大西 今、新型コロナウイルスが世の中に非常に蔓延して、後遺症がかなり多いことがわかってきました。後遺症の今の状況から教えていただけますか。
髙尾 現在、後遺症で多くの患者さんが外来におみえになります。
私たちが脳神経内科がバックグラウンドなためか、多くの患者さんには、倦怠感、それからいわゆるbrain fogという訴えで受診される方がいます。また、集中力が低下した、あるいは記憶力が落ちたことで仕事がうまくいかないという方も多くいます。あと、比較的多いのが、海外のデータなどでもいわれているように、嗅覚・味覚障害や、脱毛です。
睡眠障害や、いわゆる不安障害というような症状、それから四肢のしびれや痛みも多くみられます。そういった精神神経症状をもつ患者さんが我々の外来に来られますが、よくうかがってみると、息切れがあるとか、体温が上がってから下がらなくなったとか、様々な症状がみられています。
大西 どれぐらいの期間、それらの症状が続く方を後遺症と呼ぶのでしょうか。
髙尾 現在、厳密な定義があるわけではないですが、WHOの定義をベースに、3カ月時点で、2カ月ぐらい症状が続いているということを中心にしています。
大西 流行する株による差は知られているのでしょうか。
髙尾 海外のデータなどによると、オミクロン株になってから例えば嗅覚とか味覚障害の頻度は10%ぐらいまで減っているというデータもありますが、現実的に外来で診ているときは症状のある方が来られるので、あまり大きな違いを直接は感じていません。
大西 後遺症は急性期に重症だった方が多いなどの傾向は見られるのでしょうか。
髙尾 必ずしもそうではないと思います。急性期は発熱や咽頭痛などの感冒様の症状だけで、その後からいわゆる後遺症が強く出てくる方もいらっしゃいます。
大西 後遺症が発生する頻度はわかっているのでしょうか。
髙尾 症状にもよりますが、日本では慶應義塾大学の福永興壱教授による厚生労働省研究班の報告があります。それによれば、急性期の診断をされてから3カ月ぐらいで、倦怠感とか疲労感が20%台、嗅覚・味覚障害が10%ぐらい、集中力低下も10%ぐらいという報告があります。
海外などではもう少し高い数値の報告もありますので、何らかの症状ということであれば、70%ぐらいになるという報告もあります。
大西 こういった後遺症が発生するメカニズムのようなものは少しわかっているのでしょうか。
髙尾 実はよくわかっていません。例えば神経症状に限れば、ウイルスが直接脳内に浸潤して起きる、あるいは免疫系を介して起こるという考え方もあります。
私たちもCOVID-19で亡くなられた方の病理所見を検討していますが、必ずしも脳からウイルスが検出されるわけではありません。海外の報告でも、ウイルスが出たという報告もあれば、出ないという報告もありますし、華々しい所見が脳病理学にみられるわけではないので、まだよくわかっていないというのが実際のところではないでしょうか。
大西 そうなのですね。日本人を含めアジアの方は比較的死亡率が低かったことが知られていますが、後遺症に関しては海外と日本との差のようなものは何かあるのでしょうか。
髙尾 先ほど少し申し上げましたが、症状によってかなり海外と日本で頻度も違うかと思います。むしろ日本はまだデータとして多くのものがないと考えています。
大西 先ほど先生のおっしゃったbrain fogというのは、どういった病態なのでしょうか。
髙尾 brain fogというのは非常にあいまいな用語だと私は思っております。主に集中力の低下や、記憶力の低下といった主観的な症状を総括してbrain fogと呼んでいるのです。今後、高次脳機能の検査などにより、どういった点に問題があるのかを詰めていかなければならないと思っています。
大西 様々な症状があって、治療が難渋する場面が多いかと思いますが、実際はどのような治療をされているのでしょうか。
髙尾 実は厳密に決まった治療があるわけではありません。厚生労働省から「罹患後症状のマネジメント」という手引きが出ていまして、私もそれに関わらせていただきましたが、現状では患者さんの症状をうかがいながら、それに見合って対応できるものは薬で対応したり、あるいは経過を観察するということになります。
ただ、注意しなければならないと思っているのは、コロナの感染症後ということで、我々もそれに引きずられてしまって、実はもともと背景にある病気が顕性化しているだけであったり、たまたまその時期に新たな病気が出現したのではないかと思われる患者さんもいますので、丁寧な診療が必要であると思います。
大西 患者さんは様々な症状があって、かなり不安も抱えていると思うのですが、まずは普段から信頼関係のあるかかりつけ医によく相談することだと思います。どういったタイミングで専門医に紹介、コンサルトしたらよいのでしょうか。
髙尾 タイミングとしてはなかなか難しいところもあるのですが、一応私たちが今考えているのは、非常に自覚症状が軽くて、他覚的に所見もなくて、様子がみられそうな場合はそのまま経過をみていただく。対して自覚症状が非常に強い場合は速やかに一度専門医に紹介していただいたほうがよいのではないでしょうか。
あと、時間の経過とともに多くの方で症状はよくなっていくと考えられますが、改善がない、あるいは悪くなっていく場合は、先ほど申し上げたように、ほかの疾患も念頭に置き、速やかに紹介していただきたいと考えています。
大西 一般的な検査や診察も非常に重要だということですね。
髙尾 はい、おっしゃるとおりです。
大西 どれぐらい続くとか、長期データに関しては何か出てきているのでしょうか。
髙尾 本当の長期データはまだないと思います。むしろこれから真の長期データが明らかになるでしょう。
少なくとも6カ月ぐらいまでの多くのデータでは、それぞれいろいろな症状がありますが、改善していく人が多くみられています。そのことは来院される患者さんにとっては非常に重要なことです。
多くの患者さんは、このまま永遠にこの症状が続くのではないかと思っていますので、徐々に改善することが多いことを伝えられることもできます。
大西 先ほど脳神経系の後遺症のお話がちょっと出ましたけれども、例えば画像で変化がでるような病態が起きることもあるのでしょうか。
髙尾 我々が直接見ていて、画像で「これだ」といったものはありません。我々は先ほど申し上げたような広い意味でのbrain fogのときに脳の血流検査をすることがあるのですが、特異的ではないものの血流が前頭葉を中心に低下しているケースがあります。ほかにも脳のPETの検査などでも代謝が前頭葉で低下しているといった報告もあります。
それから、最近イギリスで出たデータで我々を驚かせたものは、脳の萎縮がCOVID-19感染後に進んでいたという報告もありました。画像検査というのは合併疾患の評価のためにも先生がおっしゃったように非常に重要で、我々も多くの患者さんに一度は画像検査をしています。
大西 どうもありがとうございました。
(2022年5月30日放送)