齊藤
医療従事者のメンタルヘルス、主に医師の働き方について、うかがいます。 医師の働き方は現況、どう認識されているのでしょうか。
中嶋
医師は長時間労働が多い職業です。実際、時間外労働が年1,860時間以上という過労死レベルの医師が約1割いることがわかっています。メンタルヘルスの状況についても、我々は日本医師会で6年おきに調査をしているのですが、8.5%が中等度以上の抑うつ状態にあることがわかっています。
齊藤
先生は日本医師会の調査を担当されているということですが、そのデータについて説明いただけますか。
中嶋
医師1万人に対する調査を6年おきにやっていまして、その結果、半数が2021年1年間の有給休暇取得数が4日以下でこれは法律違反です。20%は1日も取得していない。40%が平均睡眠時間が6時間未満です。
齊藤
医師のメンタルヘルスに関わる状況が良くないということですね。
中嶋
はい。
齊藤
医療従事者、医師のメンタルヘルスのための基本的な対策はどうですか。
中嶋
実は2024年4月から医師の働き方改革というものが行われます。追加的健康確保措置と呼ばれるものが行われるのですが、それは連続勤務時間制限28時間、勤務間インターバル9時間の確保、代償休息を与えることに加えて、月の上限を超える場合には面接指導を受ける必要が出てきます。この面接指導は、疲労の程度と睡眠の状態、それから心の柔軟性や、あるいはやりがいのようなものをチェックしていくことが面接指導医に求められます。
結局のところ、医療従事者のメンタルヘルスのために必要なことは、6時間以上の睡眠、確実な食事、それから心の柔軟性、そしてやりがいが重要だということです。個人的にもそういった養生や、睡眠と食事、心の柔軟性ややりがいを失わないといったことが大切だと考えています。
齊藤
企業で長時間労働をやっている人たちと、上司、部下、同僚とのコミュニケーション、あるいは仕事の裁量について面接しますが、医師の面接指導でも同じなのでしょうか。
中嶋
先生のおっしゃるとおり、全く同じです。ただし、医師の場合は医療自体が医療安全という観点があるので、医療安全に影響する睡眠不足、慢性睡眠負債といったものが非常に着目されています。具体的には6時間以上の睡眠が必要だということから、睡眠が確実に取れているかを一般の疲労蓄積度チェックリストとは別に、睡眠の評価表等を使って確認することが求められるという点で、一般の長時間労働者面接と、長時間労働医師面接指導とはやや異なる点があります。
齊藤
睡眠について客観性を持って把握し、コントロールしていくということですね。
中嶋
そうですね。それが求められている点が異なると思います。
齊藤
かなり本気モードになっていますね。面接指導等が実際に病院等で行われるのは、いつからですか。
中嶋
おそらく2022年度中に長時間労働医師の面接指導を担当する資格を得るためのeラーニングが始められると思います。先ほど申し上げたように、2024年4月からは本制度に基づく医師の働き方改革が始まることを考えると、2022年度中もしくは2023年度中にそういったeラーニングを修了し資格を持った面接指導担当医師が相当数できます。かつ、国の要求では、同じ科や先輩の医師が対応してはいけないということになっていますので、そういう点からも複数の医師、もしくは外部の医師を面接指導担当医師として準備することが求められると考えられています。
齊藤
つまり、同じ部門の医師では、言いたいことも言えないだろうということですね。
中嶋
そうですね。
齊藤
かなりしっかりした体制を作らなければいけないということでたいへんですね。
中嶋
そうですね。実際、我々の1万人調査でも、4割を超える医師がこういった具体的な追加的健康確保措置の内容については知らないという現状があります。厚生労働省をはじめとして国から各病院、各勤務医にこういった情報発信が行われる必要があると思っています。
齊藤
この面接指導医は最終的に病院の産業医と連携するのでしょうか。
中嶋
そのとおりです。産業医と連携して、また現場の上司等とも連携しながら、結果的には病院が疲れている勤務医、長時間労働医師に対して具体的に実効のある措置を行うきっかけを作るという役割です。あくまでも面接指導担当医師は面接担当をするだけですから、そういう始まりと考えていただければと思います。
齊藤
措置となると、病院では聞き慣れないと思いますが、時間外労働ゼロとか、出張禁止とか、あるいは深夜勤務なしなどでしょうか。
中嶋
そうですね。業務の内容や時間等をある程度具体的に制限するということは、現場でないとわからないですから、現場の上司、その部局に何らかの工夫をしていただく。そのうえで、当該の疲労している医師に対して健康のモニタリングを行っていくという両方が必要になると思います。場合によっては産業医と同じように休養を命じる等のことがあってもおかしくはないと思います。
齊藤
医療関係者のこういった対策は一般の企業と違って、患者さんの安全にかかわるという面がありますね。
中嶋
そのとおりです。医療安全のためにこのような制度が作られているとご理解いただければと思います。
齊藤
看護師などへの配慮は今どうなっているのでしょうか。
中嶋
すでに医師以外の医療従事者に関しては、一般の労働者と同じようなルールによって制限がかかっていると理解いただければと思います。
齊藤
医師はこれまで例外扱いをされていたのが本気モードになってきたのですね。
中嶋
全くそのとおりです。
齊藤
ここ2年半ほどのコロナ禍での調査はありますか。
中嶋
実は1万人調査において、医療従事者への差別を受けた経験と、抑うつとの関係で、医療従事者に対する差別を経験するとメンタルヘルス、抑うつが悪化することがわかりました。したがって、医療従事者のみならず、国民に医療従事者への理解と援助が必要ではないかと考えています。
齊藤
先生の今の調査、コロナ禍で最前線で働いていた人と、バックアップの人たちと、それぞれに特徴があるのでしょうか。
中嶋
実際にそういった新型コロナウイルス感染症に対して最前線で働いていらっしゃった全体の10%程度の方、それから40%程度おられるのですがサポートに回っていた方、そういった関与の程度と抑うつ等に関しては、今のところ関係は認められていません。やはり個人側の要因が大きいと考えられています。
齊藤
うつ、不安、PTSDが多いという成績も出ているようですね。
中嶋
一般的に、医療従事者だけではなく、すべての国民がそういったかたちで今回のコロナ禍による影響は受けていると理解しています。
齊藤
その中でも医療従事者は患者さんに対処しているので、危険視されているということですね。
中嶋
その経験がメンタルヘルスに良くない。だから医療従事者を大切にしてほしいということは強く申し上げたいと思います。
齊藤
医療従事者のお子さんが保育園に来るときに嫌がられるとか、そういった話もありましたね。
中嶋
はい。
齊藤
これは国民全体の問題として理解していただきたいということでしょうか。
中嶋
ぜひ医療従事者を大切にしていただきたいと思っております。
齊藤
そういったことを含めて医療従事者のメンタルヘルス対策が、本気モードで進んでいるという状況なのですね。
中嶋
はい。
齊藤
どうもありがとうございました。