ドクターサロン

 池脇 まず、高次脳機能障害とはどんな脳機能障害なのでしょうか。
 浦上 高次脳機能障害とは、脳に器質的な損傷が起こり、それによって生じた認知・社会的行動障害を指します。具体的には、記憶障害、注意障害、遂 行機能障害、社会的行動障害と定義されています。言語機能に障害が生じると失語という病態が生じます。
 池脇 記憶障害というのは何となくイメージが湧くのですが、それ以外の3つの障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害は具体的にどのようなものなのか教えてください。
 浦上 注意障害ですが、注意は人間の意識と密接な関連があります(図1)。いわゆる上行性脳幹網様体賦活系と密接に関連しており、人間の行動の基盤を決定するものです。注意には4つの方向性があり、持続性、配分性、転換性、選択性に分けられています(図2)。注意の持続性が損傷されると、集中できない。配分性が障害されると、細部に注意がいかなくなり、複数のことの同時処理が困難となる。転換性が障害されると、一つのことに集中すると、ほかのことに注意がいかなくなるという症状が出てきます。選択性が障害されると、必要なことに対して注意を向け、優先順位をつけて処理していくことが難しくなる。そのような症状が日常生活の中の障害として現れてきます。
 池脇 一つ一つの機能を結びつける高次の脳機能という印象を持ちました。そういう理解でよいのでしょうか。
 浦上 そうだと思います。
 池脇 こういった高次の脳機能障害は、具体的に脳のどこの障害がこういった症状に結びついていくのでしょうか。
 浦上 先ほどお話がありました記憶、注意、遂行機能に関して脳内にはそれぞれに特化した領域があります。例えば記憶ですと、大脳辺縁系、視床、尾状核、大脳基底核など、記憶と関連の深い領域が損傷されることによって起こってもきますし、びまん性の軸索損傷、低酸素脳症、脳炎もそうですが、びまん性の障害が起きることによっても引き起こされる場合があります(図3)。注意の機能は脳幹網様体賦活系と関連しますから、意識障害が長く遷延した場合などの後にしばしば起こってきます。遂行機能は人間の記憶や注意を使って働かせる非常に大事な機能であり、前頭葉で機能統合がなされていると考えられています。脳全体が非常に複雑なネットワークを介していろいろ神経伝達を行いながら情報発信をしていますが、このような記憶や注意、遂行能力をつかさどる領域が損傷されることによっても起こってくる場合があります。
 池脇 脳炎の脳全般的な障害で高次脳機能障害に結びつくのですが、高次脳機能障害というのは脳炎以外の疾患でも起こってくるのですよね。
 浦上 はい。最も多いのが脳血管障害と頭部外傷です。この2つの障害で高次脳機能障害の約半数を占めるとされています。あと、低酸素脳症、脳炎、脳腫瘍などと続きます。現代は高度救命救急医療の発展により蘇生率が非常に高くなっています。心肺停止後の蘇 生後脳症といって、蘇生された後に低酸素脳症をきたし、記憶障害を中心とする高次脳機能障害が残る場合が多くあります。
 池脇 脳炎の場合はウイルス性脳炎が多いのかと思いますが、最近、免疫を介した自己免疫性の脳炎というものも増えているのでしょうか。
 浦上 2000年代になって自己免疫性脳炎、脳症について多くの知見が得られるようになりました。これは免疫学的に脳を標的として多彩な症状を生じる症候群で、びまん性の脳障害という病態を持ち、診断には抗体検査が実施されます。2007年にDalmauらが提唱した抗NMDA受容体脳炎は、NMDA受容体、グルタミン受容体に対する自己抗体を伴う脳炎であり、髄液中の抗NMDA受容体抗体を発見し、診断につなげたのは非常に臨床的意義が大きいと考えられています。
 神経細胞の表面分子に自己抗体ができて、感染を契機に血液脳関門が破壊した場合、この抗体が中枢神経系に侵入し、共通抗原を有する海馬や前脳の神経細胞のNMDA受容体に結合して受容体機能を障害することにより、記銘力障害や行動障害の発現につながると考えられています。早期にステロイドパルス療法などで抗体を除去し、抗体産生抑制療法を行い、早期リハビリテーション介入を行うことで予後がよいと考えられています。
 池脇 高次脳機能障害に対するリハビリテーションとは具体的にどのようなものなのでしょうか。
 浦上 例えば脳炎の後遺症である記 銘力障害を中心とする高次脳機能障害に対しては、リハビリテーション科に入院して回復期のリハビリテーションの中で実施されます。発症から半年間は病院での医学的リハビリテーションによって機能回復訓練の効果が期待できる時期です。先ほど説明した記憶、注意、遂行機能障害、社会的行動障害に対して、多専門職種によるリハビリテーションを実施します。当院では、医師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、臨床心理士、運動療法士、社会福祉士でチームを組んでいます。医師は医学的診察を行い、神経心理学的検査を用いた症状の評価を行い、問題点、日常生活や社会生活で起こる問題点を抽出し、リハビリテーション計画を立てます。短期目標としては在宅生活自立、長期目標としては復学、就労などが挙げられます。
 池脇 脳炎や脳血管障害の後、高次脳機能障害に陥った場合には、脳血管 障害に対する一般的なリハビリと同じように、その直後は入院してできるだけ集中してリハビリを行うことによって、早期にやればやるほど回復が見込めるということなのですね。
 浦上 そうです。
 池脇 ただし、1カ月あるいは数カ月単位で回復の状況を見ながら、場合によってはちょっと長期になる、あるいは早期に退院になるというようなケースが出てくるのでしょうか。
 浦上 はい。
 池脇 いろいろな方面からリハビリをすると一様に回復していくのでしょうか。それとも、何となくまだらな感じで回復するのでしょうか。
 浦上 例えば、高次脳機能障害の中では記憶障害が頻回に認められる症状です。しかし、すべての記憶が一様に障害されるわけではありません。記憶は短期記憶と長期記憶に分けられています。短期記憶は即時記憶ともいわれ、直近数十分の出来事に関する記憶を指します。長期記憶の中に近時記憶と遠 隔記憶が含まれ、近時記憶とは数分から数日の出来事に関する記憶で、遠隔 記憶は近時記憶より長い期間、数週から数十年の間に関する記憶を指します。このように近時記憶が障害されると、比較的最近自分が経験した出来事を想起できない、新しい情報を学習できないなどの生活障害として臨床上問題となります。遠隔記憶とは、例えば出身地や出身学校、社会的出来事など、特に過去の記憶を指します。このような記憶がすべて一様に障害されるのではなく、例えば健忘症候群において近時記憶は障害されているものの、即時記憶や遠隔記憶は比較的保たれている場合があります。このように、記憶の障害のされ方の相違によってリハビリテーションの方法も異なっていきます。
 池脇 発症直後に専門施設に入院して、集中的にいろいろなリハビリを施し、ある程度改善した。ただ、退院した後、多分ご本人一人で生活するのはなかなか難しくて、家族の支援、あるいは施設でということになると、サポートを整えるのはたいへんな気がするのですが、どうでしょう。
 浦上 私たちは入院の早期からご家族に対して、高次脳機能障害に対して適切な理解を持っていただくような心理教育を病院の中で積極的に進めています。具体的には、家族学習会というものを開催して、入院中のご家族に対して高次脳機能障害の講義や、配偶者同士、親同士のグループに分かれて、今ある問題について話し合い、それを解決していくためにどうしていったらいいのか、そういったことを職員のサポートを得ながらグループで討議する場を設けています。お互い自分は孤独ではない、同じような仲間が大勢いるのだと、共通意識を持ち、互いに助言し合いながら家族同士の輪が広がっていきます。実際、私たちの病院の家族学習会を経験されてから、現在、家族会を立ち上げて、リーダー的な存在になって、運営されているご家族がたくさんいらっしゃるので、こういった早期の心理教育は非常に重要だと思っています。
 池脇 最後に、日本のリハビリの総本山である国立障害者リハビリテーションセンターの包括的なリハビリというのは、まだまだこれから普及していく途中なのでしょうか。
 浦上 いいえ、今は標準的なリハビリテーションの方法として全国各地の都道府県に支援拠点機関というものができています。20年前に高次脳機能障害のモデル事業が立ち上がったときの診断基準、標準的な訓練プログラム、連携したケアの連続などはもうすでに浸透されつつあります。支援拠点機関の間で連携を取り合って情報交換を行い、地域連携を行う非常に密な関係性ができていますので、今は全国で一体となって高次脳機能障害に取り組んでいっている時代であると考えています。
 池脇 どうもありがとうございました。