日本でも広く知られるようになった“Black Lives Matter”という表現ですが、米国には“Blue Lives Matter”という表現を使ってこの“Black Lives Matter”に反論する人々も存在します。読者の皆さんはこの“Blue Lives Matter”の意味がわかるでしょうか?
この意味を理解するためには、まず英語のblue bloodという表現を理解する必要があります。“She has blue blood.”のように使われるこのblue bloodという表現は、「高貴な血筋」を意味します。その語源は「王家の人間は肌の色が白いので血管が青く浮かんで見える」というものです。また英語にはthin red lineという表現がありますが、これは「戦争の最前線を少数の精鋭部隊が死守した」という逸話から生まれた表現で、「誇りを持って大勢と対峙する少数の勇者」というイメージを持ちます。そしてこのthin red lineから「治安を維持する警察や(主に白人の)警察官」を意味するthin blue lineという表現が生まれました。ここから英語のblueには「(主に白人の)警察官」というイメージが定着し、米国では“Blue Bloods”というタイトルのテレビドラマも生まれました。このタイトルにはblue bloodの本来の意味である「高貴な血筋」に加えて、blueが持つ「(主に白人の)警察官」というイメージが重なり、「代々誇りを持って警察官という仕事に就いている白人一家の物語」のような意味になっているのです。したがって“Blue Lives Matter”には「(白人の)警察官の命も重要だ」という意味があるのです。
このほかにも英語のbloodには興味深い慣用表現が幾つもあります。
シルベスター・スタローンの代表作である「ランボー」という映画の英語タイトルは“First Blood”です。劇中のRamboのセリフに“They drew first blood.”「あいつらが先に手を出したんだ。」というものがありますが、英語のdraw bloodには「流血させる」というイメージがあります。そしてdraw first bloodには「最初に流血させる/先に手を出す/(戦いやスポーツで)先制する」というイメージがあるのです。逆に英語タイトルが“Rambo”となっている作品が日本では「ランボー/最後の戦場」として上映されたシリーズ4作目なのですが、この作品はシリーズの中でも特に壮絶な銃撃戦で有名です。そしてこのような「血や内臓が飛び散る惨状」を英語ではbloodに加えてguts「腸」を使い、blood and gutsと表現します。
このほかにもhave bad blood「わだかまりがある」やin cold blood「冷酷に」、そしてnew blood「(それまでの組織にはない発想や知識などを組織に持ち込む)新入り」やblood, sweats, and tears「血と汗と涙」など、日本語の発想と近いものもありますが、“It is like getting blood out of a stone.”「石から血液を採取するくらい難しい=ほとんど不可能だ」のように、日本語の発想では理解が難しいものもあります。
そして「採血」に関する英語表現にも日本人にはあまり知られていないものがあります。
上述したようにdraw bloodには「流血させる」というイメージがあり、そこから「採血する」という動詞としても使われ、「採血」という名詞としてはblood drawというものが一般英語として使われます。これに対して病院内で「手技としての採血」として使われる表現がphlebotomyです。これはphleb-「静脈」と-tomy「切開」を組み合わせた医学英語で、米国では採血や検体の採取を専門とするphlebotomistという医療職も存在します。そしてこのphlebotomistはユーモアを持って“vampire”とも呼ばれています。このphlebotomyとよく似た医学用語にvenipuncture「静脈穿刺」というものがありますが、これは「静脈を切開してそこから採血する」 phlebotomyとは異なり、単に「静脈に針を刺す手技」という意味になります。
採血の際には「駆血帯」が必要になりますが、これを英語ではtourniquet(「タァニィキッ」のように発音)と呼びます。そして針の太さは「ゲージ」で表しますが、英語のgaugeの発音は日本語に近い「ゲィジ」のようになり、英語圏では21 gauge needleがphlebotomyで最も多く使われます。またこのgaugeは「ガーゼ」を意味するgauzeとスペルが似ていますが、gauzeは「ゴゥズ」のように発音し、日本語の「ガーゼ」とはかなり発音が異なるので注意してください。そして一般的な注射針はstraight needleと呼ばれ、「翼状針」は英語ではbutterfly needleのように「蝶」というイメージが使われます。
注射針と言えば、日本で「(静脈)ルートを取る」と呼ばれる医療行為は英語ではstarting an IVやstarting an IV lineのように表現し、routeという単語は使いません。また日本の医療現場では「留置針」の表現として当たり前のように使われている「サーフロー」ですが、これは英語ではcannulaとなり、「(サーフロー留置針を使った)ルート確保」という行為はIV cannulationと呼ばれます。
「中心静脈カテーテル」は英語でもそのままcentral venous catheter(CVC)となり、その挿入はcentral line placementと呼ばれます。ただ「中心静脈栄養」の英語表現には注意が必要です。日本ではintravenous hyperalimentation(IVH)と呼んでいる医療機関もあるようですが、実はこのIVHという表現は英語圏では全く通用しません。もし皆さんが英語でIVHと言えば、英語圏の医療者の多くはintraventricular hemorrhage「脳室内出血」を思いつくでしょう。実は英語圏では「中心静脈栄養」はtotal parenteral nutrition(TPN)と表現されます。このparenteralとはpara-: besidesとenteral: intestineからなる用語であり、「腸以外の=経口以外の」を意味します。つまりTPNとは「必要な栄養を全て経口以外から摂取する」というイメージの表現なのです。
「血液検査」の英語表現としては、最も一般的なblood testというもののほかにも、先ほど紹介したblood drawやblood workといったものがあります。
「血液培養」はblood cultureとなり、「血液塗沫標本」はblood smearとなります。ただこのsmearの発音は日本語の「スメア」と異なり、「スミィア」のようになるので注意してください。
「全血球計算/血算」は、米国ではcomplete blood count(CBC)と呼ばれ、これは日本の医師にもよく知られていますが、この表現が英語圏全般で使われているわけではなく、英国ではfull blood count(FBC)と呼ばれます。
そして米国の病院ではCBCのような「検査結果」lab valuesを視覚的にわかりやすく伝えるために、それぞれの検査結果を「魚の骨」のような表を使って提示するfishbones/lab value skeletonsという提示方法があります。CBCではwhite blood cells(WBC) hemoglobin(Hgb), hematocrit(Hct),and platelets(Plt)という4項目を提示します。このうちhematocritは採血した血液をcentrifuge「遠心分離」し、沈殿した赤血球が血液全体のうちどのくらいの体積を占めるのかを表すわけですから、「沈殿した細胞の体積」を意味するpacked-cell volume(PCV)という表現も使われています。そしてこのhematocritは臨床現場では短縮してcritとも呼ばれます。日本では「ヘマト」と前の部分が残るのに対し、英語では後のcritの部分が残るわけです。
このfishbonesにはCBC以外にもsodium(Na+), potassium(K+),chloride(Cl-),bicarbonate(HCO3-),blood urea nitrogen(BUN),creatinine(Cr),and blood glucose(Glu)の7項目を提示するchem-7や、prothrombin time(PT),partial thrombin time(PTT),and international normalized ratio(INR)という3項目を提示するcoagulation panel、そしてtotal/direct bilirubin(T-Bil/D-Bil), AST, ALT, and alkaline phosphate(ALK Phos)という5項目を提示するliver panelなどがあります。
このように医師にとって身近なbloodには興味深い英語表現が数多くあります。皆さんも今回ご紹介した英語表現をぜひ日頃の診療の中で使ってみてください。
知って楽しい「
第10回 血液に関する英語表現
国際医療福祉大学医学部医学教育統括センター准教授
国際医療福祉大学大学院「医療通訳・国際医療マネジメント分野」分野責任者
日本医学英語教育学会理事
押味 貴之 先生