山内
折舘先生、唾液腺がんというのはいま一つなじみがないのですが、耳鼻科領域ではまま見られるものなのでしょうか。
折舘
年間発症数が日本で3,000例ほどといわれています。より一般的な甲状腺がんが約2万例であることを考えると、確かに珍しい腫瘍ではありますが、非常に珍しいとまでは言えないと思います。
山内
確かにおっしゃるとおりですね。唾液腺に関しては良性腫瘍もあるのでしょうね。
折舘
はい。良性腫瘍が7割、悪性腫瘍が3割と教科書的にはいわれています。
山内
唾液腺といいますと、耳下腺、顎下腺、舌下腺になると思いますが、この3カ所、同等に出てくるものなのでしょうか。
折舘
一番大きな耳下腺に多く、70%程度。残りの25%が顎下腺、そして舌下腺は5%程度で少ないと報告されています。
山内
解剖学的にはないと思いますが、唾液腺同士、相互に転移することはあるのでしょうか。
折舘
あまりそういう転移はありません。転移先としては、頸部のリンパ節、内頸静脈周りのリンパ節が最も早期に認められます。
山内
頭頸部がんといいますと、昨今、たばことの関連がよく指摘されていますが、唾液腺がんはいかがでしょうか。
折舘
原因として、喫煙や飲酒の影響というのはほとんどないといわれています。
山内
そうしますと、少し変わり者といえば変わり者ですね。
折舘
そうですね。通常の頭頸部がんとは原因も異なると考えてよいと思います。
山内
今のところ、関連がある因子もあまりわかっていませんか。
折舘
ほとんどわかっていないのですが、一部のもので、融合遺伝子がドライバーとなって発がんに関与しているという報告が、ここ数年見られるようになっています。
山内
発症年齢や性差はいかがでしょうか。
折舘
50~70代に多く、男女ともに発生しますが、やや男性に多いという印象があります。
山内
このがんの悪性度はいかがでしょう。
折舘
これが非常に難しくて、唾液腺がんの場合、WHOの最新の分類で病理組織が22種類あると報告されています。ただ、22種類それぞれについて考えると患者さんもたいへん混乱するので、悪性度については大きく3つに分けて、高悪性度のもの、中等度悪性度のもの、低悪性度のもの、と分けて考えることが一般的です。
山内
高・中の頻度はほぼ同等と考えてよろしいのでしょうか。
折舘
高悪性度が3~4割ぐらいと思います。
山内
わずか3,000例ほどが相当分かれるわけですから、これは医療サイドもたいへんですね。
折舘
そうですね。特に昨今のevidence based medicineに基づいて、特に今回の質問にありました薬物療法を確立させるのは、たいへん難しいがん種であると考えていただいてよいかと思います。
山内
当然、病理組織が一つかなめになるかと思いますが、場所的に何となくバイオプシーもしにくい感じがします。いかがでしょうか。
折舘
初期症状としては、耳下腺、顎下腺の腫脹で来られる方が多いのですが、そのような患者さんが来られたときに、画像診断、特にMRI検査を行い、腫瘤に対しては穿刺吸引細胞診で大まかな診断の目安をつけていくのが一般的なアプローチかと思います。
山内
MRIの画像は比較的特徴的な所見でわかりやすいと考えてよいですか。
折舘
そうですね。良性、悪性の鑑別にも利用されることがあります。また、内部構造なども判断の材料になります。
山内
今は画像診断が診断の基軸ですので、わかりやすければそれでよいのですが、そこに至る初期兆候をとらえるのは大きな問題となりますね。この唾液腺がんはどういった症状で来られる方が多いのでしょうか。
折舘
耳下腺、顎下腺の部位の腫脹、腫瘤形成が主な発見原因となります。ただ、耳下腺の深葉といって、非常に奧の部分に腫瘤形成した場合には体表からわからないことがあります。皆さんご存じのように、耳下腺の中には顔面神経が走っているので、その顔面神経に腫瘍が浸潤することによる症状、すなわち顔面神経麻痺を初発症状として来られる方も、まれではありますがいます。
山内
基本的には腫れてくると見てよいのですね。
折舘
そうですね。腫瘤形成ということになります。
山内
まれに顔面神経麻痺が起こるのですね。痛みはどうなのでしょう。
折舘
悪性の場合は痛みを伴うことがあるといわれていて、悪性三主徴といわれるものの一つに局所の痛みが挙げられています。
山内
有痛性というのはがんでは珍しいですね。
折舘
そうですね。
山内
唾液腺ですから、食事をしたときに何か症状が出るかなという気がしますが、あまりないのでしょうか。
折舘
唾液の分泌量への影響等は見られないといわれています。もっと一般的な疾患で唾石症という疾患があり、その場合は尿管結石と同様に摂食時の痛みが出ますが、耳下腺腫瘍あるいは唾液腺がんの場合にはそのようなことはあまり多くはありません。
山内
食事がらみの症状はあまりないのですね。味覚もあまりやられませんか。
折舘
味覚も特に影響は受けないです。
山内
よく外来で唾液に血が混じったという方がいらっしゃいますが、こういった方々は疑ったほうがよいのでしょうか。
折舘
唾液腺の悪性腫瘍で、例えば耳下腺の導管から血液が出てくることがないわけではありませんが、口腔内には例えば歯周囲炎など、より一般的な疾患があるので、むしろ疑うのはそちらのほうかと思います。
山内
まれだということですね。あと検査のほうでアミラーゼはいかがでしょう。
折舘
血清中のアミラーゼが高くなる例はないわけではありませんが、例えば再発のマーカーでアミラーゼを調べるというような使い方はしていません。
山内
治療ですが、これは手術になるのでしょうね。
折舘
第一選択は手術になります。
山内
手術は可能な限り取ってくるということになるのでしょうか。
折舘
可能であれば安全域をつけて取ってくることになります。
山内
手術独特のトラブルとか難しさはいかがでしょう。
折舘
やはり顔面近くに皮切が入るので、整容的な問題を考えなければならないこと。あと耳下腺の場合にはその中に顔面神経が走っているので、可能であればそれを損傷しないように、すなわち術後後遺症として顔面神経麻痺を残さないように手術してくることが肝要になると思います。
山内
そこはなかなか難しそうですね。
折舘
そうですね。がんの種類によって、特に高悪性度のもので術前から顔面神経麻痺を呈しているような場合には、温存はかなり難しいと思います。
山内
顔面の繊細な筋肉がたくさんあるかと思いますので、この温存は難しくはないですか。
折舘
顔面の表情筋の温存自体は難しくはありません。
山内
ただ、しっかり切り取ってしまうと、顔ですから、美容のほうの問題も少し出てきませんか。
折舘
確かにおっしゃるとおりで、特に進行がんで体表に近い部分で皮膚に浸潤があるような場合は、一緒に皮膚も合併切除しなければなりません。その場合は皮膚の再建、局所皮弁や遊離皮弁が必要になるので、美容的には大きな問題になります。
山内
この質問は薬物療法ということですが、手術ができなかった場合、取り切れなかった場合に薬物にいくと思います。放射線療法、薬物療法はいかがでしょう。
折舘
放射線治療に関しては、切除不能の場合は行うことが勧められていますが、これも確実な治療とは言いがたいです。放射線治療のときに併用する薬剤ですが、シスプラチンという頭頸部がんに併用する薬剤を実践的な標準治療として使うことは許容されている状況ですが、高いレベルのエビデンスがあって使用しているわけではありません。
山内
年間発症数が3,000例ほどですと、エビデンスを構築するのもなかなか難しいところがありますね。
折舘
たいへん難しいと考えています。
山内
この質問は最近の薬物療法です。シスプラチンというのは以前からある薬なので、最近のもので期待されている薬剤、特にこれといったものはありますか。
折舘
去年の11月に新しくトラスツズマブが再発転移の唾液腺がんについて適用承認になったので、おそらく質問された医師が念頭に置かれているのは、それについての質問かなと私は思っていました。高悪性度の唾液腺がんの一部で、HER2が過剰発現しているものがあり、そういった腫瘍にはHER2抗体であるトラスツズマブと殺細胞性の抗がん剤であるドセタキセルの併用が効果があるという論文が出ました。それをもとに国内で臨床試験が行われ、厚生労働省から適用拡大が得られたという背景があります。
山内
まだ承認直後ですので、これからというところなのですね。
折舘
そうですね。それに、先ほど申し上げたように症例数が多くないものですから、今ある治療に比べて、よりよい投与方法や、上乗せする薬剤の選択などに関しては、まだまだ改良の余地が残されているものと考えています。
山内
どうもありがとうございました。