ドクターサロン

 池田 先天性難聴というのはどのくらいの頻度かわかっているのでしょうか。
 守本 先天性難聴は今、1,000人に1.5人といわれているのです。原因としては、半分が遺伝子によるもの、残りの1/4は例えば先天性サイトメガロウイルス感染などです。感染したからといってみんな難聴になるわけではなくて、私たちが見ていた限りだと、おなかの中にいたときにかかった7人のうち1人が難聴になる頻度です。
 池田 要注意ですね。
 守本 そうですね。
 池田 そのほか、周産期疾患とか、あるいは母体の状態ではいかがですか。
 守本 仮死で生まれたとか、あとは生まれたばかりなのにいろいろな疾患を持っていたために薬を使った、耳にちょっと毒性がある薬を使ったとか、核黄疸があったとか、そういったものが原因になっているといわれています。
 池田 新生児の聴力検査というのは、具体的に時期とか方法というのは決まっているのでしょうか。
 守本 今は新生児聴覚スクリーニングというのが全国的に広く行われるようになってきていて、生まれて退院するまでの間に、1回検査をして、そこでもしかして難聴の疑いがある、要検査といわれた場合には、退院前にもう一回検査を行う。それで同じように難 聴の疑いがある、referというのですが、そう出た場合にはそのまま精密検査ができるような病院に紹介していただいて、そこで早期に精密検査を行います。
 新生児聴覚スクリーニングに使われているものは、自動ABRといわれます。ABRというのは脳波の検査で耳から聞こえた音が脳の聴覚野にまで伝わっているかを検査するものなのですが、35dBという音が聞こえたら脳波の波形が見られる。この検査で難聴の有無を判断するのが推奨されているのですが、例えば東京都でもまだ15%ぐらいはABRではなくてOAEというものを使っています。OAEとは耳音響放射検査というのですが、内耳の機能を見る検査です。もともと音が鼓膜から伝わってくると内耳で音の振動を電気信号に変えて、その電気信号が神経から脳に伝わるのですが、ABRはその電気信号が脳に伝わっているかどうかまで見る検査です。OAEは電気信号に変えるところが正常かというのを見るだけの検査なので、実をいうと、例えば脳のほうに問題があったり、例えば音を伝える、電気信号を伝える神経がなかった場合など難聴を見落としてしまうのです。
 池田 OAEが約15%というお話でしたが、なぜOAEを使うのでしょうか。
 守本 OAEのほうが安いのです。ランニングコストも安くて、ABRだと電極などがディスポなのですが、OAEはそのディスポの器材がないので、お金があまりかからないということもあって、維持しやすいのだと思います。
 池田 やはり費用の問題なのですね。
 守本 そうなのです。
 池田 新生児ということになると、産科の病院などで行われるのですか。
 守本 そうですね。
 池田 では耳鼻科医はこの時点ではタッチされないということですか。
 守本 タッチしてないです。産科医が検査して、もし要再検だということになった場合は耳鼻科のある病院に紹介していただくというかたちになります。
 池田 逆にOAEで「大丈夫だよ」と言われても、本当に大丈夫かどうかわからないということですか。
 守本 本当にそうなのです。OAEで大丈夫だといわれて見落とされた難 聴というのがけっこう問題になっているのです。全く音の反応がないというのであればまだわかるのですが、そこそこ音の反応が出るような、auditory neuropathyというのがあるのですが、それは音が音としては聞こえても、言 葉としてクリアには聞こえないのです。感覚でいえば、ざらついているというか、昔のテレビとか、砂嵐の音といわれて、砂嵐の中で人がしゃべっているような音にしか聞こえないといわれているのです。そんな音の情報で言葉がわかるかというと、難しいですよね。
 池田 そうですね。それはちょっとあとで問題になりそうですね。
 守本 そうなのです。それで見落とされると大きな問題になりますし、新生児聴覚スクリーニングで大丈夫だったということになると、例えば1歳になってから言葉が出てこなかったとしても、あそこの検査で大丈夫だったのなら心配ないのではないかといって、そのままスルーされてしまっているケースもあるのです。
 池田 診断と治療がどんどん遅れてくるということですね。
 守本 そうですね。
 池田 聴覚スクリーニングは無料なのでしょうか。
 守本 一応国は負担しているのですが、一般財源になってしまっているので、それぞれの県にお金が分配されているとしても、それを県がどういう使い方をするかは自由なのです。そのために、例えば検査費用が全部無料になるようにお金を出してくれるところもあれば、一切補助をしないというところもあります。そうすると、この検査は保険がきくわけではないですから、病院によっては例えば検査1回5,000円ぐらい取っているところもありますし、もっと高いところもあります。ただ、例えば東京都だと今補助金が3,000円です。そうすると、残り1,000円とか2,000円で検査が受けられます。補助が出ないと5,000円かかるわけですから。産科医が必要性をそこまでわかっていなくて、さらに補助金も出なかったような時代だと、新生児聴覚スクリーニング、やりますか、やりませんかとだけ聞かれるので、皆さんわざわざ「やります」と手を挙げることは少なかったです。うちは家族みんな難聴はないし、とスクリーニングをやめてしまうケースもあって、それで見落とされてしまったケースも多いのです。
 池田 そこは難しいところですね。スクリーニングで引っかかって、本試験ということになるのですが、これは病院を紹介されると思うのですけれども、学会のホームページ等に出ているのでしょうか。
 守本 学会のホームページで「ここで精密検査してもらってください」という情報を2年に1回更新しています。せっかく子どもが生まれて、さあこれからというときに、産科医に「もしかしたら」と言われたとして、ではどこに行けばいいのか、自分で探してと言われても困ってしまう。なので、産科医にも、小児科医にも、例えばお母さんが誰に相談することもできなくて、助産師さんや行政に相談したとしても、「ここで検査が受けられますよ」と推奨していただけるようにしてあります。
 新生児聴覚スクリーニングで要再検となったら難聴かというと、そういうわけではなくて、1,000人に4人引っかかるといわれているのです。その4人のうち2人は正常、1人は片方の難聴、もう一人は両側の難聴といわれているのです。片方が聞こえているからいいではないかということではなくて、例えばそのとき片方難聴なだけで、あとから両方難聴になってくるケースもあるわけですし、進行性難聴のケースもあります。しっかり検査をして、その後も定期的に、例えば言葉が出てくるかとか、音の反応はいいかとか、定期的にフォローしていく必要があるのです。ですので、小児の難聴に知識があるような医師がいる病院をホームページに掲載しているので、ぜひそこで長期的に診てもらって、言葉が出てこないとか、進行しているのではないかという場合には、聴力検査したりすぐに補聴器をつけるなど、何らかの介入をしていただくことが大事だと思っています。
 池田 今、補聴器の話が出たのですが、どういう程度の人たちに補聴器が必要になるのでしょうか。
 守本 正直いえば、30dBという音が聞こえていない方は補聴器が必要になる可能性があるわけですが、軽い難聴の方だったら補聴器をつければかなりクリアに聞こえますので、それだけでやっていけます。一方、重度の難聴の方は補聴器をつけてもようやく太鼓の音が聞こえる程度であることもあります。ただ、これはつけてみないとわからなくて、同じ重度の難聴でも、補聴器をつけたらかなり音が聞こえるようになる方もいれば、全く聞こえない方もいる。そうすると、補聴器を定期的に調整していくのですが、それで十分に聞こえない場合、手術の必要な補聴器という感覚で人工内耳を埋め込むこともあります。
 池田 人工内耳は完全無欠というか、ロボットみたいなイメージなのですが、実際のところはどんな感じなのでしょうか。
 守本 よく「人工内耳を入れたら正常になるでしょう?」という言い方をされるのですが、人工内耳を入れても軽い難聴のままなのです。人工内耳というのは、どちらかというと会話をクリアに聞こえるようにするためのものなのです。ですから、写真でいうと、例えばカラフルな写真がありますよね。それが難聴だとただの何かボワッとしたものにみえる。補聴器をつけた場合にはどのように見えるかというと、もう少しよく見えてカラフルなのだけれども、例えば顔の細かいところまではわからない。人工内耳を入れた場合には顔のパーツまで輪郭がくっきり見えるのだけれども、その代わり白黒になる。そういうイメージです。
 池田 それぞれのいいところをその患者さんの状態に応じて使い分けていくということですね。
 守本 そういう感じです。
 池田 そもそも、聞こえないということをずっと放置しておくのは、究極はどのようになるのですか。
 守本 重度難聴の場合、例えばどこから音がしたのかもわからなかったりします。通常は音に気がつくということから始まって、誰がこの声を出したのか、誰がこの音を出したのかを、聞こえる音と結びつけることができるようになるのです。そのうちに、お母さんが怒っているのはこういう声色なのだ、お母さんがにこにこしてしゃべるのはこういう声色なのだということがわかるようになって、それに対して自分が何をしたらいいのかという、コミュニケーションの基礎ができてくるのです。これは言葉を介さないようなコミュニケーションになるのですが、そこから始まって、今度は言葉を介して、「牛乳飲む?」というのに対して「ジュースがいい」というようなコミュニケーションがどんどんできてくるのですが、難聴があるとそもそも人とコミュニケーションを取るという態度そのものが身につかないことがあります。
 生まれたときから聴力が正常だった方はそのコミュニケーションという土台ができて、そこから言葉のやり取りができるようになって、いろいろな言 葉を覚えていくのに対して、難聴があるけれども、そのまま放置されていた子どもは、コミュニケーションを取ること自体もわからないまま来てしまうのです。例えばあとから補聴器をつけて音に気がついた子が、遅れたけどなんとか伸びてきたとしても、例えば就学前で評価をしてみると、コミュニケーションの能力とか、持っている言葉の数とか、そういうものが早くから介入されていた子とは差が出てしまうのです。
 池田 そうなると、はたから見ていると、いわゆる発達障害のような感じに見えてしまうのでしょうか。
 守本 そうですね。ですから、今もたまにありますが、発達障害ではないかと思われていたお子さんや多動だと思われていたお子さんが、きちんと検査をしたら実は難聴が見落とされていたためだったというケースはあります。
 池田 ちょっとそれは残念ですね。
 守本 そうなのです。
 池田 気軽にどこでも標準的な検査を受けられる体制を作っていくことが大切ですね。
 守本 そうですね。
 池田 ありがとうございました。