ドクターサロン

 山内 清田先生、まず高齢者の尿路感染の特徴といったあたりから少し解説願えますか。
 清田 高齢者の尿路感染症は質問のとおり難治性です。なかなか治らず繰り返すことが多いのが特徴です。その理由としては、男性では前立腺肥大症や前立腺がんといった前立腺疾患が増えますし、女性では脳梗塞あるいは糖尿病を背景とした神経因性膀胱による排尿障害が多くなります。これらの疾患があるとどうしても膀胱に尿が残りやすくなり、これが感染の温床になります。
 山内 この残尿、いろいろな基礎疾患で来るということですが、残尿が尿路感染をひどくしたり、難治性にする直接の原因と考えてよいのでしょうか。
 清田 膀胱の中に残る尿を残尿といいますが、残尿は体温で温まっていますので、細菌にとっては良い培地になるのです。ですから、膀胱が空にならないと細菌が増える場所が残ることになり、細菌はなかなか出ていかない。また、細菌が侵入したときにそこですぐ増えてしまうというのが理由です。
 山内 格好の培地になってしまうということですね。これはかなり急速に増えるものなのでしょうか。
 清田 急速に増えます。
 山内 さて、残尿を測る方法ですが、これは超音波検査装置になりますか。
 清田 できれば超音波検査装置が手元にあればそれで測っていただくのが良いのですが、残尿だけを何㏄と測る簡単な超音波の器械もあり、持ち歩きもできます。よくリハビリテーションの病棟などでもそれを看護師さんが持ち歩いて気軽に測っていますので、そういうハンディな器械を利用できればと思います。
 山内 ない場合、何か目安はありますか。
 清田 ない場合は難しくて、一度面倒でも導尿をしてみて、それで何百㏄も出てきたら残尿があるのではないかと推測できます。ですから、1回は導尿をやっていただくのがよいかと思います。
 山内 健常人で残尿はほぼゼロと考えてよいのですか。
 清田 10㏄以下が正常といわれています。
 山内 ほとんどないのですね。
 清田 そうですね。
 山内 多い方ですとどのぐらいになるのでしょうか。
 清田 多い方だと、尿閉といって、ほとんど出ないで尿があふれ出てくるような状況というのがあり、ひどい方は1Lたまっている方もいます。
 山内 そこまでいかなくても、先ほどありました高齢の前立腺肥大とか神経因性膀胱、このあたりでたまるのはだいたいどのぐらいが多いのでしょうか。
 清田 50㏄を一応の目安とするのがよいかと思うのですが、50㏄以上ですとちょっとたまり過ぎている、というような考え方です。50㏄以下ですと、まあまあいいかという感じです。泌尿器科の専門医の立場から言いますと、100㏄ぐらいを目安に治療の選択肢が違ってきます。ですが、一般の医師でしたら、50㏄ぐらいを目安にお考えいただければと思います。
 山内 よく残尿感があるということを言われますが、これはかなり当てになるものなのでしょうか。
 清田 残尿感は、膀胱炎のように残尿がないときに尿があると感じる場合、空なのに、まだあるような感じがする。そういう残尿感と、実際いっぱい尿がたまって残っている残尿感があります。その区別がなかなか難しいので、残尿測定というのを実際やっていただいたほうがわかりやすいと思います。
 山内 残尿があると非常に大きな問題になるようですが、残尿を減らすにはどうしたらよいでしょうか。
 清田 残尿を減らすには、まず薬の治療で減らしにかかります。尿道の括約筋をリラックスさせるαブロッカーの系統の薬を出して、それで出しやすくなるか。残尿が減るかどうかですね。それでも残尿が減らない場合は、コリン類似薬とかコリンエステラーゼ阻害薬などを使って膀胱の収縮を強くする薬剤を加えるという方法が一般的だと思います。
 山内 これらの薬の使用期間ですが、かなり長期に使い続けて大丈夫な薬ということですね。
 清田 大丈夫です。コリンエステラーゼ阻害薬は下痢を起こす場合がありますので、下痢がひどい場合は減量するなり、服薬間隔を延ばすなり、投与量を調整していただきたいと思います。
 山内 さて、質問は感染症ということで、残尿を基盤とした難治性ということですが、高齢者の原因菌の特徴はどういったものでしょうか。
 清田 高齢者の尿路感染症の原因菌で一番多いのは大腸菌です。これは普通の若い女性の膀胱炎と同じなのですが、大腸菌以外のほかの弱毒菌、例えば腸球菌、緑膿菌あるいはセラチアといった弱毒菌の頻度が高くなるのと、それから一つの菌種だけでなく、複数菌感染、大腸菌と緑膿菌とか、大腸菌と腸球菌といった複数菌感染の頻度が高くなるのが特徴です。
 山内 そういったあたりを狙って治療をしたいわけですが、よくいわれるように、まずは尿の培養でしょう。この結果が出るまでの間をどうするか、よく聞かれることですね。
 清田 尿の培養結果が出るまでの初期治療は、ガイドラインで推奨されるような一番有効性が期待できる薬から始めます。第一選択薬はキノロン系抗菌薬、そして、クラブラン酸・アモキシシリン、スルバクタム・アンピシリンといった、βラクタマーゼ配合ペニシリン薬になります。それらが無効な場合は第二選択薬として経口のセフェム系抗菌薬が勧められています。
 山内 この質問は高齢者ということで、尿の培養をするのが本来は必要ですが、おむつになると尿が取れない方がけっこういます。こういった方々は、いわゆる経験的な初期治療を続けなければならないのか、このあたりいかがですか。
 清田 それは非常に難しい判断を迫られるのですが、理想的には導尿して検体を取り、培養検査を行うことです。すごく面倒ですが、薬を投与する前に1回それをやっておくと初期治療が無効のときには次の薬剤選択の参考になります。ですが、それがどうしてもできない場合は、原因菌として頻度の高い大腸菌をターゲットに薬が投与されます。ガイドラインはそのようになっています。
 ただし、今問題となっているのはESBL産生菌といいまして、基質拡張型のβラクタマーゼという酵素を作る細菌が増えてきて、これは広くペニシリン系あるいはセフェム系抗菌薬を壊し無効ですので、むしろキノロン系抗菌薬のほうがいいかもしれません。ただし、ESBL産生菌でも、7割ぐらいがキノロン耐性です。ですから、キノロンも経口セフェムも効かないときはESBL産生菌の可能性を考慮し、ファロペネムあるいはホスホマイシンを試していただくのもよいかと思います。
 山内 よく抗菌薬のローテーションという話もありますが、これはいかがでしょうか。
 清田 基本的にローテーションはお勧めしません。理由としましては、使う薬にそれぞれ耐性を持っていく場合があるのです。そうすると、最終的に多剤耐性菌に変化しますので、ドンと抗菌薬を投与しては休んで、またドンと抗菌薬を投与しては休んでという使い方のほうがまだいいのではないかと思います。ただし、それもエビデンスがあまりないので難しいところです。
 山内 具体的にはよく使われている量、ないし少し多めぐらいを短期間使うと考えてよいのでしょうか。
 清田 そのとおりです。ヒットアンドアウェイといいまして、ドンと攻撃して、さっと退く。例えば戦争で攻撃が中途半端だからゲリラが残ったような感じですね。抗菌薬投与は大量投与ではなく、常用量を最長2週間程度としてしっかり行いさっと退く。それが耐性菌を作らないコツだといわれています。
 山内 休薬期間はいかがでしょうか。
 清田 休薬期間は、3~4週間置いていただいて評価することでよいと思います。症状のない方もかなりいらっしゃいます。症状のない方は抗菌薬は使わないで結構だと思いますので、そのまま様子を見ていただくことでよいかと思います。
 山内 最後に、高齢者として独特の注意点があると思います。特に腎臓障害ですが、こういったあたりに関してはいかがでしょうか。
 清田 80歳になりますとだいたいeGFRが50ぐらいになってしまいます。ですから、普通の方と少し違いますので、やはり半量だとか、少し減量して使ってよいかと思います。体内に抗菌薬が蓄積する場合がありますので、下痢を起こさないかなど注意をしながら、少し減量して投与するのでよいかと思います。
 山内 どうもありがとうございました。