ドクターサロン

山内

妊娠中の高血圧は昔からよく聞かれるテーマで、昔は妊娠中毒症という言い方もあったようですが、実際に妊婦さんの中での頻度はどのぐらいなのでしょうか。

市原

これはその国の発展度と相関していまして、発展途上国などではまだまだ問題になるほどたくさんの数があるのですが、日本では年々減りつつあります。ただし、昨今の晩婚化の影響で妊娠年齢が上がってきており、閉経期に近づいた年齢での妊娠・出産となると、もうすでに妊娠前から血圧が上がっている方が増えてきました。

最近、妊娠高血圧症候群の診断・分類が変わりまして、妊娠中に高血圧を認めたものはすべてが妊娠高血圧症候群という診断になるのです。すると、妊娠前から高血圧で、赤ちゃんを希望されて妊娠された方は、もうそれだけで妊娠高血圧症候群と診断されるので、そういったことも考えると、妊娠高血圧症候群は今後増えていくことが予想されます。

山内

またそれは同時に、比較的高齢での妊娠を希望されているいわゆる妊活中の女性は、多少準備しておいたほうがいいとお考えになりますか。

市原

血圧が高い女性で妊娠を希望される方において、妊娠成立に一番ベストな血圧はどれくらいかに関して前向き研究はないのですが、私どもの施設で行った後ろ向き研究では、家庭血圧において収縮期で131㎜Hg、拡張期で85㎜Hg、診察室の血圧で収縮期135㎜Hg、拡張期85㎜Hgのときに最も妊娠が成立していたという結果を得ています。これは後ろ向き研究ですから、厳密には前向き研究で確認をしなければいけないのですが、妊婦さんを対象にそういった前向き介入研究というのはなかなかできません。したがって、血圧の高い女性で挙児を希望される方は、先ほど申し上げた血圧値を目標に、運動や食事による体重管理、減塩などで妊娠前に血圧をその値に近づける努力をしていただきたいと思います。

山内

このあたりの血圧値をかなり超えている比較的若い女性が来られた場合、まず我々としては除外診断的なものも検討すべきと考えられますね。

市原

若い女性ですから、まずは二次性高血圧を除外していただきたいと思います。各種スクリーニング検査をして、二次性高血圧と診断されれば、それを治すことによって、薬を使わずに血圧を正常化させることも不可能ではありません。

山内

ほかによく話題になる白衣高血圧についてはいかがでしょうか。

市原

実は妊婦さんにも白衣高血圧が多いことがわかってまいりました。特に最初の妊娠のときに白衣現象がよく現れるようで、2度目、3度目の妊娠では白衣現象が少なくなっていくことも報告されています。しかしながら、この白衣現象は一般の高血圧では予後にあまり関係しないといわれているのですが、妊婦さんにおいては、白衣高血圧を認めると、その約半数が、その後に妊娠高血圧症候群に進展していってしまうことがわかっています。

ですので、妊婦さんで白衣高血圧を認めた場合は、放置せずに、ぜひ家庭血圧をモニターしていただいて、血圧が上がってくるようであれば、主治医に連絡するように指導していただきたいと思います。

山内

実際、血圧が高い妊婦さんが来られたというところで、今度は治療介入ですね。血圧管理はいつ頃からスタートするのでしょうか。

市原

妊婦における血圧は、子宮胎盤血流も担っています。ですので、むやみやたらに下げるのは、子宮胎盤血流を下げて胎児を苦しめることになってしまい、日本においては現状、収縮期血圧で160㎜Hgを超える、あるいは拡張期血圧で110㎜Hgを超える、こういった場合にのみ積極的な治療介入をする方針になっています。それ未満の場合は、なかなか妊婦さんに減塩というのはできませんので、安静にするとか、ストレスを減らす工夫などをして、血圧値をそれ以上に上げないようにしていただくことが必要になります。

山内

さらにほかの合併症が絡む場合もありますね。

市原

ご指摘のように、たとえ血圧の値が160/110㎜Hgを超えなくても、例えば蛋白尿のような腎臓障害、血小板減少、肝酵素値の異常のように、全身のどこかの臓器の障害を合併した場合には、妊娠高血圧症候群の中でも重症と判断して、降圧療法で積極的に介入することが必要です。

山内

ちなみに、糖尿病を合併する方も時々見られますが、この場合の高血圧はいかがでしょうか。

市原

妊娠高血圧症候群と妊娠糖尿病は、わりとよく合併しますが、妊娠糖尿病合併が理由で降圧療法を積極的に介入することはしません。ただ、もうすでに血圧値が高くなっていたり、腎臓障害が合併していたり、そういった状況が容易に推測されますので、いずれ治療介入に進むケースが少なくありません。

山内

次に薬に関してうかがいたいのですが、ガイドライン上、なかなか難しいところがあるようです。具体的にいかがなものでしょうか。

市原

ガイドラインでは、メチルドパ、ヒドララジン、ラベタロール、この3つが推奨されています。しかし、十分な降圧効果がその3剤でなしうるかというと、難しい現状があります。それで海外では長時間作用型のCaチャンネルブロッカー、例えばニフェジピン徐放剤がよく使われていて、安全に使用できることが知られています。

ですので、日本でも使うことができないかという取り組みが始まり、現在では妊娠20週以降はニフェジピン徐放剤は処方可能になっています。ただし、妊娠20週以前はどうしたらいいのかは、今後検討を重ねなければいけないのですが、妊娠前からニフェジピン徐放剤を使っていて、その状況下で妊娠が成立した場合には、患者さんから文書同意を得て、ニフェジピン徐放剤を使い続けています。その結果、母児ともに安全に分娩に至っています。

山内

この場合の降圧目標は具体的にはどのあたりでしょうか。

市原

海外と日本で違っていて、日本で目標とする血圧は160/110㎜Hg未満です。ただ、海外では、CHIPS研究という介入研究があり、その研究によると、拡張期血圧を85㎜Hg未満にしたほうが母児ともにリスクが減ったという研究結果があります。

山内

なかなか厳しいですね。

市原

その研究をベースに海外ではガイドラインが作成されています。妊娠高血圧症候群の分類によっても目標血圧は違いますが、例えば高血圧合併妊娠では収縮期で110~140㎜Hg、拡張期で80~85㎜Hgを維持するように血圧を管理することが推奨されています。

山内

このあたりをどうするかは今後検討が必要というところでしょうか。

市原

日本においてももう少し目標血圧を下げたほうがいいのではないかという雰囲気にはなっていますが、まだ日本におけるエビデンスがありませんので、現在、日本妊娠高血圧学会で検討しているところです。

山内

ありがとうございました。