ドクターサロン

池田

COVID-19のワクチンは1年もかからず開発され、臨床化されたのに、それより重病と思われるC型肝炎、HIV、エボラウイルスのワクチンはなぜいまだに開発されていないのかという質問です。エボラウイルスのワクチンはもうできているようなのですが、この辺はどうなっているのでしょうか。

長谷川

この質問にある感染症のワクチンでいいますと、エボラウイルスに対するワクチンはちょうど新型コロナウイルスのパンデミックの直前の、2019年秋に、米国でFDAに認可されたワクチンができています。それはアデノウイルスベクターを用いたワクチンで、現在、米国ではそういった患者さんを扱う可能性のある医療従事者や、そういうウイルスを扱う研究者たちに接種することが推奨されています。

池田

エボラウイルスのワクチンの有効性はどのような方法で試されているのでしょうか。

長谷川

承認されたものですので、実際に動物実験の非臨床試験の後に臨床試験によって流行地でその有効性が確認され、それで初めて認可されることになります。

池田

エボラウイルスの発生は地域も変わってきますし、なかなか予測がつきませんよね。

長谷川

そうですね。アフリカが中心になりますが、特に西アフリカの一部の流行地域で有効性を調べる必要があるので、なかなか治験というものが難しく、今まで実験的に作られるワクチンはたくさんあったのですが、それが認可されるのはなかなかなかったのです。

池田

C型肝炎とHIVのワクチンはどのような状態なのでしょうか。

長谷川

C型肝炎とHIVは、ともにまだ承認されたワクチンは世界を見てもないです。なぜまだないのかというと、C型肝炎に感染した場合、血中に中和抗体が誘導されても、再感染が成立するような疾患なのです。ウイルス感染症の中には、麻疹やおたふく、風疹などのように、一度かかると一生の間にそうそう2回目はかからないという感染症もある一方で、1回かかっても再度かかってしまう感染症があります。C型肝炎は再感染が成立するほうの疾患に含まれていて、例えばチンパンジーの感染実験では、回復後にもう1回感染させると感染してしまう。ヒトの場合でも、治療薬で治療した後にまた再感染してしまうことがあります。ですから、ヒトの感染によって誘導される免疫でも、いわゆるステラライジングイムニティという、完全に感染を排除するような免疫ができていないのです。

そういったものが中和抗体なのか、感染した細胞をやっつける細胞傷害性のT細胞の免疫なのかという研究がされていて、その両方を攻めるような方法で開発が進んでいます。エボラウイルスと同じようなアデノウイルスベクターでのワクチンも臨床試験が行われていますが、今のところいま一つという結果のようです。

池田

自然に感染しても抗体ができますよね。

長谷川

はい。

池田

ウイルスの排除もできないし、一度薬剤等で排除しても、もう1回感染するという、抗体の意義とは何なのでしょうか。

長谷川

感染するとそのウイルスに対する抗体はできますが、ウイルスの成分に対して結合する抗体というのは誘導できるものの、結合するだけでは感染防御にはあまり意味がなく、いわゆる中和抗体というものが誘導されることが必要になってくるのです。C型肝炎の場合には中和抗体が誘導されていても、それが十分でない。なかなか十分な量の、もしくは質的にきちんと感染を抑えるような中和抗体が誘導されていないのが、その感染症の特徴かと思われます。

池田

抗体があるからそれで抑えられるというものではなくて、肝心かなめのところに反応する抗体でないと、ということなのでしょうか。

長谷川

おっしゃるとおりです。

池田

逆にいうと、抗体がたくさんできても、いわゆる多勢に無勢みたいなものなのですね。

長谷川

感染予防ということを考えたときに、そこでは意味のない抗体がたくさん誘導してきていることになると思います。

池田

一方、新型コロナウイルスのワクチンでも、抗体があることによって、それに依存した感染増強といいますか、抗体依存性感染増強が、ワクチン開発のときにすごく叫ばれていましたね。これはどういうことなのか、加えて何かワクチンで先例みたいなものはあるのでしょうか。

長谷川

その代表的なものがデングウイルスに対するワクチンです。デングウイルスには1から4まで型があります。異なる型に前もって感染している人の場合、次に別の型に感染したときに、先行する感染がない人に比べて重症化して出血熱を起こすという現象があり、これが抗体依存性の感染増強ということで知られています。

これは先ほどお話しした、結合するけれども中和しない抗体が、最初の感染の型のウイルスに対しては結合して中和するのだけれども感染制御にはあまり意味がないのに似ていて、ちょっと型の違う、1型、2型とかが感染して、それはくっつくけれども中和しない抗体になってしまうのです。そうすると、抗体に結合して、その抗体を介して感染してしまうという現象が起こっています。それが感染だけではなくて、ワクチン接種によってもそのようなことが起こりうる。実際にデングウイルスのワクチンがフィリピンで使われたときに、ワクチン接種者の間で重症化を起こしたことがあり、それで直ちに中止されたという経緯があります。

池田

イメージとして、ウイルスが抗体と結合して、抗体がそのレセプターか、あるいは細胞と橋渡しするかたちなのですか。

長谷川

そうなのです。血中のIgG抗体はYの字になっていますが、その一番下の部分に細胞のFCレセプターというものがあり、そこに結合する性質があります。結合するけれども中和しない抗体がウイルスにくっついて、その細胞のFCレセプターに結合して、それを介して感染が成立してしまう。

池田

従来のウイルスの蛋白質とレセプターではなくて、側副路みたいなものができるということですね。

長谷川

そうです。抗体を介して感染が成立してしまって、そこで本来感染しない細胞に感染し、感染を増強するということになります。

池田

それは、よかれと思ってやったことがかえってあだになるということですね。COVID-19のワクチンもそういうことが叫ばれていましたが。

長谷川

開発当初、SARSといって2003年に起こった、今回の新型コロナの親戚のウイルスですが、このSARSウイルスワクチン開発のときに、動物実験でワクチン接種していたときのほうが、感染させたときに肺に好酸球という白血球の一種が浸潤してきて重症化してしまうことがいわれていました。 その原因として免疫のバランスが非常に重要であり、抗体の免疫と細胞性の免疫とバランスがそこに関与しているということがわかってきました。ですから、今回のCOVID-19ワクチンでも開発当初はそういうことが懸念されましたが、実際には今のところ起こっていません。

池田

SARSコロナウイルスも仲間ですよね。

長谷川

同じコロナウイルスです。

池田

そういうことで抗体依存性感染増強がCOVID-19のワクチンで起こるのではないかといわれていたのですね。

長谷川

実際にSARSコロナウイルス2の今の新型コロナウイルスに対する抗体の中には、試験管の中で感染を増強するような抗体も実際に存在しています。結合するけれども中和しなくて、感染を起こすというような、抗体自身はそういったものがあることが報告されています。ただ、きちんと中和する抗体があれば、そちらのほうが勝って抑えるということです。

池田

mRNAワクチンでも相当な部分のウイルス突起というのですか、全長に近いようなものをコードしているので、いろいろな部分に抗体ができるのですね。

長谷川

そうです。

池田

そのうちの一部がいわゆる抗体依存性の感染増強に関係するものであって、中和抗体がたくさんできていれば、それは要するにキャンセルされたりするのでしょうか。

長谷川

そうです。まさしくレセプターに結合する部分でないところに対する抗体が、結合するけれども中和しない。それで逆に試験管の中では、細胞と一緒にすると感染を増強する可能性がある抗体があって、そういったものにはやはり注意が必要です。

池田

中和抗体がメインにあれば、それはキャンセルされるのですね。

長谷川

今までこれだけ世界中で多くのワクチン接種者がいますが、そういったことはヒトでは報告されていないのです。

池田

COVID-19のワクチンもそうなのですが、例えばインフルエンザウイルスなどのワクチンも毎年変えて、おそらくウイルスが変異を起こすのだと思うのですが、変異を起こしにくいところに対する抗体を作れるようなワクチンはないのですか。

長谷川

インフルエンザの場合にはユニバーサルワクチンといって、変異ウイルスや、亜型の異なるウイルスに対しても効くようなワクチンとして開発研究は進められています。それは多くの変異が入る部分というのが、受容体に結合するヘマグルチニンという分子の先端の部分、そこが変異が入ったり、一番抗体が作られやすい部分なのですが、そうではなくて、より保存された部分の、ステムといわれる茎の部分が比較的保存されているヘマグルチニンの茎の部分に対する抗体で中和する、ウイルス感染を抑えるものが知られており、そこをターゲットにしたワクチンの開発も進んでいます。ただ、ステムに対する抗体は非常に誘導されづらいので、まだ技術的な進歩が必要になってくるという状況です。

池田

インフルエンザワクチンが生体に入ってきたときもおそらくそこに、ランダムに抗体ができるとすると、ステムに対する抗体もできているはずですが、誘導されにくいということなのですね。

長谷川

おっしゃるとおりで、そこに対する抗体が誘導されにくいために、インフルエンザの場合にもそういう共通配列はあるのだけれども、感染して回復しても、次にまた感染してしまうという状況なので、生体の実際の感染では作られにくい抗体だと思うのです。そういったものをワクチンで作っていくのが今後の課題になってくるかと思います。

池田

まだまだ科学の進歩が必要だということですね。

長谷川

はい。

池田

どうもありがとうございました。