ドクターサロン

 齊藤 両立支援というのはいつ頃から出てきたのですか。
 小山 2008年から厚生労働省の委託事業で「治療と仕事の両立支援」が始まったのが最初だったと思います。
 齊藤 これは体の病気ですか。
 小山 がんとか脳卒中の後遺症、糖尿病の方も対象疾病に入れていました。
 齊藤 そういった方が病気の治療をしながら働くということでしょうか。
 小山 そうですね。当時の厚生労働省から事業を私が担うときに、大きな目的は労働人口を下げない、労働力を保持するために、働ける方は働いていただきたい、ということから始まりました。
 齊藤 そういう病気のある方も仕事を辞めないで済むようにするということですか。
 小山 私も仕事を辞めないで済む支援と理解しました。
 齊藤 ガイドラインが出てきているのですね。
 小山 最初のガイドラインは2016年頃に厚生労働省から出ていて、2022年の新しい改訂版もあります。
 齊藤 まずはメンタル疾患を予防していくのに何か工夫はありますか。
 小山 病気の治療をする主治医の立場と産業医の立場と両方経験していますが、最初は職場で勤怠の乱れや、「いつもと違う様子」が顕著になることから始まります。
 齊藤 何となく調子が悪くなって就労が不安定になるということでしょうか。
 小山 そうですね。長時間労働の方もいらっしゃいます。要するに一番大きな要素は睡眠不足で注意力、集中力が落ちていて、普段と比べると覇気がないとか意欲がないというような方が多いように思います。
 齊藤 職場だと周りの人からの話を聞きますか。
 小山 はい。我々、産業精神の中でも「事例性」という言葉で、いつもと違う、その人が醸し出す部分がクローズアップされてくると、事例性のうちのいくばくかのものは「疾病性」が原因で起こっていることがだんだんわかってくると、より治療的な部分にシフトすると思います。
 齊藤 休みがちの社員あるいは元気がない人、それが本人から、あるいは上司から「産業医とちょっと面接してきてはどうですか」といった場合、産業医にはどういった役割が期待されますか。
 小山 先ほど申しました事例性というところが、より専門的に、医学的に疾病性をはらんでいるのであれば、治療に早く結びつけてあげないといけないので、長時間労働者で疲労が蓄積されている方に聞くのと同じように、一日中、毎日2週間以上にわたる気分や意欲、睡眠の様子などをうかがうことが最初は多いですね。
 齊藤 本人と、「専門のメンタルクリニックに行ってみたらどうですか」という話になったら紹介状を書くということですか。
 小山 そうですね。
 齊藤 メンタルの専門医としては、どういった紹介状がいいというのはありますか。
 小山 私は嘱託産業医として、そういう方とお会いしたときに、その方の目の前で書いてしまうのです。保健師さんとも共有してですが、普段と違って、例えば仕事を休むことが増えていて、頭痛など最初に多い体の訴えを内科で診てもらっても、器質的な異常がなく、やはりこれはストレスとか、精神的な疲弊があるだろうということで、「ご高診をお願いします」になります。
 齊藤 治療が開始される場合、「何カ月間休みなさい」という診断書が出る場合と、それから本人が休みたくなくて、働きながら治療するという方がいます。働きながら治療している人には産業保健スタッフとしてどういったアプローチがいいのでしょうか。
 小山 今はリアル出勤の方も、在宅テレワークの方もいますが、多くは保健師さんが前面に立って、メッセージをテキストで出すとか、電話などで様子を聞くことが多いですね。
 齊藤 そのように状況を把握しながら、本当に休職になった場合、どのようにしますか。
 小山 当該の方が休める状況なのか。休むに休めない状況の方もけっこういるので、そこは上司とお会いして調整することもあります。在宅でできる仕事だけでもやってもらえたほうが本人にとってもいい場合も少なくないので、今日から何カ月休職とならない場合も最近は少し増えてきたように思います。
 齊藤 以前は休みが出た場合には全く働かない、というようなことが原則だったと思うのですが。
 小山 そうですね。
 齊藤 コロナ時代になって、これだけ在宅勤務が増えてくると、先生がおっしゃったように、それをうまく活用するという知恵が出てきたということですか。
 小山 そう思います。むしろ休んだ方が戻られる場合、最初のうちは就業上の措置というところで、少し残業を控えたりすることもありますが、そういったところでも、外出はだめだけれども、在宅で定時までやっていただくのは範囲としてオーケーな部分が増えてきたという傾向もあるかと思います。
 齊藤 だいぶその辺も変わってきたのですね。
 小山 はい。
 齊藤 ただその間、休んでいる方と全然接触しないのではなくて、ある程度コミュニケーションしていきますか。
 小山 それはあったほうがいいと思います。一つの方法として、会社である程度できているものもあります。1カ月に1回は休んでいる状況を報告することと、あとは対面で行う場合もありますし、web上で産業医面接をすることもあります。
 齊藤 今は会社にわざわざ行かなくてもできますね。
 小山 そうですね。メッセージ、テキスト伝達よりも声、声と顔が見えるようになってくると、その順に、もらえる情報量が増えてきますから、リアルに来てもらうのもいいのですが、無理はさせたくないということもありますね。
 齊藤 そういった場合、専門医の目でどのように、どのくらい良くなってきているかをつかんでいくということでしょうか。
 小山 これは診察室の中でも、webの対面でもそうだと思いますが、表情とか、その場にそぐう発言やボキャブラリーがあまりポーズを置かないで出てくるかなど、そういったところで人間としての元気を見ることが基本だと思います。
 齊藤 定型的な復職ということになりますが、復職支援には今、どんな枠組みがありますか。
 小山 東邦大学佐倉医療センターでは、リワークというものがあり、主にはうつ病で休職中の方が対象です。平均3カ月から、長い方は6カ月以上使われますが、5ステップを経て、今のところは7割ぐらいの人は復職されています。
 齊藤 7割の達成率ということは、中にはなかなかうまくいかない人もいるのですね。
 小山 ありますね。
 齊藤 逆にとてもうまくいく人もいるでしょうし、苦労する人というのはどういった点がありますか。
 小山 仕事で疲労困憊になって、いわば前頭葉の機能が鈍くなってしまったうつ病の方などは、休養と社会生活療法で、ぐんと戻っていくので心配ないのですが、パーソナリティの問題とか、あるいは発達特性と呼ばれるものを抱えている方が多いです。うつ病で休職といわれる方の6割ぐらいにはそういった傾向があると思っています。そういった場合はちょっと難しいですね。
 齊藤 なかなかすんなりとはいかないのですね。
 小山 いかないこともありますね。
 齊藤 ただ、皆さん一生懸命復職しようとして努力していくのですが、それを先生は臨床医と産業医の2つの立場でご覧になっています。どういった点がその人たちに対する言葉としては必要になりますか。
 小山 自分自身が最初は総合病院で朝から晩まで外来診療だけやっていましたが、産業医という経験をしてくると、目の前の患者さんは、家庭ではどんな家族かという目で見るのと同じように、職場ではどんな仕事をどんな立場でやっているのだろうかと想像していく。精神科はどうしても全人的な回復をゴールにしているので、相互補完的に勉強になってきたかなと思うのです。ですから、両立支援ありきではないのですが、目の前の方が仕事場でどんな顔をしてどんなものを担っているのか、どんなストレスがあるのかは、もしかしたら精神科診療だけではなくて、いろいろな領域の臨床医の基本的な目なのだろうなと認識した感じがありました。
 齊藤 そういったことで患者さんを見守っていくのですね。
 小山 そうありたいと思います。
 齊藤 どうもありがとうございました。