大西
田中先生、不眠症の方が非常に多いですが、その具体的な対応についてうかがいたいと思います。 まず初めに、現在の状況はどのようなものでしょうか。
田中
これについてはいくつかの調査が行われています。不眠の評価方法によって若干違ってくるのですが、日本では20%近くの方が不眠で悩まれていると考えられています。
大西
今コロナ禍でなかなかたいへんですが、そういう状況でむしろ増えているような気もしているのです。いかがでしょうか。
田中
そうですね。例えば、睡眠に影響を与える大事なポイントとして深部体温の動きがあります。脳を含めた我々の体の内部の体温、深部体温は、体内時計に従って日中に上昇し、明け方に向かって下降していくのですが、下降する際の温度勾配が強いほど睡眠が深くなるという関係があります。そのため日中に体を動かして深部体温を上昇させ、明け方に向けての温度勾配を強くすることが大事なのですが、コロナ禍で、在宅勤務の増加や屋外での活動制限などにより、日中の活動量が少なくなっている方も多くいます。また日中の運動は体温勾配だけでなく疲労物質のようなものをためて睡眠を促す効果もあるので、コロナ禍で活動量が低下した場合には、睡眠の質が低下している方もいると思います。
大西
先ほどお話しされました不眠症の定義ですが、国際的に決まっているのでしょうか。
田中
不眠症は、なかなか寝つけない入眠困難と、途中で何度も目が覚めてしまう中途覚醒、早くに目が覚めてしまいその後なかなか再入眠できない早朝覚醒、十分眠った感じがしない熟眠障害という症状によって、日常生活が障害される状態を指します。しかしながら、最近の研究で朝起きたときの熟眠感というのはとてもあいまいで、実際の睡眠状態を反映していないことがわかったため、最近の国際的な不眠の診断基準から熟眠障害は除外されています。
大西
具体的な対応についてうかがいます。不眠症の方への生活指導、睡眠衛生指導のようなものがなされるかと思いますが、どのようなことを配慮したらよいか、教えていただけますか。
田中
まずは、睡眠のメカニズムを簡単に患者さんにお示ししたうえで説明されるのがいいと思います。睡眠は体内時計に従って動く自律神経や、深部体温、睡眠関連のホルモンなどによってコントロールされているので、自然の睡眠のリズムを崩さないような生活をすることが大事であることを説明されるといいと思います。体内時計をしっかり動かすためには、朝同じ時間に起きて光を浴びることが大事になります。
大西
嗜好品などで何か気をつけることなどはありますか。
田中
夜は、体内リズムに従って交感神経が抑制され、副交感神経が亢進することで、リラックスした状態で眠れるようになっているのですが、お休み前にカフェインなどの刺激物、交感神経を刺激してしまうようなものを摂取してしまうと睡眠の質が悪くなってしまいます。不眠を訴える方には夕方以降のカフェイン制限は必須で、これだけで睡眠が改善される方も多くいます。
また嗜好品とは違いますが、近ごろ話題になっているのがブルーライトの問題です。スマホやパソコン、テレビの画面はすべてLEDですが、LEDの中には青色成分が入っていて、この青色光は交感神経を刺激するだけでなく、少ない光量でも睡眠ホルモンといわれるメラトニンの分泌を急速に低下させてしまいます。そのため、夜間はテレビやスマホなどの画面は青色成分を少なくした夜間モードなどにして使用することが大事です。
大西
入浴のタイミングなども重要なのでしょうか。
田中
お風呂に入って深部体温を上げることも効果的です。あまり熱いお湯だと交感神経を刺激してしまうので少しぬるめの温度で15分くらい湯船につかると、深部体温が上昇し、その1、2時間後より下降し始めます。一度上がった分、その後の深部体温の勾配が急になるので睡眠には効果的です。入浴直後はしばらく深部体温が高いままでかえって睡眠を邪魔してしまうので、入浴は就寝の2、3時間前に済ませておくのが望ましいです。
あと、運動についてですが、日中十分な運動ができない方でも夕方ちょっと汗ばむ程度の運動をするだけでも、入浴と同様の効果が期待できます。会社から帰宅するときにちょっと遠回りして速足歩きで歩くなどでも良いと思います。
大西
次に薬物療法についてうかがいたいのですが、不眠も、入眠困難や中途覚醒、両方混ざっている場合など、いろいろあるかと思いますが、具体的な薬物の使い方を教えていただけますか。
田中
睡眠薬にはその作用時間によって、超短時間作用型や短時間作用型、中間型、長時間作用型があります。入眠困難のみの場合や起床時に薬が残る場合には超短時間作用型や短時間作用型の薬が使われますし、中途覚醒や早朝覚醒がある場合には長めの作用時間の薬が使われています。しかしながら、睡眠薬が効いている時間というのは人によってけっこう様々で、実際使ってみないとなかなかわからないところがあります。また、短時間作用型と長時間作用型を組み合わせるなど複数の睡眠薬の使用については、有効なエビデンスはないので避けるべきです。最近ではそういった作用時間が短時間か長時間かというよりは、種類を選ぶといいますか、中心だったベンゾジアゼピン系薬が、最近ではそれ以外の非ベンゾジアゼピン系のものも多くなっています。先生方もご存じのように、ベンゾジアゼピン系の薬は依存を形成する可能性がありますし、筋弛緩作用もある薬がたくさんあり、高齢者などが夜間、中途覚醒をしてしまって、トイレに行こうとするときに力が入らなくて転倒しやすいというリスクもあります。非ベンゾジアゼピン系の薬を使うのがよいのではないかと思います。
大西
長期に処方される場合も多いかと思いますが、そのあたりの注意点や休薬のタイミングなどはありますか。
田中
これについては、睡眠学会のワーキングチームによる「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」が出されています。その中では、睡眠薬はずっと漫然と使うものではないこと、不眠が治ったら早めに減薬もしくは休薬するべきであることが明記されています。そこで問題になるのが、休薬による反跳現象です。弱い薬とはいえ突然やめてしまうと、反跳性の不眠が起こってくるケースも結構あります。そのため、「やはりまだ不眠症が治っていないんだ」とか「やはり薬がないと眠れない」と感じて、減薬は休薬のタイミングを失ってしまうことが多くあります。ガイドラインにも書かれていますが、睡眠薬は減らすときには、カッターナイフなどで割って、半錠とか1/4錠など少しずつ、脳が薬が減ったということがわからないぐらいのペースで漸減していくとよいと思います。そうすると離脱症状とか反跳性の不眠を経験することなく睡眠薬をやめることができるのではないかと思います。
大西
最近新しい薬も出てきているとうかがったことがあるのですが、そのあたりの状況はいかがでしょうか。
田中
これまではベンゾジアゼピン系の睡眠薬が中心でしたが、依存性の心配や、反跳性不眠の頻度、高齢者などその筋弛緩作用による夜間の転倒などの問題により、最近では非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬が使われることが多くなっています。非ベンゾジアゼピン系はベンゾジアゼピン系と比較して筋弛緩作用が少なく、安全性が高いといえます。その他、メラトニン受容体作動薬は、睡眠・覚醒リズムを調整して自然な睡眠をもたらし、筋弛緩作用や依存性がない安全性の高い薬ですが、他の睡眠薬と違って速効性はなく、効果が弱いと感じる患者さんもいます。
オレキシン受容体拮抗薬は、覚醒を制御しているオレキシン神経伝達に作用し、睡眠覚醒リズムを整えることで、入眠と睡眠維持および覚醒を調整する薬ですが、これも依存や耐性、反跳性不眠がなく、自然に近い生理的睡眠を誘導する薬です。
ただ、先ほど申しました睡眠薬の効き方は個人によって様々ですので、何種類か試しながら選ぶという姿勢も大事かと思います。
大西
薬物療法以外では認知行動療法なども行われることがあると聞いたのですが、そのあたりはいかがでしょうか。
田中
不眠の認知行動療法というのがありまして、これは様々なRCTが行われているのですが、一般的な睡眠薬と同じぐらいの効果があって、かつ安全性においてはより有意に望ましいというレビューがされているものです。
大西
具体的にはどのようにするのでしょうか。
田中
不眠の認知行動療法は、睡眠衛生教育のほか、行動療法(刺激コントロール法、睡眠制限法)、リラクセーション法、不眠の認知療法で構成されています。ここでは、その中心となる刺激コントロール法と睡眠制限法、この2つは似ているので2つ合わせて睡眠スケジュール法と呼ばれることもありますが、これについて説明したいと思います。
刺激コントロール法は、眠るとき以外ベッドは使わないという方法です。不眠の方は眠れない日があるとその分の睡眠不足を補おうと、眠れそうにもないのに早めにベッドに入ったり、なかなか寝つけなかったりしても、ベッドにしがみついてどうにか眠ろうと頑張りがちです。また、ベッド上で長い時間スマホを操作したりテレビを見たりしていると、ベッドは次第にリラックスできない場所や何かする場所に変わり、「ベッド=眠る場所」ではなくなってしまいます。そのため居間では眠くてあくびも出るのに、いざベッドに入ると目が覚めてしまうといった現象も起こってしまいます。こうした好ましくない習慣を断ち切るには、「ベッド=眠る場所」という習慣に戻す必要があります。そのためには、眠くなるまではベッドに入らない、眠れないときはベッドから離れる、ベッドを眠る以外で使わないといったことを徹底する必要があります。そうすることで次第に「寝床→睡眠」という習慣が定着するようになります。
睡眠制限法とは眠りが浅いときはあえて、遅寝・早起きをするという方法です。体内時計は遅い時間にずれようとする傾向があるため、眠気もないのに普段より早く寝ようとしてもなかなかうまくいきません。「眠れないけど、とりあえずベッドにいよう」とか「朝、早く目が覚めたけど、もう少しベッドにいよう」と思ってベッドで悶々とする時間を増やすと不眠はますますひどくなってしまいます。眠れないときや眠りが浅いときには、あえてベッドに入る時刻を遅くすることで睡眠圧(体が眠ろうとする力)を高め、十分眠気が強くなってからベッドに入るほうが楽に入眠でき、また睡眠は深くなります。そして朝起きたらしっかりと光を採り入れて体内時計の針を進めるようにすると、次第に眠くなる時間が早い時間に進んでいき、良質の睡眠を取れるようになるでしょう。ただしせっかく寝る時間を短縮して睡眠圧を上げているのに、昼寝で睡眠圧を逃しては元も子もありません。日中眠くなったときはストレッチしたり、動いたりするとか、それでもどうしても眠くて仮眠を取る場合でもできるだけ30分以内にとどめるようにして、夜の睡眠を邪魔しないよう気をつける必要があります。
大西
どうもありがとうございました。