしまうのを何とか乗り越えるということですね。

渡邊

そうですね。なので、少なめから出したりとか、あと吐き気止めを最初から頓服で出すということもあります。

齊藤

抗不安薬をのんでいる方も多いようですね。

渡邊

抗不安薬は多くはベンゾジアゼピン受容体に作用します。不安やイライラ、鎮静や眠気が出たりしますから、不安症とか様々な精神疾患、どんな疾患でも不安という症状がある場合は使ったりします。大きく作用時間によって分類され、短時間型は頓服に向いています。今、辛いからということでのんだりします。一方、長時間型はいつも効いていますから、予防目的で不安が出ないようにするために使われたりします。

抗不安薬はマイナートランキライザーと昔からいわれていますので、弱いとか使いやすいというイメージがあります。ただ、ご存じかもしれませんが、依存があったり、記憶がなくなるとか、ふらつきといった副作用があります。何よりも認知機能に影響して、ベンゾジアゼピンの抗不安薬をのんでいると交通事故が増えるといったデータも知られています。なので、運転を要する仕事では控えなければならず、その辺は要注意だと思っています。

エチゾラム、アルプラゾラムといった短時間型抗不安薬は、内科医もよく使用し、これを1日2~3回という処方をよく見ます。短時間の薬は覚めも短時間なので、その分、離脱が生じ、かえって不安になりやすいということがあります。そういった場合はむしろロフラゼプ酸エチルのような長時間作用型を使ったりすると、依存が形成されにくいので、正しい使い方が望ましいと思っています。

齊藤

抗不安薬は依存も考え、正しく使っていかなければいけないということは内科医も知らないといけないのですね。

渡邊

そうですね。使いやすいというイメージで、どうしても皆さん、気軽に出されていますが、けっこう注意ポイントがあると思っています。

齊藤

それから睡眠薬はいかがでしょう。

渡邊

これもベンゾジアゼピン受容体に作用する薬が多いのです。先ほどの抗不安薬と副作用は基本的に同じで、ゾルピデムとかブロチゾラムといった短時間の作用型が安全と誤解されやすいのですが、先ほど来、紹介しているような依存性、安全性の問題があるので、ここ数年、睡眠の体内時計を調節する別の2つのタイプの薬が注目されています。1つは睡眠物質であるメラトニンの受容体に結合して効果を発現させるメラトニン受容体作動薬のラメルテオンとか、逆に覚醒物質であるオレキシンの受容体結合を阻害するようなレンボレキサントやスボレキサントといった薬です。これらはベンゾジアゼピン系薬に見られるような副作用がほとんどなく、体内時計も刺激するので、自然な眠りになって、よいと考えられています。依存性もないですし、認知機能への影響が少ないですから、就労者には望ましい睡眠薬ではないかと思っています。

齊藤

睡眠薬の使い方もここ10年ぐらいで変わってきたのですね。実際に専門医が使う場合には、先ほど先生がおっしゃったような新しいタイプの薬をまず使うのですね。高齢者あるいは若い人にかかわらず、どちらもということですか。

渡邊

もちろん高齢者の場合は比較的少量から出すとよいと思います。少量から出して増やすということもできますので、試みる価値は十分あるのではないかと思います。

齊藤

もう一つ、抗精神病薬をのんでいらっしゃる方もけっこう多いようですね。

渡邊

これは精神病という名前があるので、統合失調症のイメージを持たれがちですが、それだけではなくて双極性障害の躁とかうつ、さらには難治性のうつ病などにも使われます。ほかにも不安やイライラの強い病状とか、不眠や不安症を含めて、なかなか治らない難治性の病態のときに、私たち精神科医は抗精神病薬を使います。以前、昔のタイプの抗精神病薬は錐体外路症状が問題となったのですが、最近では錐体外路症状も少なく、かつ眠気や鎮静も少ないアリピプラゾールとかブレクスピプラゾール、ルラシドンといった非鎮静系の抗精神病薬が出てきているので、まさにこういった薬が就労者には望ましいのではないかと思っています。双極性障害などにも、昔ながらのリチウムなどの気分安定薬はそれなりに副作用がありますから、ルラシドン、クエチアピンといった薬がわりと好まれてきています。

齊藤

最後に、まとめていただくとどういうことになりますか。

渡邊

いろいろな考え方があると思いますが、やはりQOLに影響するような副作用、認知機能や眠気といった副作用が少なくて、1日1回で済む。こういった薬が望ましいと考えています。新しいタイプの薬はより効果が強いわけではなく、むしろそういったニーズに合っていますので、そういった就労者の方にとってより望ましい薬が処方されて回復に至ってほしいと私個人は思っています。

齊藤

新しい進歩が精神科領域の薬にはあるのですね。ありがとうございました。