ドクターサロン

池脇

高コレステロール血症で一番使われるスタチンによる心血管疾患の予防効果は確立していますが、今日は心血管疾患ではなくて、スタチンと認知症の関連について質問をいただきました。今までのエビデンスをちょっとおさらいしたいと思いますが、どういうことがいわれてきているのでしょうか。

磯尾

非常に難しい問題だと思います。まずスタチンに認知症ないしアルツハイマー病の予防効果、あるいは進展の抑制効果があるのかについては、これまで幾つかクリニカルスタディが行われてきました。結論から申しますと、あまり有用だというものはありません。

もう少し詳しく申し上げますと、もともとこういった脂質と認知症が注目されるようになった経緯が、中年期の高コレステロール血症が認知症のリスクになるという疫学的な知見があり、ではスタチンによる介入は果たして認知症あるいはアルツハイマー病の進展を遅らせる、もしくは予防できるような効果があるのだろうか、といったインタレストから出てきたものかと思われます。

そして、近年の文献を幾つか調べますと、スタチンを用いて認知症の発症を主要エンドポイントとした厳密なRCTというのは実はあまりありません。ただし、心血管イベントを主要エンドポイントとするかたわらで、探索的エンドポイントとして認知症を見たというRCTが複数あります。それらによると、いずれも認知症の発症に実薬群とプラセボ群で有意差はなくて、スタチンによる認知症の予防効果は明らかではないということです。

池脇

今の先生のお話をまとめますと、そもそもスタチンが認知症を予防できるかという観点で介入試験を起こすのはなかなか難しいので、一次エンドポイントは心血管疾患で、二次に少しそういったものを入れて付随的に見るという介入試験がほとんどだということですね。ただ一方で、アルツハイマー病を予防するには中年以降の生活習慣病の管理が大事です。その中に高コレステロール血症も入っていることからすると、何となくコレステロールと認知症は関係ありそうだなと予想はしますが、介入試験となると、なかなかエビデンスとしては難しいということですね。

磯尾

はい。

池脇

質問からはちょっとずれますが、そういった認知症との関連というのは、介入試験ではあまり目立った結果は出ないけれども、観察研究ではどちらかというと、スタチンを使っているとリスクが低いというデータが散見されるように聞いています。どうなのでしょうか。

磯尾

確かにそういった報告がかなりあります。ただ、これも実をいうとかなりスタチンの適応を交絡因子としたバイアスがかかっているのではないかという統計学者からの指摘がありますので、やはりきちんとしたRCTとして見ないと、これで何かを言うのは難しいのではないかと思います。

池脇

観察研究では比較的いいけれども、きちんとしたバイアスの少ない介入試験でやってみると、残念ながら今のところ、それほど有意にスタチン治療が改善するというデータはない。逆に、スタチン治療で認知症に悪影響を及ぼすというデータ、エビデンスはあるでしょうか。

磯尾

ちょっと歴史的な経緯になるのですが、2009年頃にパブリッシュされたレポートで、スタチン投与後に認知機能障害を発症した症例を171症例ほど集め、どういった状況であったかという個別の調査を行いました。その結果、だいたいは可逆的なもので、いわゆる認知症あるいは器質的な障害というよりも、ほとんどはスタチン中止によって改善するようなものであったそうです。これを踏まえて、2012年に米国のFDAがスタチンの安全性に関する声明を出していて、スタチンは認知機能の障害のリスクはあるものの、それは軽微で、深刻なものではない。 ただし、すでにアルツハイマー病を発症している症例への投与は推奨されないというのがあります。

池脇

むしろそういう悪影響に関してFDAがアラートに近いようなものを出したという歴史もあるのですね。同じようなアラートは、日本でいう厚生労働省あるいはPMDAからあるのでしょうか。

磯尾

FDAがこのようなものを出したというのは私も非常に意外で、日本の例えばPMDAがこのようなことを言っているのかを調べてみました。少なくともPMDAが承認している添付文書を見たところ、代表的なストロングスタチンであるアトルバスタチン、ロスバスタチン、それぞれ脂溶性、水溶性の代表的なものかと思われますが、いずれにも認知機能に関する副作用の記載はありません。

池脇

幸いにというか、日本ではそういったアラートは出ていないということですね。今、脂溶性、水溶性という言葉が出てきましたが、私は何となく、頭に到達していくのは水溶性ではなくて脂溶性ですので、よくも悪くももし認知症に対して働くとしたら、それは脂溶性のスタチンの問題で、あまり水溶性は関係ないのではないかと思ったのですが、どうなのでしょうか。

磯尾

実はそれについても脂溶性スタチンのほうがより中枢に到達しやすい、blood brain barrierを通りやすいと予想されてはいまして、実際に脂溶性スタチンはよく中枢に取り込まれます。しかし、近年のレポートによりますと、水溶性スタチンもOATPというトランスポーターによって中枢にきちんと到達するということが証明されています。したがって、例えば中枢への直接的な作用がスタチンでは期待できる、ということは言えると思います。

池脇

今の先生のお話をうかがうと、質問の後半の部分で、スタチンが認知症に関して悪く影響するのであれば、スタチンはなかなか使えない。そういうときにはエゼチミブを使用すべきかということですが、基本的に悪影響を及ぼすという結論も出ていないし、いい影響を及ぼすという結論も出ていない。日常診ている患者さんで、こういう人の場合はスタチン治療はちょっと慎重にしたほうがいいという患者さんのコホートはどうでしょうか。

磯尾

これは難しい問題だと思います。ただ、実際にはスタチンを脂質管理の目標から割り出した必要性に応じて使うのが普通だろうと思いますが、実際に投与してみて、万一、何か認知障害が出た場合に、これは仕方がないのでいったん中止してみる。そういったことになるのではないかと個人的には考えています。

池脇

こういう人だからあらかじめスタチンではなくて、エゼチミブを選別するのはなかなか難しい。

磯尾

そうですね。

池脇

投与してみた後の患者さんの反応を見ながら、ということになるという考えでよいでしょうか。

磯尾

基本的にはこれはリバーシブルなものであるということなので、それでいいのではないかと思われます。もう一つ、こういった副作用があるとすれば、その機序は不明ですが、少なくとも血清脂質が非常に低下することによるものではないでしょう。と申しますのは、LAPLACE-2というRCTで、スタチン投与に対してPCSK9阻害薬を上乗せすることによって脂質低下作用を見ているのですが、強い脂質低下にもかかわらず認知機能の副作用は増えてはいなかったということがありましたので、それが例えばほかの脂質の治療薬に変更してもあまり問題ないのだろうと判断するゆえんです。

池脇

最後になりますが、何十年も前からアポ蛋白Eのイソ蛋白がアルツハイマー病と関連するとのエビデンスがあります。スタチン治療に関してアポ蛋白E、このイソ蛋白、何かわかっていることはありますか。

磯尾

スタチンと直接関連するようなものではないだろうと思うのです。あくまでもアポ蛋白Eというのは中枢内でのコレステロールのトランスポートに関わっているもので、このアイソフォームの違いによる機能の差がおそらく出ているのだろうと考えています。

池脇

少なくともイソ蛋白とアルツハイマー病のリスクはわかっているけれども、今日のような治療のセッティング場面においての知見は今のところないということですね。

磯尾

今のところはありません。

池脇

ありがとうございました。