ドクターサロン

齊藤

長引くうつ病、遷延性うつ病についてお話しいただきます。

うつ病についてはまず、どういったことをお考えになりますか。

渡邊

ご存じの方が多いと思うのですが、WHOによりますと、2030年にはすべての疾患の中で、DALYs(障害調整生命年)が最も高くなることが予想されています。なので、うつ病の対策をきちんと取ることは世界全体に対する打撃を抑えると理解できるかと思います。

さらに、自殺予防の観点からもうつ病に対してきちんと対応することが求められると思っています。きちんとうつを治すと自殺が減るとか、再発しにくいとか、就労状況も良好となることが示されていますので、繰り返しになりますが、うつをいかにしてきちんと治すか、それが求められていると考えています。

齊藤

働けない人や、もっと極端になると自殺をすることもあって、かなり大きい問題ですね。

渡邊

はい。

齊藤

うつ病は通常、どのぐらいの期間でよくなると考えればいいのですか。

渡邊

もちろん個人差はあると思うのですが、アメリカで4,000例を超えるうつ病の患者さんを、寛解、つまり症状がなくなることを目安にあらゆる治療を施したSTAR*Dという研究では、抗うつ薬SSRIを投与したところ、だいたい1/3強の人が寛解したといわれています。寛解しなかった、あるいはその薬が合わなかったとして、その後いろいろな薬のパターン、それから認知 行動療法などを組み合わせて1年以上かけていくと、2/3ぐらいの方がよくなると示されているのです。逆にいうと、残り1/3の方はなかなかよくならなくて、今回のテーマであるうつが遷延するという状況を招くといわれています。

齊藤

長引く人は相当な頻度だということですね。

渡邊

そうですね。ただ、寛解というのはほとんど症状がないということですから、部分寛解、マシにはなったけれども、まだまだすっきりしない、というのは残り1/3に入るので、きれいによくなるのが2/3と思っていただいてよいかと思います。

齊藤

さて、うつ病が長引く場合、どう考えていくのでしょうか。

渡邊

米国精神医学会のうつ病治療ガイドラインでは、いろいろな工夫をしても抗うつ薬が効かなかった場合、どう考えるべきかが記載されています。その一番に、まず診断を再検討すること。二番には副作用を評価すること。三番は、うつ病以外の疾患が併存しているのではないか。続いて、仕事や収入、家族関係など心理・社会的な因子の評価をする。そして、医師との治療同盟やアドヒアランス、服薬の状況について評価する。最後に、薬の相互作用などを考えていろいろ用量を再検討することなどを挙げています。

別の診断に着目した研究では、その中で一番最初に疑うべきは双極性障害としています。双極性障害はうつ症状と軽躁や躁症状があるので、それらを見逃しているのではないか。あとは、精神病性うつ病という、妄想を伴う、つまり訂正不能なうつの考えを持っているようなケースは、抗うつ薬だけではよくならなかったりするので、そういう場合があるのではないか。あるいは、うつ病であっても、例えば不安症だとか、パーソナリティ障害を伴っている人がいたり、脳卒中とか認知症といったものがうつ症状を呈することもあります。そういったことを見落としているのではないかなどが考えられます。

例えば、私たちが2013年に行った双極性障害の方に対するWebアンケート調査では、初めて医療機関を受診してから最終的に双極性障害と診断されるまで平均4年かかっていたことがわかりました。早くきちんと診断がつかないと、結果的に当事者の方は長期に職場で仕事ができなかったことを自覚し、2/3ぐらいの方の診断が遅れたために仕事に影響が出たと言っているのです。このように社会的な影響が出るのですから、きちんと正しく診断をつけなければいけないと考えています。

齊藤

なかなか診断がつけられない、時間がかかる理由はありますか。

渡邊

当事者の方はたいてい、うつに関しては自覚があるのですが、例えば軽躁では、眠れなくてもいいとか、頭が回るとか、調子がいいので、患者さんは皆さん、好調と自覚されるのです。そうすると、ご本人は自覚しないし、そういう説明をした医師も「ああ、よかったね」で済んで、実際、軽躁の病態を見逃してしまう。だから、診断が遅れてしまうのではないかと考えています。

齊藤

まずは双極性障害が重要ということですが、そのほかにもありますか。

渡邊

2014年から私たち杏林大学では遷延するうつ病の方を1週間調べる検査入院をやっているので、それについて紹介させてください。病歴を詳しく聞いたり、SCIDという構造化された面接、これはすべての疾患の可能性をインタビューするものです。だいたい2~3時間かかるのですが、このほか知的な機能や発達、体のチェック、それから作業療法における作業や集団での様子から行動面の評価をするとか、あとは睡眠の検査も行っています。

これまで200人を超える方が検査入院して、遷延性うつ病と紹介いただいている中で、実際にうつ病の診断がついた方は半分ちょっとだけでした。双極性障害の方はそれなりにいて、36%、1/3強だったのです。また、うつ病という診断がついているのですが、そのうちの4割の方は躁的成分、ちょっと張り切る人のうつとか、もともと波がある人のうつでした。ということを考えると、うつ病といっても、なかなか治らない人は双極性障害寄りの可能性があることがわかりました。

そして、先ほどの米国のガイドラインではないですが、不安症の診断がついた方が46%、パーソナリティ障害の診断がついた方は50%強いました。ほかにも自閉スペクトラム症が15%、ADHDが24%いますので、うつ病と思ってもいろいろな診断の可能性や、あるいはうつ病に併存している可能性を考えなければいけないと思っています。特にパーソナリティ障害の中では回避性、辛い場面や自信がない場面で回避してしまう方です。それから強迫性。きちんとやらなければ気が済まない、そのために何回も確認するという方、こうした方たちが多く、特に就労の現場でそういった方が目立っているというのが個人的な印象です。

自閉スペクトラム症やADHDもけっこう問題になるのですが、そういった方々が職場で起きる問題点として、対人関係のトラブルを起こしてしまう。

例えば、わからないことがあっても、なかなか周りに聞けない。そして未解決のままにしてしまい、結局手がつけられない。マニュアルや規則性のない仕事はこなせない、その方が出世して部下を持った際に、指示を出したり、業務を割り振ったりができないということです。それから、キャパシティ以上の課題や業務を詰め込んで破綻したり、期限を守れない。業務内容の変化に対応できない。自分のやり方で進めてしまって問題が生じる。指示を忘れたり、ミスを重ねたりするために叱責される。優先順位をつけられない。ミスを恐れ、過剰に時間をかけたりする。そのため残業が重なる。そして、熟慮なく転職をしてしまう。

こういったことはADHD、そして自閉スペクトラム症を持っている方でけっこう多く見られます。こうしたことからなかなか職場でうまくいかなくて、結果としてうつ状態になる。そういった方が多くいらっしゃるということを検査入院を通じて知った次第です。

齊藤

そういったことが背景にあって、一見長引くうつ状態になるのですね。

渡邊

はい。

齊藤

そういった結果からどういった対策が考えられるでしょうか。

渡邊

イギリスの研究などから、そういったうつがよくならない人というのは結局社会的なサポートが一番大事だといわれています。職場とか家族、そういった周囲の理解ですね。また、慶應義塾大学からは薬が効かなかった人に対して認知行動療法を施行したところ有効であったという研究も出ています。やはり薬だけではなくて、何よりも出ている診断とその人の発達特性を当事者に伝え、先ほどのような解決策を助言する、これが必要なのではないかと思っています。

齊藤

実際、入院した患者さんではどういった反応がありますか。

渡邊

だいたいレポート用紙8~9枚ぐらいにまとめて、あなたはこういう診断があったり、こういう特徴がある。こういう苦手なところがあるというふうに言うのですけれども、例えばパーソナリティ障害といわれると嫌かなと思っていたのですが、患者さんたちはわりと、今まで何か先が読めない、なんで私はこうなのだ、苦しいのだと思っていたのが、それが何となくすっきりした。パーソナリティ障害と言われて、なるほどと腑に落ちたとおっしゃいます。だから、これからこうしていけば良いのではときちんと助言すると、それだけでも試してみたいと言っていただけます。

齊藤

それから、レジリエンスということがいわれているようですが、これはどういったことでしょうか。

渡邊

回復力とかしなやかさといわれるのですけれども、まさにこのコロナの時代、そういった時代においてレジリエンスを持っているとコロナに打ち克てるとされています。先ほどの検査入院された方々にレジリエンスの点数をつけてみると、一般の人のだいたい2/3ぐらいの点数だったのです。遷延しているうつで、結果的にこのレジリエンス、回復力というのが低下して弱気になっている。何か辛いことがあったら、うちひしがれてしまって立ち直れないという人たちが多くなっていますので、繰り返しになりますが、こういった人たちに手を差し伸べる必要があるのではないかと私たちは思っています。

齊藤

うつ状態が長い人たちのセカンドオピニオンについて、どういったタイミングでしてもらうのがいいのでしょうか。

渡邊

病状が長引いている、あるいはもし繰り返している人がいたら、ぜひセカンドオピニオンを勧めていただくのがよろしいのではないかと思います。

齊藤

専門医と相談して対処していくということですね。ありがとうございました。